魔力の足りない冒険者

暇野無学

第1話 授けの儀

 朝早く目が覚めた。

 隣では親父が酒臭い息を吐き鼾をかいて寝ている。

 クリーンで汚れや寝汗を落として、冷たい水で顔を洗う。

 幾ら生活魔法のクリーンで綺麗になっても、朝の目覚めに冷たい水で顔を洗う爽快感には変えられない。

 

 残り物のパンをもそもそと食べて水で流し込むと、急いで市場に向かい出店準備を手伝う。

 一軒は商品を屋台の上に綺麗に並べて、周囲の掃除をして鉄貨5枚500ダーラを貰う。

 次の手伝いは荷車での荷物運びだ。

 倉庫から出店の所迄運んできて、これも500ダーラを貰って朝の仕事は終わり。

 

 仕事の汚れをクリーンで落として、綺麗にしてから教会に向かう。

 月に一度15才になった者は教会に集まり、創造神エルマート様より魔法を授かる。

 7月産まれの俺は今月15才に成ったので、授けの儀を受けに教会に来たのだ。

 周囲は親に連れられて、着飾った同年代の少年少女が十数名不安気な顔で座っている。

 

 全ての人が魔法を授かる訳ではない。

 基本的に、生活魔法が使え無い者は魔法の能力無しと言われている。

 俺は9才の時に生活魔法が発現したのでこの場にいる。

 神父様が檀上に上がり、創造神エルマート様の像に祈りを捧げる。

 名前を呼ばれた者が、一人ずつ神父様の前でエルマート神像に祈りを捧げる。

 魔法を授かった者は、傍らの魔力測定盤に手を置き魔力を測定する。

 

 神父様から順に名を呼ばれると壇上に上がり、エルマート神像に祈りを捧げる。

 魔法を複数授かり大喜びする者もいれば、魔法無しと告げられ落胆して泣きながら家路に就く者と悲喜こもごもである。

 魔法を授かり、魔力測定で魔力100とか120と言われた者は大喜びである。

 魔力高が60や70と言われた者はがっかりしているが、それでも魔法は使えるのでさっさと帰って行く。

 カイトと俺の名を呼ばれて神父様の前に行き、エルマート神像に祈る。

 頭の中に光が溢れる感じがして、魔法を授かったのが解った。

 

 「カイト、エルマート神様の加護により土魔法,転移魔法,空間収納を授かった」

 

 周囲が騒がしくなる中、神父様に促されて魔力測定盤に手を乗せる。

 

 「・・・カイトの魔力高は40じゃな、気を落とさず励むが良い」

 

 「はい、有り難う御座います神父様」

 

 がっかりで教会を出ていこうとしたが、後ろではクスクス笑いやあからさまな侮蔑の声が聞こえてくる。

 曰く「あれ程の魔法を授かっておいて魔力高が40とは情けない、貧乏人の小僧の授かる魔法では無いぞ」

 とか「勿体ない、何で魔力40なんだ」「授かった魔法を俺に寄越せ」とか好き放題言ってくれてるよ。

 

 「おい小僧、待て!」

 

 「はい、私でしょうか」

 

 「儂は、御領主様の代理見届け人だ。お前の授かった転移魔法と空間収納だが、魔力高40でも見込が有れば御領主様が召し抱えて下さる。カイトだったな。三月後に、ハマワール子爵邸の使用人通用口迄出頭して名乗れ。解ったな」

 

 「はい、判りました」

 

 「よし、行け!」

 

 あ~あ、面倒な奴に捕まったなぁ。

 魔力高40なんて、魔法使いの名折れとか魔法使いの最底辺、役立たずって言われているのは俺でも知ってるのに。

 行かない訳にはいかないわって、駄洒落ている場合じゃないよな。

 取り合えず、帰って今後の対策を練るか。

 家に帰ると、親父が昼過ぎから酒を呑んでうたた寝をしている。

 

 「おう帰ったか。魔法は授かったか」

 

 「ああ授かったさ、だが魔力高40だとよ」

 

 「はあー40だと、役に立たねえガキだぜ。女房はさっさと死ぬし、ガキは役立たずときたか」

 

 「そりゃー親が親だからな。お袋の薬代すら呑んでしまう、父親の下に産まれた俺に何を期待したんだ」

 

 「煩せぇー!」

 

 コップが飛んできたが、無視して市場に出掛ける準備をする。

 夕方の片付けを3軒程手伝えば1,500ダーラになる。

 親に食わせて貰えないなら自分で稼いで食うしかない。

 子供の稼ぎでは薬代に迄手が回らず、二人の飯代を稼ぐのがやっとだった。

 お袋が亡くなり、親父と二人の生活は虚しいだけだ。

 

 嫌な世界に産まれたものだと溜息が出るが、まさかねぇ。

 魔法が存在する、ラノベの様な世界に産まれるとは思わなかった。

 最も死んだ事すら知らなかったし、気付けば幼児プレイの真っ最中で大股開きでした。

 羞恥心をゴリゴリに削り取られたよ。

 オムツをされて大小便垂れ流し、大股開きで「あーら沢山出たのねー綺麗にしましょうねー」なんて言われてみろ。

 首を吊ろうにもハイハイすら出来ない、男が女に勝てない訳を身を持って知ったよ。

 

