第64話 至福の時間

 捕らえた騎士達を尋問し、他に仲間がいない事を確認して殿下の護衛達を侯爵様の指揮下に入れた。

 ヘラルス殿下の護衛は侯爵様の護衛と冒険者達でやることにし、エグドラに向けて出発する。

 最初の街である、ハーシュミ地方ホイル子爵の領都ナマラの街に近づいたが、先行させた冒険者の報告では門衛は一人もいないと。

 

 そのまま街に進入したが報告通り門の衛兵が居ない、大きなホテルの前に馬車列が止まる。

 無人の門を通過してから此処まで通りに人影は無し、家々の扉や窓は閉ざされている。

 ホテルの支配人を呼び出てし話を聞くが、全然要領を得ない。

 

 ナマラ冒険者ギルドのギルマスがホテルに来た。

 断片的な情報から、夜襲に失敗した部隊の監視役が逃げ帰り結果をホイル子爵に報告した。

 報告を受けたホイル子爵は、襲撃に使った人員を放置し慌てて家族と馬車で街を出た。


 残された残党は街に出て酒場で愚痴るのを聞き、王国軍が街に攻めて来ると噂になり住人は家に引き籠もっているそうだ。

 そこへ捕虜となった子爵の部下や、ヘラルス殿下の騎士達が拘束されてぞろぞろと街にやって来たのだ。

 

 頭を抱えた侯爵様だが捨て置く訳にもいかず、残っている警備の者や使用人を集めて治安の維持に取り組む事にした。

 同時に早馬を仕立てて国王陛下に事の詳細を知らせ、領主不在の地を治める者を要請した。

 

 「ホイル子爵の状況判断の確かさは認めるが、襲撃前にその判断力を使って欲しかったな」

 

 「まぁね。襲撃失敗→部下が捕虜になる→自分の指示だと判る→爵位剥奪死罪→逃げる。見事な状況判断ですねー」

 

 ヒャルのぼやきに、完璧な棒読みでそう返事をしておいた。

 残業で、我が家に帰るのが遅くなりそうな予感がする。

 

 「侯爵様、これだけの人数をホテルでは無理ですよ。逃げた子爵の屋敷を接収し、そこを拠点ににしましょう。捕縛した奴等の管理も遣りやすいと思います」

 

 そう提案して、ホテルの者に案内させ子爵の屋敷に向かう。

 侯爵様が感心する程見事なお屋敷で、内装も凝った造りなんだそうだ。

 俺は貴族の屋敷の造りに興味が無いので、聞き流す。

 子爵の家族部屋や執務室から金目の物が消えている様だが、街も屋敷も略奪が起きていないのが幸いした。

 残っていた警備の者や守備部隊を集め街の治安を維持をさせる。

 逃げ出した者も襲撃に関与していないのであれば、元の職場に戻るよう説得させた。

 

 王都とナマラの街を早馬が行き来し、最初の治安部隊が到着したのは15日目の事だった。

 全員騎馬で治安部隊と言うよりは、ヘラルス殿下の護衛部隊と言った趣である。

 元の護衛達は侯爵様の指揮下から応援の部隊に組み込まれ、冷や飯を食わされる嵌めになっていた。

 

 事が事だけに、自分達まで処罰されたらとヒヤヒヤだった様で、罰は受けないと安堵している。

 遅れる事7日目に、臨時の代官が着任し全てを引き継いだ。

 侯爵様はお役御免で帰れるはずもなく、王都に殿下と共に引き返す事になっちゃってますがな。

 残業決定、エグドラのお家が遠くなる。

 

 * * * * * * * *

 

 代官と共にやってきたヘラルス殿下の護衛部隊40人と共に、俺は王都に引き返す殿下の馬車の中だ。

 シャーラは御者の隣に座り、鼻歌まじりでのんびりしている。

 新たな護衛達は俺の事を聞いている様で、ヘラルス殿下の馬車に同乗しても知らぬ顔をしている。

 良く殿下,ヒャル,侯爵様,俺,シャーラの5人でいるのだが、それとなく周辺警護をしている。

 

 侯爵様は、殿下が無事なら任務完了で王都に引き返すのは当然だと悠々たるもの。

 波乱の幕開けとなった20才の誕生月になってしまい、平穏無事な1年であります様に日本のお天道様にお祈りしたい。

 

 無事に王都に帰り着き、侯爵邸には後ほど伺うと伝えて冒険者ギルドの前でシャーラ共々降ろして貰う。

 依頼完了の報告に向かう冒険者と共にギルドに入る。

 尋問で稼いだ7人以外の23人には、1人金貨2枚を約束しているので支給のためだ。

 シャーラの治癒魔法を吹聴しない口止めも含めて、支給するのだ。

 ギルドを去る時に、30人に任務完了の打ち上げに使ってくれと金貨5枚を渡し別れた。

 

 * * * * * * * *

 

 「ニーナ,ルーナ、ただいまー帰ったよ」

 

