第94話 グリンが消えた

 「まぁ来ないだろうな。この辺りで出会ったと言えば、ヨルムの里のオーロンくらいかな」

 

 「ヨルムの里か。オーロンは良い奴だがあの里の長老達は駄目だ」

 

 「エガート達の事かな」

 

 「良く知っているな」

 

 「少し揉めてな、孫のエドラと揉めたのが発端だが」

 

 「エドラか、冒険者崩れか盗賊の様な性格の奴だからな。奴には気をつけろ」

 

 「あっ、もう大丈夫だよ。奴やエガート達一派は殆ど死んだ筈だから」

 

 俺の顔をマジマジと見て、ため息を吐いている。

 失礼なオッサンだこと。


 侯爵様の伝言を伝える。

 ギルド用に

 シルバーフィッシュ、100~200匹

 レインボーシュリンプ、100~200匹

 天上の酒 数本で良い。

 森の恵 天上の酒より多く。

 香り茸、ティカップ1杯分、又は数個

 

 侯爵様引き取り分として

 シルバーフィッシュ、200匹

 レインボーシュリンプ、300匹

 森の雫改め、天上の酒

 森の恵

 香り茸

 果実

 

 数は目安でその時々の状況で構わない、少量ならギルドと侯爵様で折半する。

 ギルド優先にしないと、侯爵様買い取りの値段が決まらない。

 ギルド分をオークションに回し、侯爵様の分は落札価格で買い取ると伝えた。

 

 「えらく鷹揚な注文だな」

 

 「それは俺達が森の奥に行って、持ち帰る物が適当だからさ。俺達の分と侯爵様一家に贈るのが基本で、それを王家に献上するのは、侯爵様の勝手だから。それとギルドに直接卸して正体がばれると後が面倒だから。ウォータードラゴンやフォレストスネイクも、ギルドから侯爵様やオークションって事にしているからな。稼ぎはそれで十分だよ、後はアガベ達が稼げば良いよ」

 

 「随分侯爵殿に肩入れしている様だが」

 

 「冒険者になる前に、ブラックウルフの群れに襲われている侯爵様(当時子爵だったが)のお嬢様を助けた縁で、随分良くしてくれたからな。それに貴族の力を振り回さないところが気に入っている」

 

 「そうだな貴族には珍しいタイプだな。判った希望に添える様にしよう。侯爵殿に渡す分はギルドの半値にしようと思うが、カイト達に不都合は無いか」

 

 「いいのかそれで。一族を養うには金がいるだろう」

 

 「最初の取引で交渉も無しでエラードの倍以上で買上げてくれた。然も、ランク8のマジックポーチを無料でくれた恩義がある。ランク8のマジックポーチがあれば獲物のために村を移動しなくて済む。ハマワール殿が変わらぬ限り、エグドラに近いこの場所がホルム村って事になる」

 

 「アガベ達がそれでいいのなら、俺に異存は無いよ」

 

 「それに、ランク5のマジックポーチやお財布ポーチ13個を、何にも言わず俺達にくれたカイトにも感謝している。これだけのポーチがあれば、野獣以外の採取にも別々の組に分かれて行動出来る。俺が持っていたランク4のポーチとランク5のマジックポーチを別々の組に持たせ、分かれて野獣の討伐をすれば随分捗る。村が豊かになるから皆も喜んでいるのだ、それくらいの礼はするさ」

 

 「じゃー、森を荒らさない程度に収穫しますか」

 

 「カイト達は何時でも村に来てくれ。歓迎するぞ」

 

 その夜はホーンボアのお肉を提供し、村をあげての大宴会となった。

 二日酔い気味の遅い朝食を済ませ、キャンプハウスの前に椅子を出してのんびりお茶を飲んでいるとアガベがやってきた。

 朝の挨拶を済ますと、聞きたい事があるが無理に答える必要はないと、遠慮気味に言ってくる。

 黙って先を促す。

 

 「実は村の子供達や見える者が、カイトやシャーラの周辺に精霊が見えると騒いでいるのだ。俺も最初に会った時から、2人の周辺には常に精霊の気配を感じていた。時には驚くほど濃厚な気配がするしな」

 

 それで宴会の最中も、子供達や少数の大人達が遠巻きに俺達を見ていたのか。

 

 「精霊って小さな小さな煌めきの事か」

 

 「それだ、気配は感じないのか」

 

 苦笑いを返事に変えてお茶を飲む。

 然し、エルフといい森の一族といい、鋭い感覚をしているな。

 王立図書館で精霊について書かれていた内容では、時に精霊が見える者がいるとあったが見える者が多過ぎ。

 

 《グリン》

 

 《ん》

 

 《俺達の周りに居る小さきものたちに、離れていろと言えば近付かないかな》

 

 《それは出来るけれど、代わりの子が集まって来るからきりがないよ。放っておけば飽きて離れるよ》

 

 《でもそれじゃ、又代わりの小さきものたちが集まって来るんだろ》

 

 《そうだよ。私の周りにも沢山集まっているしね》

 

