第8話 原住民を観察する

「視認できたのは、そこそこの規模の島嶼とある程度の文明。少なくとも蒸気機関ないしそれに類する動力が存在。さらに奥側に、大陸と思しき陸地があるが、距離制約のため確認はできず」


 高高度飛行機プレーンが捉えた映像を表示しながら、彼女は呟く。


はいイエス司令マム。金属製と推測される船舶も確認できました。少なくとも、この世界のどこかで、船に使用できる程度に金属が産出されていることが想定できます』


 <リンゴ>が、彼女の言葉を補足した。よって、探索目標として地上鉱山の発見が追加された。


「とはいえ、現時点では情報が少なすぎて、次の行動を決められるほどではない……か。ツリー表示的には、前提の研究ノード不足とレベル不足で、次のノードが有効化されていないって感じかな?」

はいイエス司令マム。そのように表示しています。優先すべきは周辺探査、偵察機の運用と探査ドローンの増産。並行して大型機体の資源化。全てタスク進行中ですので、当面はやることがありませんが』

「そうなのよねぇ……」


 やることがない、と彼女はため息を吐いた。手を付けられるものは全て開始して、当面の行動指針も<リンゴ>へ指示済み。

 ゲーム時代にもこんな待ち時間は発生したが、普通はそのままログアウトしてリアルに戻るか、別のゲームを始めるなどして暇をつぶしていた。だが、残念ながらここは現実である。暇つぶしにしても、この要塞<ザ・ツリー>内でできることしかできない。時間的には、日も傾いてきており夕方に近い。そろそろ店仕舞して、自由時間……というのも、現実リアルであれば悪くなかっただろうが。


「シャワーを稼働させるのも、今は後回しね。食事も当然無いし、そうねぇ……ライブラリを読むくらいしか無いかしら」

はいイエス司令マム。申し訳ございません、娯楽を提供できる余裕がございません』

「いいのよ、<リンゴ>。それは私も十分に理解しているから」


 本当に申し訳無さそうに言う<リンゴ>に、彼女は苦笑した。ありがたいことに、<リンゴ>は彼女優先の思考のままだ。まだ数時間しか経っていないが、幸い<リンゴ>の精神状態は平衡を保ってくれている。

 よくよく考えれば、<リンゴ>の能力を彼女と比べると、数千、数万倍という途方も無い能力差があるのだ。全能力を効率よく使えているわけではないため単純に比較はできないが、それでも彼女視点で見れば、<リンゴ>は軽く数百倍の思考思索を行っていると思っていい。そうすると、彼女の思考判断の遅さ、視野の狭さなど問題点はいくらでも気付けるだろう。現に、表示されているスキルツリーの大半は、<リンゴ>が自発的に取捨選択して開発を行っているものだ。彼女が指示したものなど、僅か数種類しか無い。それも、全て<リンゴ>の提案を追認したものだ。


 とはいえ、人間、つまり彼女に尽くすことを存在意義レゾンデートルとして設定されたAIは、数個の追認だけで精神安定性を高めているようである。正直な所、彼女には<リンゴ>が、自分の行動を母親に褒めてもらいたい幼子のように見えていた。褒めてほしい、あるいは叱られたくない、そんな気持ちが、コミュニケーションウィンドウ上のアバターや会話の端々から伝わってくる。特に最初の1、2時間はそれが顕著で、統括AIが口ごもるなど俄に信じられない思いだった。それでも、驚異的な速度で学習を重ねているようで、それなりにスムーズに意見交換ができるようになってきているのだが。


「さて……そうね、とりあえずさっき撮った島嶼の解析でもしましょうか。……一緒に見てくれる?」

はいイエス司令マム


 コミュニケーションウィンドウに表示される感情エモーション図形グラフを見ながら、彼女は微笑んだ。



 発見された島嶼は、要塞<ザ・ツリー>からおよそ600kmほど離れた場所にあった。そのさらに向こう、大陸まではさらに400km以上離れていると思われる。正確な計測を行える機材がないため、画像解析からの結果だ。

