第31話 赤い鼻

 領主の館の間取りなんて、似たようなものだと聞いていたが広い。

 元が子爵邸の侯爵様の館より大きな伯爵邸だが、転移魔法に掛かればどおって事もない。

 街路から敷地内に跳び、建物の側に行くと明かりの点いている部屋の隣にジャンプ。

 隣の部屋の気配を探るが、人の気配がしないのでお部屋にお邪魔する。

 ご婦人の部屋だったので即座に失礼して、次の部屋に跳ぶも外れ・・・留守かな。

 

 当たりを付けた部屋は悉く外れで、泥棒の才能は無い様だった。

 外に出て明かりの点いていない部屋に、手当たり次第に行ってみるかと思案していると、一つの部屋に灯りが灯り窓際にチラリと男の姿が見えた。

 

 今回で外れなら片っ端から行くぞと、気合いをいれてジャンプする。

 気合いを入れすぎて灯りの灯った部屋に跳び込んでしまい、突然現れた俺に反応出来ない護衛二人に、柔らかストーンバレットを腹にお見舞いする。

 推定200キロの速度で、ソフトボール大の土の固まりを喰らったものだからゲロを吐いて痙攣している。

 貴族の身なりの男にもバレットをプレゼントして、三人共縛り上げる。

 

 縛り上げてやれやれと思ったらドアがノックされる、腹を括っ〈入れ〉と返事するが声が若いと怪しまれないかな。

 不審気にドアを開けて入って来たのは如何にも執事スタイルの男、部屋に倒れている護衛達を見て驚いている所へ、お腹にストーンバレットを一発射ち込む。

 

 縛り上げた貴族の所に行き、侯爵様の手紙で頬をペチペチしてから開いて中を見せてやる。

 冒険者スタイルで覆面をした男に、差出人の名前も無い手紙を見せられて驚愕している伯爵に、優しく伝える。

 

 「誰からの書状か判るか、殺すのは俺の仕事ではないので生かしておいてやる。条件はナバルの娘の病気を治し金貨200枚を渡せ、ナバルとその家族には二度と関わるな。こう言えば判るよな」

 

 伯爵様は必死でコクコクしている。

 

 「騎士が30名近く亡くなり嫡男も大怪我をした、必ず自分の手で始末をつけると言っているので覚悟をしておけよ」

 

 伯爵様の華美な剣を取り上げてお財布ポーチに仕舞い、窓から飛び降りる。

 地面に着く前にジャンプして塀の側に行き、館から引き上げる。

 

 翌日には俺達四人は、さっさとハーマンの街を去りエグドラの街に帰って行った。

 

 * * * * * * * *

 

 カイトが窓から飛び降りた後、伯爵は必死で執事を蹴り飛ばし目覚めた執事によって解放された。

 知恵袋の執事に事の次第を話し、ハマワール侯爵からの反撃に怯えていた。

 執事は残された手紙を見せられたが、短い文面には【息子の命は助かった。余計な事をしてくれた代償は、お前と家族の命で贖って貰う】誰が何時何処で誰にとは書かれていない。

 当の本人のみが、読めば理解し理解した結果怯えている。

 

 執事は溜め息しか出なかった。

 確かにナバルをハマワール子爵家にスパイとして送り込んだが、暗殺の為では無く情報収集の為なのだ。

 誰の入れ知恵なのかは知らないが、今は侯爵となった相手に杜撰な暗殺を図り失敗、狼の尾を踏んで初めて馬鹿にしていた相手の力量を知り怯えている。

 

 「旦那様、この手紙を持参した者は、突如この部屋に現れたと申されましたね」

 

 「そうだ、今お前が立っている辺りに現れると、護衛二人と儂を倒して縛り上げられたのだ」

 

 「多分噂に聞く転移魔法ですよ、ハマワール侯爵を敵に回してしまいましたね。ハマワール家に送り込んだ者は情報収集の為の人間で、暗殺の為では在りません。杜撰な暗殺行為に失敗し、伯爵様との繋がりを知られたのでしょう」

 

 「儂は死にたくない、どうすれば良いオイガー」

 

 伯爵から賊の人相風体を聞き出したが、冒険者風の小柄で顔を頭巾で隠していて不明と何一つ手掛かりが無い。

 ハマワール侯爵に関わる者で、転移魔法に土魔法と言えば一人心当たりが有る。

 然し、彼は土魔法しか使えないと聞いているし、それも直ぐに魔力切れを起こして倒れるらしい。

 転移魔法で忍び込み、魔法で攻撃して逃げるなど魔力の少ない者には無理な話しだ。

 

 「旦那様、転移魔法で襲って来る相手にどう対処するおつもりですか。その者が『殺すのは俺の仕事ではない』と言ったのなら、別な暗殺者を送り込んで来ますよ。手紙を届けた者にすら手も足も出ないのに、そんな相手をどうなさいます」

 

 「だからどうすれば良いか聞いておるのだ! 儂は死にたく無い」

 

 「王家に執り成しを願い出るしか、方法を思いつきません」

 

