第98話 甘かった
「ハマワール家が関わっているのか」
「ハマワール侯爵は領地に戻っていますので、子爵は使いでしょう。多分ハイヤル地方やエグドラ周辺の鑑定持ちでは、鑑定出来なかったので王都に持って来たものと思われます」
「家宝の精霊香に勝るとも劣らぬ素晴らしい香りだ。花びらに触れただけの木のピンセットでこれだ」
壺の蓋を開け、広がる香りに目を細める。
「如何いたします」
「子爵を呼び付けても何も知るまい。例え知っていても喋るとは思えん、数々の献上品の例も有るしな」
「然し、精霊香の実物が有るので信じられますが、何とも・・・若葉や花びらが有るのなら、森の奥には伝説の精霊樹が未だ存在する事になります。その精霊樹にたどり着いた者がいるとは」
「ヒャルダ・ハマワールの周辺から目を離すな、他国に知られたら一騒動では済まぬぞ。ハマワール子爵に書面を送り、鑑定を止めて誰にも見せるなと命じておけ」
「フィエーン・ハマワールは如何致しますか」
「彼女は王都から出ていないのであろう。必要は無いが、念のため接触者の確認だけはしておけ」
キューザとヘイロンが見た書物の図には説明書きがあったが、布で隠されていた。
国王と宰相の見つめる説明書には〔精霊樹の枝〕香木〔精霊樹の若葉〕〔精霊樹の花びら〕の後にエリクサーの材料と記されている。
又〔花びら〕の項目には、精霊樹の香木に劣らぬ素晴らしい香りを持ち、香りを移し易いとも記されている。
とても下級官僚や市井の鑑定使いに見せられるものではなかった。
* * * * * * * *
食料の備蓄が出来たので、約束通りヒャルと王立図書館に向かう。
「何故ヘラルス殿下まで居るのですか」
「カイトと王立図書館に行くと聞いたのでね」
「殿下って、暇なんですか?」
傍らに控える近衛騎士達の気配が変わるが、完全に無視する。
シャーラが、彼等に鋭い視線を向ける。
「シャーラ、気にしなくていいよ。切り掛かってきたら殿下も死ぬ事になるので手出しはしないよ」
「怖い事を言うね。あー君達、変な気は起こさないでね」
建物に入ると、ざわついていた館内が静かになる。
「相変わらずの様だね。暇な貴族と豪商達の馴れ合いの場、だったね」
「殿下、余計な事は言わない方が」
「賢く見えるだったよね」
2階に上がり空いた席に座る
例によって執事紛いの男が現れるが、4つ折りのナプキンが置かれない。
手に持った、12枚の金貨の置き場所が無い。
目で問い掛ける俺に、殿下から声が掛かる。
「此処の、おかしな風習を父上に尋ねてみました。そんな定めを誰が決めたとお怒りでね。調べさせたら今は亡き方々が我が身の権勢を示すためとさ、最近は常連からは徴収せず、時に現れる部外者を排除する目的のためにね」
「すると以前来た時は、殿下も部外者として排除の対象だったって事ですか」
「相変わらず辛辣だねぇ。それはもう必要無いよ」
「ふざけた話しですが、俺の様な一介の冒険者には理解出来ませんね。で、希望の本は閲覧させて貰えるのかな」
執事紛いの男に問い掛ける。
「ご希望の書物をお申し付け下されば、お持ち致します」
動物植物に関する書物を要求する。
ワゴンに載せられてきた本の中から、樹木に関するものから調べていく。
精霊樹に関する記載なし、次に薬草関連を調べるも無し。
思いついて薬師が作るポーション類の材料の項目を調べていて見つけた。
最上級ポーションの材料に精霊樹の若葉及び花びらとある。
他にはアースドラゴンの肝、スカーレットスパイダーの子供とか訳の解らん物が羅列されている。
付帯事項に、精霊樹の花びらは高貴な香りに包まれ触れるだけでその香りが長く身に付く。
精霊樹は精霊香として珍重され、銀貨1枚の重さの枝で金貨数百枚の価値とされる。
溜め息が出そうだ、絶対秘密だが俺は花びらに触れている。
本を閉じどうするか考えるが良い考えが思いつかない、諦めて野獣一覧を開く。
有りました、ウォータードラゴン! 鰐ちゃんね。
アースドラゴンの項目の絵はコモドオオトカゲだが、角と牙が有る懐かしい奴だ。
嫌って程運んで埋めたから、もう見たくもない。
ホーンライノーって牙が有るけどまんま犀やないか! 神様ふざけてやしませんか。
生息地はアースドラゴンと共に森の奥に住む・・・はぁん犀って草原が生息地じゃなかったの。
象は居ないよな、恐る恐るページをめくる事になってしまった。
ただ一つ後悔したのは、ドラゴンの肉は極めて美味なり・・・て所を読んだ時だった。
それ以上はドラゴン関係の章を読むのを止めた。
ブラックキャットやシルバーフォックスの記載を見て読む気が失せた。
どれも俺の身長よりでかい奴ばかりで、出会ったら逃げるし討伐しないのだからどうでもいいや!
