第100話 なんて依頼だよ

 暫くホルム村でナジルの生活を見ていたが、やって行けそうだと思ったのでアガベに別れを告げる。

 

 「街に帰るのか」

 

 「知り合いに頼まれている事があってな、もう少し森にいるよ。用事が有れば、侯爵様かギルマスに伝えておいてくれると助かる」

 

 ホルム村を離れると、時々ジャンプして足跡を消しながら遠回りをしてクインの所に向かった。

 

 * * * * * * * *


 グリンの先導で、クインのもとに向かう。

 途中からはクインの妖精達も混じり、野獣の居る所を教えてくれるので、シャーラの生体レーダーより早くから居場所が分かる。

 

 茨の森に着いたが、雰囲気が変わっている。

 

 《どうしたのカイト》

 

 《何か以前と雰囲気が違うんだが》

 

 《以前は貴方達が自由に動ける様に、結界を緩めていたからですよ。カイトにシャーラ、よく来てくれました》

 

 茨の森の向こうが見えない、てか茨の森が大きすぎて視界を塞いでいる。

 茨の森の中に他の木々も混じっているのが分かる。

 以前土塀を修復している時には、茨の木しか目に入らなかったが、こうして見ると不自然に見えないしただの森だ。

 近づいて行くと茨の木が目立ち始め、行く手を遮られる。

 

 《クイン、転移魔法で入っても大丈夫かな》

 

 《今は結界を張っているので無理です。試してみますか》

 

 《止めとく。何処から入ればいいの》

 

 《何処からでも、森に入れば道が開きますよ。貴方達なら壁を通るのは簡単でしょう。壁を抜ければ結界内を自由に転移出来ます。外には出られませんけれどね》

 

 《つまり、出入りは歩いて壁を抜けなければならないって事か》

 

 《そうです壁が結界の境界になります。貴方達の魔力は知っていますので、壁に穴を開けても問題ありません。貴方達以外が壁を崩しても通れません。蜥蜴の時は崩れない筈の壁が、一瞬で崩れたために侵入を許してしまいました》

 

 なんてこったい、これじゃ目の前に精霊樹の森があっても、誰も気づかない気づけないってことか。

 茨の森の奥に向かって歩くと、ゆるゆると道が開く。

 どうも一緒にいるクインの妖精達が、ある程度茨の木を操っている様だ。

 精霊樹じゃあるまいし、そうそう意思を持つ木がいたらたまらんよ。

 道を開けさせているが、放置すれば勝手に道を塞ぎ、侵入者や野獣を棘で殺してしまうのだろう。

 食虫植物の変形種かな、となると壁はどうやって築いたんだろうか疑問が残る。

 

 壁の前に来たが穴が空いて通してくれる訳ではない、勝手に穴を開けて通る。

 元通りに穴を塞いでいると、俺達の通った通路があっという間に塞がっていくのが見えた。

 やっぱりね、妖精達が茨の木に何らかの干渉をして、通路を開けさせているのだろう。

 

 壁を塞ぎ此処からはジャンプしてクインの所まで行く。

 

 《久しぶりクイン、頼みとは》

 

 《私の、次代の種を運んで欲しいのです》

 

 《次代の種って・・・クインは枯れるって事かな》

 

 《いいえ、私の終わりは未だです。然し常に次の世代を確保するのは、生きとし生けるものものの勤めです。貴方達の様な存在から、森の全ての生けるもの達はそうしています。私とて例外ではありません。既に幾つかは遠くに運んで貰いました》

 

 《運んでもらったって事は、他にも俺達の様な存在が居たって事かな》

 

 《そうです。私の様な存在は遠くに種を運べません。種を運びある程度環境を整えてもらわねばなりません》

 

 《まさか、壁を作ったのは人族なのか》

 

 《魔法を使えるのは人族だけではありません。貴方達にも、色々な種類があるでしょう。カイトとシャーラでは種族が違うが、どちらも魔法を使えるでしょう。壁を作れるもの、信頼出来るものに託しています》

 

 「シャーラどうする。運ぶのはいいけど、一から壁を作るとなると大変だぞ」

 

 「私はやります! 精霊樹様のお願いなら」


 まっ良いか。どうせ暇なんだし、冒険者稼業の依頼だと思えば討伐よりましだ。

 

 《クイン、引き受けてもよいが何処に運ぶんだ》

 

 《森の外、森から離れた所に》

 

 《えーと・・・森の中じゃないの》

 

 《森には幾つか運んで貰いました。色々な条件の所にね、後は森から遠く離れた所だけです》

 

 聞いていたシャーラも微妙な顔になっているが、同一条件下では一つの疫病で全滅の危険があるとか何とか、聞いた覚えがあるな。

 集中していれば全滅の危険があるが、分散していれば被害は少なくてすむだったかな。

 理にかなっているのは確かだ、無事に育つかどうかは別問題だが。

 

 《クイン、森の外に運んでも無事に育つ保障は無いぞ》

 

 《子供達や守りの木を付けます。カイトには種を運んで野獣の侵入を防ぐ壁を作って欲しいのです》

 

 《もしかして、壊れた壁はクインを此処に運んだ奴が作ったのか》

 

