第88話 破滅への招待状

 今度はライド伯爵の使いが来た。

 如何にも貴族の使いと思われる、お仕着せを着た男が無礼な挨拶をする。

 

 「ライド伯爵様の従者をしている、セルスだ。昨今王都で噂になっている、森の恵と天上の酒を求めに来た」

 

 又か、今度は端から俺が相手することにした。

 

 「又ですか。先ほどグロスタ商会の使いの方がお見えになり、貴方が申されましたお酒を金貨3枚と6枚で買上げてやると言われました」

 

 「何、それで売ったのか!」

 

 「グロスタ商会の使いの方にも言いましたが、知らないものを売るも何も」

 

 「本当だな。嘘を言えば許さんぞ」

 

 「失礼な人だな。本当にライド伯爵様の従者の方ですか? 証明出来ますか?」

 

 「冒険者風情が、ライド伯爵様の使いと言ったのを疑うのか」

 

 「貴方がそう言われただけですよ。ライド伯爵様の使いの方なら、通行証・・・身分証をお持ちですよね。お見せ願えますか」

 

 目の前に突き出されたカードには、輪の中に蜂の模様がある。

 蜂の癖に剣と盾を持っていやがる、起用だね。

 

 〈失礼〉一言断ってカードを手に取り裏返す。

 セルスの顔が点描で浮かび下に〔セルス〕とあり、ライド伯爵の文字も見える。

 

 「小僧、お前がそれを見て判るのか」

 

 「はい、似たような物を持っていますからね」

 

 「見せろ!」

 

 「何故?」

 

 「俺の身元を確認させろと言いながら、己は知らぬ顔をするつもりか」

 

 「おかしな事を言われますね。此処はシャーラ様の家で、私は護衛ですよ。貴方は何処に出向かれたのですか、尋ねた家の家人に、身元を証明しろと言われるのかな。有り難う、お返ししますよセルスさん」

 

 又ぞろ、俺の性格の悪さが頭をもたげてくる。

 

 「それで、森の恵と天上の酒は有るのか無いのか」

 

 「貴方、この家が酒を扱っている様に見えますか。おかしな事を口走れば、ライド伯爵様の顔に泥を塗ることになりますよ」

 

 「己、先程から屁理屈を並べたてて、ライド伯爵様を侮辱する気か」

 

 「お前は、貴族の名前を連呼すれば無理難題が通ると思っているのか。ただの民家に酒を寄越せと言って使いを差し向ける、ライドって間抜けにそう言え!」

 

 真っ青な顔になり、待たせていた馬車に飛び乗り帰って行った。

 どうなっているんだよ、森の恵と天上の酒で何か騒動が持ち上がっているのは判ったが、何が何やらだ。

 大体天上の酒って何よ、俺はそんなの知らないぞ。

 

 然し騒動の中心がこの家の様なので、使用人達に被害が出ない様に避難させる事にした。

 ヘイザを呼び使用人全員を連れて、ハマワール侯爵様の館に行かせ、事情の説明と暫くの間避難をお願いする事にした。

 

 ヘイザ達を送りだした後玄関ホールに椅子を置き、お肉の引き取り時間迄新手が来ないか待つこと暫し。

 現れた第三の男は、モルデンの使いと名乗った。

 

 「モルデンさんのお使いの方に聞きたいのだが、モルデンさんって何処のどなたですか。それと貴方は名前も名乗らずに、モルデンさんの使いだと言われてもねぇ」

 

 「貴方は、モルデン様を知らないと・・・」

 

 「見ての通りの小僧ですから、世間知らずでしてね。留守番をしているのに、モルデンの使いって方が来たと言ってもねぇ。名前も聞いていないとなると、留守番失格だと叱られますから」

 

 「私はナーバル。モルデン様が森の恵と天上の酒を、それぞれ金貨5枚と8枚でお買い上げくださるそうだ」

 

 「ふむグロスタ商会の使いの方より、多少値が上がっていますが、貴方も此処が酒屋に見えますか」

 

 「此処はシャーラ様のお宅でしょう。シャーラ様が森の恵と天上の酒をお持ちだから購って参れと、主人に仰せつかって参りましたが」

 

 「それですよ、皆さん何をお間違えかは存じませんが、金貨5枚や8枚で購える酒を、何故こんな所に求めに来るんですか」

 

 ナーバルさんは困惑顔で帰って行った。

 次に来たのがヘイガン商会の番頭ラデルと名乗ったが、横柄な態度で噂の酒を寄越せってね。

 エールを一杯グラスに入れて、差し出してやりました。

 

 「お前、ヘイガン商会相手に良い度胸だな」  

 

 「えー 一樽銀貨3枚もする極上のエールですよ」

 

 いきなり横っ面を殴りに来たが、シャーラに腕を掴まれて殴り倒されている。

 

 喋り疲れていたので、丁度手にエールのグラスが有る。

 美味しく頂きながらラデルを尋問する。

 詳しい事は知らない下っ端でした。

 尻を蹴り飛ばしてお引き取り願いましたが、腹の立つ奴だね

 エミール侯爵の使いは姿を現さなかった。

 多分侯爵から連絡せよと言われたら、帰り次第恐縮しながら即座に出頭して来る、と思っているのだろう。

 