まっ、コモドオオトカゲがドラゴンで、数種類のドラゴンちゃんがいるって事でOKです。
一生関わらないで生きていこうと誓った。
ヒャルに礼を言って、王立図書館を後にする。
王都での用事も済んだし帰るかと思いヒャルに告げると、私も帰ると言い出した。
図書館に行く前から冴えない表情だったので、気になり訳を聞いて驚いた。
まさか侯爵様に預けて鑑定を頼んだ物が、エグドラで鑑定出来ずに王都に持って来て鑑定しているとは思わなかった。
然も王家にばれているし、箝口令と実物を誰にも見せるなって、残りを俺の収納に仕舞っておいて良かった。
シャーラに持たせていれば、絶対にフィお姉ちゃんに渡しているところだった。
んじゃ王都から逃げ出しますかと、翌日には王都ヘリセンを後にする。
* * * * * * * *
王都を出る前から監視の目を感じていたが、今回はヒャルが対象の様だ。
ヒャルの話を聞いて確信した、花びらを誰の目にも触れさせるなとは大袈裟だと思うが、図書館で読んだ事を思えば無理もないか。
《グリン》
《遠くからこの馬車の後をついて来る奴がいるか判るかな》
《馬がついてきてるよ》
《何頭いるの》
《んーと、5匹だよ》
「ヒャル、襲われる心配いは無いんだよね」
「おいカイト、何が起きるんだ」
「一応確認、後をつけて来る奴等がいるが敵意はなさそう何だけど、王家の監視かな」
「カイト、若葉と花びらの事で何か解ったのか」
「ヒャルには迷惑かけたので話しておくけど、他言無用ね。侯爵様だけに内緒で話しておいてよ。王立図書館で調べた限りでは、若葉と花びらは精霊樹のもので、花びらの香りは精霊香に劣らぬ香りだそうだよ。問題の精霊香は銀貨1枚と同じ重さの小枝で、金貨数百枚の価値が有るとされている、て書かれていたね。これが漏れたら一騒動では済みそうも無いね」
「気楽に言っているが、大事だぞ。それなら帰って父に渡す迄カイトがこれを預かっていてくれ」
2つの容器を渡される。
またややこしい、俺が侯爵様に預けたのをヒャルから預かるって。
夕暮れ迄淡々と進み陽が落ちる前に街道からそれ、周囲から見えない場所にキャンプハウスを出す。
シャーラが厩を出して馬を収容すると、馬車をマジックポーチに仕舞いハウスの中に籠る。
覗き穴から監視していると、馬に乗った男たちが現れる。
巨大な岩に見せかけた厩とキャンプハウスが有るが馬車も人も消えている。
注意深く見れば不自然だが、陽が暮れかけていて辺りは薄暗い。
「おい本当に此処に来たのか」
「間違いない、そこの木を目印に来たのだから」
「カイト見知った顔が居るぞ。以前カイトを守るためにホテルのロビーに居た奴だ」
「あー俺も一人知っているけど邪魔だよな。誰も見ていないからって排除する訳にもいかないね」
「それは止めて貰いたいな。王家を敵に回すつもりは無いよ」
「ヒャルは優しいね。んじゃちょっと挨拶して来る」
彼等から見えない岩陰にジャンプする。
シャーラには反対側に行って貰い万一に備える。
わざと音を立てて彼等の前に出る。
「朝からついてきているが、何か用かな」
「解っているだろう」
「目障り何だよね。どの道ハイヤルのエグドラに帰るのだから先に行ってて貰えるかな」
「無理な話なのは、そちらこそ判っているだろう」
《グリン、シャーラに思いっ切り殺気を浴びせてから、気配を消してキャンプハウスにジャンプしろって伝えて》
《ん》
「仕方が無いね。風邪を引かない様に気をつけてね」
その言葉を合図に、彼等の背後から鋭い殺気が浴びせられた。
即座に反応した5人は振り向きざまに抜刀して構える。
然し人の気配が無い、静かに周囲を観察し振り向くとカイトの姿も無かった。
完全に手玉に取られていたと判ったが、彼等が何処に消えたのか解らない。
陽が暮れての行動は危険なので夜営の準備をする。
すぐ側の岩に見せ掛けたキャンプハウスの中では、3人が温かな食事を取り天上の酒を楽しんでいるとも知らずに。
* * * * * * * *
夜明けと共に、彼等はハマワール子爵達に追いつくために慌ただしく去って行った。
俺達はのんびりと起き、ゆっくりと食事を楽しみお茶を飲んでから旅立つ準備を始める。
グリンに周囲を確認してもらってから、キャンプハウスを出て馬を引き出す。
慌てて帰る必要も無いので、ヒャルの魔法の練習がてらのんびり進む。
時に街道からそれて半日ほど狩りをしたりしていたので、15日程でエグドラの街に帰り着いた。
冒険者ギルドに寄り、道中で仕留めた野獣を処分していて見知った顔を見つける。
「何時から冒険者になったんだ」
「これでもブロンズランクだぜ」
「王家は、ブロンズランクしか雇えないほど金が無いのか」
「そこはそれ、色々と事情があってだな」
「そちらの事情なんか知った事じゃない。今回はハマワール一家が目的のようだが、俺の周りをうろつくと、王家の手先でも容赦しないからな」
「判っているよ。あれ程の殺気を浴びせられては、迂闊に近づかない方が身のためだと判るよ」
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