 確かに、グリンが俺達の2人の魔力を浴びて成長している途中から、周囲に何かいるとは感じていた。

 危険な感じは無かったし、どちらかといえば好意的な感覚に包まれることも多かった。

 エドラの時には敵意に溢れていたが、それも俺達に向けられていなかったな。

 精霊の事は、なるようにしかならないから放置だ。

 

 アガベ達にはシルバーフィッシュとレインボーシュリンプを入れる容器を渡しておく。

 森の恵と天上の酒は、澱を綺麗に濾して普通の酒のボトルに入れて、ギルドや侯爵様に渡す様に言っておく。

 付加価値を付けるのなら専用のボトルを作ればいいが、物自体に付加価値があるので小細工は無しにする。

 

 エグドラでの再会を約して、ホルム村に別れを告げた。

 

 今回は奥には行かず、エグドラに向かいながらジグザグに進み広範囲を捜索して見る事にした。

 これは成功した、普通の冒険者なら真っ直ぐホルムの村に向かえば20日近く掛かる。

 それも無警戒に進んでだ、野獣相手に警戒しながらだと30日は優に超える。

 それに見知らぬ森を目的地を違えず進むのは、並の感覚では無理だ。

 つまり未開の大地・・・未踏の森が広がっているに等しい。

 

 森の雫改め天上の酒だけで17個の実を収穫した。

 森の恵は半数を落ちない様に、丈夫な蜘蛛の糸で括りそのまま放置し来年に期待する。

 ゴールドの木を3本見つけ完熟だけで110数個収穫、シャーラの頬が緩みっぱなしだ。

 ビッグビーンズと紅宝玉の大群落を見つけて唖然とする一幕もあった。

 紅宝玉は8房だけ、ビッグビーンズも12個だけ収穫し、アガベ達が見つけた時のために残しておく。


 ある日キャンプハウスの外でグリンに頼み、俺達の周囲に居る小さきものたちに姿を見せてもらえないかと頼んでみた。

 壮観の一言、蛍の大集団の中にいるのかと錯覚するほどいる。

 最初は蛍の群れの中の様に綺麗だなぁ、等と呑気に見ていた。

 然し、周辺の小さきものたち迄が続々と集まりだし、気がつけば小さな煌めきの乱舞の中にいた。

 まるで蚊柱の中にいる様で背中が痒くなる。

 

 こりゃー、アガベ達には言えないし見せられないわ。

 それでなくても見える者達には遠巻きにされているのに、これを見せたらどうなる事やら。

 

 * * * * * * * *


 「見いーつけた」

 

 ニンマリ笑って鼻を上に向け、風向きを調べ猫まっしぐらが始まった。

 勘弁してよ。

 薮だろうが茨の中だろうがシャーラは無敵、後に続く俺の事など完璧に抜け落ちている。

 シャーラの後を必死について行く俺の顔の横に、拳大の蜘蛛が巨大な巣を作っているのを見た時の心境たるや・・・思いだしたくもない。

 横で良かった、正面からあれに突っ込んでいたら、悲鳴をあげて逃げ出すか腰を抜かすかしてる。

 

 叢から芳香華を見つけて、慎重に採取している。

 

 「カイト様、壺!」

 

 こいつ、俺を下僕扱いしていやがる。

 等と思いながらも素直に壺を作り、シャーラに差し出す。

 水を入れそっと花を入れると蓋をし封印する。

 7本の芳香華を収納に入れ終わると満足気に笑う。

 

 「フィ様もフィリーン奥様も喜んでくれるかな」

 

 今回の猫まっしぐらの最大の被害者である俺は、黙ってシャーラの頭を撫でてやる。

 ちょっと強めに。

 まぁ、俺に取っての最大の収穫は天上の酒の実17個の収穫と、森の恵を吊したものがどう変化するか楽しみだ。

 

 ジグザグにエグドラに向かっている筈が、どうも木漏れ日の角度から違和感が拭えない。

 シャーラを問い詰めると、房の実が無いと半泣きである。

 房の実を求めて彷徨っていたらしい。

 

 時たま見つかるが実のつき具合が悪いか、猿に食われてボロボロの状態だ。

 どうも今年は房の実にとって裏年のようだ。

 シルバーフイッシュをたらふく食べさせ、ご機嫌を取りつつエグドラに向かわせる。

 シャーラナビが狂ったら、俺は森の迷子になるので勘弁して欲しいよ。

 

 * * * * * * * *

 

 その夜、グリンや小さきものたちの気配が消えた。

 

 朝起きるとあれ程纏わり付いていた気配が無い、グリンの気配も感じない。

 

 《グリン聞こえるかな、グリン? グリン!》

 

 「シャーラ、グリンの気配が消えた。呼び掛けても返事が無い」

 

 「私も感じません。あんなに沢山いた小さいものたちの気配もありません」

 

 キャンプハウスを拠点に周辺を回って見るが、森の中から精霊達の気配が消えている。

 グリンに幾ら呼び掛けても返事が無い。

 森で何かが起きている、でなければいきなりグリン達の気配が消える筈が無い。

 

 シャーラと話し合い、暫くこの地に留まりグリンを待つことにした。

 今この地を離れれば、再びグリンと会えるか判らない、簡単には見捨てられない。

 長い日々魔力を与え精霊から妖精に昇華したグリンは、俺達にとってそれだけ大事な存在になっていた。

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