 「そんな事が出来ると思うか、暗殺に失敗しましたから助けてくれと王家に縋るなど」

 

 「ではどうなさいます? 相手は転移魔法使いとは別に、暗殺要員を送り込ん来るつもりの様です。防ぐ手立てが有りません、転移魔法使いすら防げないのです。残る方法はハマワール侯爵様に直接謝罪し和解する事ですが、30名近い騎士が死んでいますので、生半可な事では収まりませんせんよ。然も、ナバルの娘の病を治して金貨200枚を持たせろと言われたのでしょう。以後関わるなと告げたのならば、伯爵様がどうするのか見ているのでしょう」

 

 「では娘の病気を治して、放り出せ!」

 

 「それは宜しいのですが、どうなさいます」

 

 「何がだ?」

 

 「転移魔法使いにすら手も足も出ないのに、暗殺者を相手出来る者はいないと思います。侯爵様に詫びを入れて許しを請えば・・・」

 

 「儂が子爵風情に詫びろと、無能な魔法も碌に使えない子供しかいない奴に」

 

 「それでも陞爵なさいまして今や侯爵です。勝ち目はございません」

 

 執事に見放される寸前になって、やっとハマワール侯爵に謝罪し和解を願い出る事にした。

 

 * * * * * * * *

 

 ダラスル伯爵がハマワール侯爵の領都エグドラを訪れたのは、カイトが脅してから一月も経ってからの事だった。

 あろう事かエグドラホテルに投宿し、ハマワール侯爵邸に先触れを出した。

 それを受けたハマワール侯爵は、呆れて暫く言葉も出なかったが翌日に待っていると返答した。

 

 カイトに連絡して、ダラスル伯爵が同じホテルに宿泊しているので、少し脅しておいてくれと頼んだ。

 支配人にダラスル伯爵の部屋を尋ねると、護衛8人と部屋に篭って食事も部屋に運ばせている、と聞かせてくれた。

 ダラスル伯爵の部屋で騒ぎが起きるかも知れないが、無視してくれと頼んでおく。

 

 冒険者スタイルに覆面姿になり、ダラスル伯爵の部屋にジャンプする。

 壁際に6人伯爵の左右に2人の護衛が居たが、皆ストーンバレットを腹に喰らって悶絶している。

 以前ダラスル伯爵から取り上げた、ロングソードをマジックポーチから取り出して突きつける。

 アウアウと言って震えている伯爵の側に行き、ナバルの娘の病気を治せと言ったのを忘れたのかと問い詰める。

 

 「治せないだと」

 

 ムカついて、伯爵の鼻を蹴りつける。

 

 「娘と母親をエグドラに連れて来い! 金貨200枚を渡したのだろうな?」

 

 生唾を飲み込み返答に窮する伯爵を見て、再度鼻を蹴りつけた。

 

 俺は頼まれていないのでお前を殺したりしない、だが貴族だからと舐めて約束を破る奴に容赦する気は無い、後一月待ってやる。

 コクコク頷く伯爵の鼻に、三度目の蹴りをいれてから姿を消した。

 

 翌日潰れた鼻を真っ赤に腫れあがらせたダラスル伯爵が、馬車でハマワール侯爵邸を訪れた。

 

 ハマワール侯爵の執務室に案内されたダラスル伯爵は、侯爵の前で跪きしどろもどろに謝罪の言葉を述べた。

 

 「よく来れたなダラスル、お前の謝罪など必要無い。散々虚仮にした挙げ句息子を、騎士諸とも亡き者にしようと実行した。お前が頭を下げて何になる。準備も整ったしそろそろお前とお前の一族を、地獄の苦しみの中で屠ってやろうと思っていたところだ」

 

 地獄の底から響いて来る様な、冷たいハマワール侯爵の声に土下座の様な格好で許しを乞うた。

 

 「お前も此処へ謝罪に来たからには、亡くなった騎士達と息子に対する保障は出来るのか。侮っていた相手だから、頭の一つも下げれば済むと思っていまいな」

 

 散々に脅されたダラスル伯爵は、亡くなった騎士34名に謝罪と詫び料として一人金貨350枚、ヒャルダに10年間金貨500枚を支払う事になった。

 それとは別に侯爵に対して謝罪し、10年間金貨1,000枚を支払うと約束させられた。

 事の顛末と和解の内容を記した文書に署名し、フィエーンの馬車とハマワール侯爵家の騎士団員40名をお供に帰って行った。


 * * * * * * * *


 付け馬か送り狼か領地まで付いてきた来たフィエーンの馬車は、金貨13,400枚を入れたマジックバッグを乗せて帰って行った。


 帰り際にフィエーンは、ダラスル伯爵に「良い御屋敷ですがお約束を忘れたら焼け落ちますよ」と言って微笑んだ。

 ダラスル伯爵の蓄えは殆ど無くなり、あと9年間は毎年金貨1,500枚を支払わなくてはならないのだ。

 侮っていた相手の恐ろしさと、言葉の意味を理解し力無くうなだれていた。

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