 おーお、お気に入りの妹分にご挨拶ですか。

 パタパタと足音がして満面の笑みのニーナとルーナが現れる。

 まぁキャーキャーと煩い事、ヘイザが無事の帰りを喜んでくれる。

 

 居間で寛ぐ隣では、シャーラ達がゴールドを食べながら何時ものジタバタをしている。

 

 「シャーラ、ヘイザ達の分も渡しておけよ」

 「ヘイザ、俺やシャーラが渡す物は市場にはまず出回らないものなので、口外禁止だ。名前も聞くな魚や果物って言ってれば良い」

 

 「承知致しました」

 

 浴室の湯を沸かす方法を教え、掛け湯の壺と水の壺にもそれぞれ溜めて置くように指示する。

 お湯が沸いたとの言葉に、ワクワクで浴室に入ると濛々たる湯気に包まれ、嫌な予感がして湯舟に指先をチョン。

 沸騰してますやん。

 素っ裸で壺から水を入れる俺って泣きそう、20才は不幸な年になりそう。

 

 漸く少し熱いくらいに冷ましクリーンの後湯舟に浸かる。

 それはそれはふかーい溜め息が出た、日本人に生まれていた過去に感謝しました。

 精霊さんもふんわり浮かんでいる。

 俺が風呂場に行ったきり帰って来ないので、シャーラが覗きに来た。

 シャーラが見たものは、超ご機嫌さんで鼻歌歌っている俺とふんわり浮かぶ精霊さん。

 

 シャーラ、美味しいもの楽しいものに対する嗅覚は鋭い、パパッと服を脱ぐと止める間もなく湯舟にダイブしやがる。

 〈ドボーン〉ってお前は、シルバーフィッシュを捕る時と同じ調子で飛び込むな!

 〈ファーァァァ〉って変な声を出すな!

 

 目を細めて伸びをしているが、自分が女って忘れているのかしら。

 ニーナとルーナが、シャーラの声に惹かれて覗きに来る。

 

 「シャーラお姉ちゃん、どうしたの」

 

 「あぁー、ニーナ,ルーナ気持ち良いよー、たまんないねー」

 

 お前はオッサンか、と思ったらニーナとルーナを誘っている。

 お姉ちゃんの言うことには全面的に従う妹分二人、即座に服を脱ぐと湯舟にダイブ〈トポーン〉〈トポン〉と可愛い音を立てて飛び込んでくる。

 

 子供達がプールや湯舟でやることは一つ、お湯を掛けあってワーワーキャーキャー。

 速攻で逃げ出した。

 余りの騒ぎにヘイザが覗きに来て、湯舟で騒ぐシャーラ達を見て慌てている。

 

 「カイト様大丈夫ですか、火傷などしていませんか」

 

 「あーヘイザ、今度からお湯は手を浸けて少し熱いくらいにしておいてよ。沸騰していたら死ぬよ」

 

 「お湯の中に入るのですか?」

 

 そうだこの世界一般人は風呂を使わないんだ、王侯貴族は知らないけど。

 

 「俺は暖かいお湯に浸かるのが好きなんだ。彼女等を見ても判るだろ」

 

 〈はぁ〉と不思議なものを見る様な顔で、返事をされた。

 

 「シャーラ適当に上がらないと、炊き過ぎたお魚みたいにグダグダになるぞ」

 

 水差しにヒャル特製の氷を入れて飲んで溜め息を一つ、シャーラ以下3人が火照った顔で居間に現れる。

 3つのコップに氷で冷えた水を入れてやる、コップを受け取り冷たい水に目を見張る3人。

 腰に手を当て一気に飲み〈プファー〉って15才にして完全に親父化していやがる。

 妹分二人もシャーラを見習って〈ぷふー〉〈ぶー〉って、なんやねんこいつら。

 

 落ち着いたら俺の収納に有る房の実を要求、三人でクフクフ言いながら食べている。

 お姉ちゃんのフィエーンと、妹二人が出来て幸せそうなシャーラを見ていると文句も言い辛い。

 湯舟では静かにして貰える様に、お願いするか。

 

 というか男の入浴中に、女のお前が素っ裸で乱入するな! 立場が逆だろうが!

 心の叫びを飲み込み、精霊さんと寝室に向かい魔力の循環を始める。

 

 妹分が寝る時間になった様で、シャーラも目をトロンとさせて部屋に入ってきた。

 精霊さんを見て俺の魔力循環に割り込み魔力放出を始める。

 俺もシャーラに合わせて魔力を放出する、最近精霊さんの煌めきに若葉の色以外も見える気がする。

 プリズムを通した様な極めて淡い虹色に感じる。

 シャーラに聞こうと思った時には、魔力切れ寸前でフラフラしながらベッドに倒れ込むと、そのまま魔力を放出して眠ってしまった。

 

 お前は本当に精霊なのかな、悪い気配は無いから良いけどな。

 ふわふわと浮かぶ精霊さんの声を聞いた気がしたが、魔力切れで寝てしまった。

 目覚めて時計を見る、魔力切れから1時間40分で目が覚める様になっていることに気がついた。

 

 「おはよう、精霊さん」

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