 遅くなったがしっかり戸締まりをして、お肉を引き取りに冒険者ギルドに出向く。

 アーマーバッファローのお肉は、大の男の胴体くらいの大きさの肉塊が、血の滲んだ布に包まれて置かれていた。

 全部で19個それとは別にホーンボアのお肉21個の塊があった。

 

 残りの獲物と魔石や皮の買い取り代金は、ギルドの口座に入れる様に頼み、お肉を持って侯爵様の館に向かう。

 

 * * * * * * * *

 

 ハマワール侯爵様を訪ねて使用人達の避難先に選んだ事を詫び、4組の訪問者の事を話して何が原因の騒動か尋ねた。

 

 「天上の酒とは森の雫の事だ。献上した森の雫を試飲された陛下が、天上の酒と命名したんだ」

 

 「それでですか、森の恵と天上の酒を寄越せと今日も4組来ましたよ。エミール侯爵様の使いは来ませんでしたが、街の冒険者相手だから出頭せよと言い付けているので、私達が来るのを待っているのだと思いますね」

 

 訪ねて来た4人の言動を詳しく話すと、考え込んでしまったよ。

 

 「貴族も問題だが、商人達の使いも問題だな。主の性格が出ている様だ」

 

 「然し森の恵を金貨3枚とか5枚ね、天上の酒を金貨6枚と8枚だってぇ悪辣だねー。その程度の酒を、王家が外国の高官や賓客に出すわけ無いだろうに。然も、カイトとシャーラ相手によくやるねぇ。父上早いところ手を打たねば、又ぞろ斬れとか言い出す馬鹿が出て来そうですよ」

 

 「カイトはどうしたい」

 

 「森の恵や天上の酒を、金貨5枚や8枚で民家に買いに来るような馬鹿には、満天下に恥をかかせて放り出してやりたいですね」

 

 「でもシャーラの家に目をつけるとは、流石は大商人豪商と言われるだけの事は有るな」

 

 侯爵様はナガラン宰相と相談してくると言ってお出掛け、その際何か名案が無いか考えていてくれと言い残していった。

 

 「ヒャル、満座の中で恥をかかせる良い方法はないかな」

 

 「名の知れた豪商相手にか、あいつ等は抜け目が無いからなぁ。それより天上の酒が欲しいと騒いでいるのなら、高値で売り付けるのはどう」

 

 「ヒャル、俺達がそんな酒を持っている筈ないだろう。迂闊な事は言わない様にね」

 

 ヒャルが首を竦めている。

 

 「然し、高値で売り付けるか、豪商からぼったくるのも悪くないな。問題はどうやってかだな、高値で買って自慢をしていたら他人は半値以下で買っていましたとなれば・・・」

 

 自慢の性悪カンピューターフル回転。

 

 「カイト様が、悪い顔になってます」

 「うん、あれは何か悪巧みを考えている顔だよな」

 「ヒャル様、もそう思いますか」

 「間違いない、ホーエンの時と同じ顔つきになっているよ」

 

 「ヒャル、随分失礼な事を言うね。ホーエンは自滅しただけでしょう」

 

 「でも何か思いついたのだろう。聞かせてもらえるかな」

 

 「高く売り付ける方法だよ。フォレストスネイクのオークションを思い出してね」


 「試食させて値を吊り上げたあれか、今回は試飲させるのか」

 

 「ヒャル渡した森の雫・・・天上の酒の澱を漉して、通常のボトルに小分けすると1本が通常のボトル5本になるのは知っているね」

 

 頷くヒャルに、その1本を使いほんの一口、口に含む程度を飲ませてやろうと思うと説明する。

 俺の説明を聞いてヒャルが呆れている。

 侯爵様が帰って来たら相談して、細部をつめねばねならない。

 

 ナガラン宰相と前後策を話し合いに行った侯爵様が帰ってきたが、良い案が無いとぼやいていたのでちょっと思いつきを話した。

 侯爵様は呆れていたが、途中から笑い出して止まらなくなっていた。

 許可を貰ってくると言って再び王城に引き返し、ナガラン宰相とあれこれ準備をしたようだ。


 モルデン,グロスタ,ヘイガンの豪商達三人に、ハマワール侯爵からの招待状が届いたのは4日後の事だった。

 招待状には、森の一族から購った森の恵みと天上の酒、国王陛下に献上した残り数本を、希望者を募り私的オークションにて売り払う用意が有ると記されていた。

 追記には、ほんの僅かながら試飲も可能と記されている。

 3日後に開催するので、参加希望者は当日ハマワール侯爵邸に、招待状持参の上来られたしとあった。

 

 シャーラの家へ使いに出した者達は馬鹿にされて追い返され、その後使用人にすら会えずにいた。

 招待状は天の采配? 棚ボタ?といったところだ。

 

 当日勇んでやって来た3人は、ハマワール侯爵邸に参集する馬車の数に驚いた。

 まさか、これだけの数のオークション参加希望者がいるとはと驚いていた。

 ずらりと並ぶ馬車は、知り合いの商人達だけでなく貴族の馬車も相当数停まっていた。

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