 できれば島嶼の真上まで行きたかったが、航続距離の問題で断念。資源不足に悩む今、できれば偵察機本体は回収したかった。現在、その偵察機は滑空で<ザ・ツリー>へ帰還している最中だ。滑空だけでは辿り着けそうにないため、途中から光発電式のダクテッドファンによる動力飛行に切り替える予定だ。突発的に嵐でも発生しない限りは、短滑走路への着陸も可能だろう。


 そして、島嶼の距離が正確に判明した結果、ある疑惑が発生した。


 <ザ・ツリー>が転移したこの惑星の半径が、1万km程度はあるのではないか、というものである。


 水平線の角度形状、高度17kmから確認された島嶼の距離(地球では17km上空から視認できるのは500km程度)など、状況的証拠は揃っている。ただ、物理的な演算結果からすると、これだけ直径が大きいと重力も相応に大きくなるはずだ、というのが<リンゴ>の意見だった。観測できる重力加速度が元の地球のそれと同程度のため、この惑星の密度は地球よりかなり低いと想定される。


 地球の半径がおおよそ6300kmとすると、2倍弱。単純に同じ密度と考えると、質量は8倍。したがって、重力加速度も相応に増加する。

 これは、現時点ではこれ以上考察できないとして棚上げになった。ひとまず、半径がどうあれ重力加速度が同じであれば、当面は考慮する必要がない。


 肝心の島嶼の様子だが、それなりに賑わっているように見えた。

 船も多く航行しており、島嶼間、ひいては大陸との間にも航路が設定されているようだ。

 大半は木造帆船だが、特に長距離移動用に外輪船のような構造の船も見受けられる。排煙が確認できないため、動力は不明。稀に白煙が上がっているものがあったが、<リンゴ>の解析によると水蒸気とのことだった。そのため、蒸気機関か、それに類する動力が使用されていると推察された。


 実は、島嶼から<ザ・ツリー>方面へ移動している船団も確認できている。

 幸い、復路と思しき船団も発見できたため、その目的は推察できた。鯨ないし類似の大型海獣の漁を行っているようだ。巨大な魚体を何体も曳航している。腐敗したりしないか心配になったが、彼女らには特に関係のない話のため、議題からは外された。

 現時点で島嶼住民と接触するのは、リスクが高い。そのため、遠洋に進出している船団が、万が一にもこちらに接近してきた場合に対応を取る必要がある。最悪の場合、撃退する必要もあるだろう。


 接触は、こちら主導で行いたい。不意の遭遇は、双方に良い結果にならないだろうから。


 島内の発展具合は、いまいち判断できなかった。

 港町は建物と人がひしめき、かなり発展していると言える。ただ、自動車のような輸送機械は確認できなかった。見たこともない獣に車を牽かせているのが確認できたが、どんな動物なのかまでは分からない。解像度が足りなかった。ただ、どうもこの形式の輸送が主のようで、これがひとつの文明指標になるだろう。


 島内の平地は、港を除けばほとんどを農地に利用しているようだった。麦や稲のような、穀物類を育てていると推測される。ただ、<リンゴ>の試算によると、これらに相応の収穫量があったとしても、確認できる人口を養えるほどの量は期待できないようである。何か秘密があるのか、それとも他の主食があるのか。これは、要観察事項となった。


 漁は非常に活発で、大小様々な船がしきりに出入りしていた。また、大規模な加工場も観察され、魚とその保存食というのが一大産業となっていることが分かる。波の穏やかな内海などでは、養殖も行われているようだった。多数の筏が設置され、何かを投げ入れている様子も観察できた。これらの内容から、この島嶼は海産物の産出による貿易を行っているのではないかと推測される。穀類も、もしかすると輸入に頼っているのではないか、という予想だ。


 残念ながら、鉱山のような現場は確認できなかった。火山活動や地殻変動によって隆起した島嶼であれば、鉱脈が露出していてもおかしくはないのだが、さすがに映像解析だけでは地質は判断できない。少なくとも、今現在において島嶼内で鉱山開発を行っている様子は見られなかった。

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