 名前は遠野拓也、何時死んだか知らない。

 日本人で大きな街に住んでいた記憶が有るが、街の名前や場所が判らない。

 親兄弟は居たと思うのだが曖昧だ。

 友達や仕事の事など朧気に覚えているのだが、これも曖昧。

 車の運転の仕方とか読んだ本の内容、キャンプが好きで焚火を見ながら呑むビールは美味かった等々。

 

 明日の朝、市場の手伝いが終わった後は薬草採取に出る序でに、授かった魔法を試してみる事にする。

 9才の時に生活魔法が発現して、お袋に手ほどきを受けて生活魔法は自由に使える様になっている。

 魔法を授かった時の為に、魔力操作の練習は怠らなかった。

 ラノベの知識が以外と役に立つ事にビックリしたけれど、使えるものは何でも使わないと貧困から抜け出せない。

 この世界の人達は魔力操作を知らなかったが、魔法を使えば希に魔力の増える者がいる事は知ってた。

 

 しかし、魔力高40って何だよ! 5年半もの魔力操作の練習は何だったんだ。

 神様に文句を言いたいが、見たこともないからなぁ。

 だが居るにはいるのだろう、この世界に産まれて魔法を授かっているのだから。

 魔法を授かったので、ラノベ定番の魔力を増やすため魔力を使い切る方法を試すつもりだったが、3ヶ月はお預けだ。

 本当に魔力が増えたら、田舎貴族の飼い殺しになってしまう恐れがある。

 

 朝市の手伝いを終えると、小振りの背負子に薬草入れの袋を括り付ける。

 冒険者が立ち寄る屋台でパンに肉を挟んだものを二つ買い、薬草袋に入れて街を出る。

 今日は薬草はあまり生えないが、ゴブリンや野獣の来ない不人気な場所に向かう。

 途中で土魔法で槍の穂先を作ってみた。

 5年半に及ぶ妄想・・・イメージを駆使して、イメージに魔力を乗せるんだよな、ラノベでは。

 

 人生初の魔法で作った槍の先は、少し歪つな出来だが土魔法が使える事は確かだ。

 出来た槍の型を整えて根本を筒状にする。

 そのままではショートソードの出来損ないだが、筒に棒を差し込めば手槍になる。

 体調に変化無し、気分が高揚しているのか変にハイになっていて笑ってしまった。

 

 周囲に人影は無し、ホーンラビットやゴブリン、ウルフ等の姿も見当たらない。

 地面に手足を伸ばして横になって印しを付けると、次に両手を広げて印しを付ける。

 大き過ぎたと思い一回り小さな線を引く。

 先ずゆっくりと周囲の土を薄い板状に伸ばし上部を絞り込んで閉じると、見張り用の穴を前後左右に開けて空気穴兼用とする。

 

 体力的に疲れたな、少し休みたいと思う程度だ。

 土魔法で作ったハンマーで、壁を思いっ切り叩くと丸くハンマーの跡がついた。

 あれって思ったが、直ぐに失敗に気付いた。

 ハンマーは鉄の頭をイメージして柄もそれに耐えられる物を作った。

 ドームは蒲鉾型のテントをイメージしてそれを土で作ってしまった、強度の事が抜け落ちていた。

 出来上がっているドームに硬い鉄のイメージで魔力を流す、再びハンマーで叩くと硬質な音がしてハンマーが弾き返された。

 

 そのまま倒れて寝てしまった様で目が覚めたら真っ暗だった。

 生活魔法のライトを天井に点して、手狭な感じのドームを少し押し広げて、此処を魔法練習の第一拠点に決めた。

 毎回少しずつ魔力を流し込み、広さと強度を上げれば安全な塒が出来上がるってものだ。

 ドーム造りのための印しを付けた時に、横になる場所に枯れ草を集めて敷いておいたが、量が足りず尻が痛い。

 明日朝一番の仕事は、周囲の草を苅り取り草のベッドを作る事に決めた。

 

 やることが無いので空間収納が使えるか試す事にしたが、空間収納って何処に有るのだろう。

 考えても判らないので取り合えず魔力を循環させてみたが、何時もと変わらない。

 考えても判らないなら実際にやってみるだけだ。

 テニスボール大の玉を作り、大きな袋に放り込むイメージに乗せて玉を放す。

 何度も失敗したが腕を腰に当てて輪を作り、それが空間収納の袋の口とイメージする。

 そのイメージに魔力を流して玉を放り込んだら、あっさりと玉が消えた。

 

 思わずガッツポーズをしたが感覚を忘れないうちにと、次々と土の玉を作り腰に手を当てた輪の中に放り込んでいく。

 次は出さなきゃいけないが腕の輪に触れる様な感じで取り出す事を考えて魔力を流す。

 20数個も作っては放り込んでいたのにはビックリ、次は大きさの確認をしておく必要が在る。

 

 30cmから始めて60cm、90cm、120cm迄は問題無く納まったが150cm、140cmは無理だった。

 130cmは何とか納まり後少しだと解る、試しに30cmのボールを入れたらこれ以上は無理と解った。

 腰に当てた腕の輪のなかに、それ以上の大きな物が楽に通過して空間収納に納まるなんて、魔法って不思議。

 疲れたので少し休むことにして、横になったとたんに寝てしまっていた。

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