 《そうです。姿を見せなくなって長い時が経ちます》

 

 《因みにクインって何年くらい生きいてるの》

 

 《人の子とは生きる時が違いますので判りません。未だ成長の限界には到達していないでしょう。守りの森の木が、成長の限界を迎えて朽ちていくのを何度も見ました》

 

 いかん、人間と時間感覚が違いすぎてついていけんわ。

 確か屋久杉の樹齢が2,000年少々でなかには推定7,000年オーバーって説があったはずだが。

 樹齢1,000年てのはちょこちょこ聞く話だしなぁ。

 実際、森には巨木が無数にあるが、切り倒して年輪を数えるのもかったるい。

 聞かなかった事にしておこう。

 

 《で、種は何処に》

 

 《暫く待って貰う事になります。花の一つ二つを作るのとは違いますので》

 

 《じゃ以前の時と同じ場所にキャンプハウスを出してもいいかな》

 

 許可を貰ってキャンプハウス出して、用意が出来るのを待つことにした。

 なんと精霊樹全体が5日程で若葉に覆われて、蕾が出来たと思ったら大振りな花が次々と咲き始めた。

 同時に、精霊達の気配がより一層濃厚になっていく。


 透き通る様な若葉に覆われて、無数のピンク色の花を付ける精霊樹の見事さに、夕暮れ時に椅子を出して花見洒と洒落込む。

 傍らのグリンに、小さきもの達に姿を見せてもらえないかお願いした。

 それは見事なもので、夕暮れの中を霞か雲かって程の煌めきが精霊樹に纏わり付き煌めいている。

 

 〈フワァー〉ってシャーラの声がし、ふと見るとシャーラの周辺にも・・・じゃない俺やグリンの周辺にも小さきもの達が続々と集まって来る。

 駄目だ目がチカチカする、悪酔いしそうなので離れてもらった。

 

 それから20日もせずに、クインから連絡が来た。

 

 《カイト種の用意が出来ました》

 

 クインの所に行くと妖精に導かれて枝先の実を収穫する。

 若葉が付き始め花が開いて半月少々で、林檎のむつくらいの大きさの実が出来ている。

 

 《それをそのまま埋めればよい。カイトがそれを持って草原に行ってもらえれば、適地を子供達が教えてくれます》

 

 《ん、子供達って事は妖精達もついて来るのかい》

 

 《勿論です。種を地に埋めれば、成長を見守り共に生きていくのですから》

 

 20?人以上の妖精達が俺達の周囲に集まってくる。

 それぞれが何かを差し出すので受けとると、木の実や種に草の実だ。

 

 《それらを種を埋めた地に蒔いて下さい。もう一つ、守りの木の種を沢山持って行って下さい》

 

 胡桃程の大きさの実を多数渡された。

 

 《守りの木の種を埋める場所は、子供達に任せておけばよいですよ。お礼にカイトとシャーラは何時訪ねて来ても歓迎します。森の果実ならこの地の中で収穫出来ますよ。貴方達に必要な薬草もね》

 

 薬草袋に様々な種や実を入れて収納に仕舞い、クインの地を後にした。

 周囲には姿を現したままのグリンや、他の妖精達が気ままに飛んでいる。

 

 まったくファンタジーだよな、薬草採取で生きていくはずが何処で間違えたのだろう。

 クインの地を離れる時も、用心して足跡を残さない様に転移魔法でジャンプを繰り返して離れる。

 こんな事をしなくても先ず近付けないだろうが、用心に越した事はない。

 何せ王家が動いているかので、何か対策を練っておかねば下手を打つ事になりそうだ。

 

 * * * * * * *


 一度エグドラに戻り、侯爵様にナガヤール王国の地図を見せてもらおう。

 いきなり他国に行っても何も判らないし、融通の効くナガヤール王国から適地探しを始める事にした。

 播種の季節や期限は無い。

 付いてきている妖精達に聞いても、良い所が見つかる時まで待つよって言われた。

 だからといって、のんべんだらりとするのも性に合わない。

 地図で調べて、広い草原をしらみ潰しに調査するしか無い。

 森の中と言われていたら、それはそれで皆目見当がつかないところであった。

 

 この季節果実の収穫は無理、森の恵と天上の酒を探しながら歩く。

 もっとも森の恵より、天上の酒を求めてグリン達が飛び回っている。

 これって絶対反則技だよな、取り尽くさない様に1ヶ所1本に限定して、森の恵共々蜘蛛の糸で落ちない様にしておく。

 去年吊した天上の酒候補はどうなったのか興味があるが、探しに戻る訳にもいかない。。

 

 石英質の石を見つけて、天上の酒を入れる透明度の高いボトルを作る。

 形は勿論2合徳利の形で作るのだ、酒を注ぐにはこの形が最高だと思っている。

 1合徳利だと形がやや細くて好みに合わない。

 グラスは切り子細工の物が欲しいが、この世界には無さそうだし作る技術も無いので諦める。


 エグドラの街が見えた時に気づいた、シャーラのお誕生日はとっくに過ぎていたのだ。

 遅まきながら18才のお誕生日おめでとうと、心の中で言っておく。

 今夜はシルバーフィッシュとエビにゴールドの食べ放題にするからな。

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