第132話 命拾いからの即退場

 つまり、どういうことかと言うと。


 ガチラド・グランド男爵は、他国の王族、しかも正式に公爵の地位を持つ女性を、小娘と侮辱したということである。


 国交を結んだわけではないため、何か条約や法律に引っ掛かる訳ではない。

 しかし当然、もし他国が同じ台詞を、レプイタリ王国の外交団に向けて放言したとしたら、国際問題では済まないだろう。

 不敬罪で、その場で殺されても文句は言えない。

 いや、文句は言えるのだろうが、その後は宣戦布告と見做され開戦待ったなしである。


 そして実際に、これまでの外交の中でそういった開戦理由も多々存在しており、レプイタリ王国の高官であれば皆が知る事であった。


 その場に、沈黙が落ちる。


「あなた方の法律に照らせば、外交官の乗る船上、および軍艦内はその船が所属する国家の法が適用されるということで、よろしいか?」


「それはッ…!」


「その認識で間違いない、ドライ殿」


 焦る陸軍大佐、ガチラド・グランドに、強張った表情の海軍中佐、デック・エスタインカ。


 相手が弱小国家であれば、外交問題と脅して有耶無耶にもできただろうが。

 その脅迫は、背後の力関係が及ばない相手には、言い訳が通じない。


「先程も言った通り、この場は非公式な会談の場であり、我々も無闇に事を荒立てる必要性は感じない。公の場で弁えていただければ、特に問題はない。

 …とはいえ、あなた方海軍の規則に照らし合わせても、大型艦の艦長は大佐級、艦隊長は少将以上と定められている筈である。大佐殿は陸軍ゆえ、ご存じないかも知れないが」


 強烈な皮肉であった。

 言外に、そもそも爵位など出さずとも、ドライの方が地位が高いと言っているのだ。


 当然、ガチラド・グランド大佐がその事を知らない筈が無い。相手の地位によってしっかりと態度を変える、典型的な小物なのだ。

 海軍への敵愾心と、無駄に高いプライドと、そして相手の幼気な少女という見た目に、その認識がおかしくなっていただけで。


 そして、それを指摘され、ガチラド・グランド大佐は顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。

 一応、ここで謝ることができていれば、この後の展開も変わったのだろうが。


「…さて。海軍のお三方には申し訳ないことをした。我が国では、地位をひけらかすのは恥ずべき事とされている。そのため、我が艦隊としての地位しか伝えていなかった。

 故に、今後もこれまでの態度を変える必要はない。さあ、今日の話し合いを始めよう」


 侮辱された本人にそう言われ、レプイタリ王国側としては頷くしか無かった。

 この場で最も地位が高いのは、大佐であるガチラド・グランドだ。彼が謝らないのに中佐や少佐が謝るわけにもいかず、そして会議を始めようと要請されれば、この場の話は終わらせざるを得ない。


「さて、問題となっているのは関税だな。結局、あなた方内部の結論は出たか?」


「…ひとまず、回答させていただく。現時点では、関税の撤廃についての議論は平行線だ。そちらの設けるその他の条件については伝えており、関税の引き下げについてはある程度の納得は得られているが。完全撤廃となると、根強い抵抗勢力が多く…」


「…ま、待て、待て! 関税撤廃だと! どういうつもりだ!」


 早速、とばかりに最も大きな議題となる関税について話し始めた所で、ガチラド・グランド大佐が割り込んできた。


「さて。これまでの会議の内容は聞かれていないのか。我々との交易において、関税は認められないと、毎回要請しているはずだが」


「か、関税が認められないなど、そのような事を話し合っているということかね! エスタインカ中佐、これは国賊行為だぞ!」


「…大佐、この件は、<パライゾ>側との最大の争点であり、妥協点を探る必要があると報告書に記載済みですが」

「知らん!聞いておらん! そのような議論が通る筈がないだろう! こむ…ッ、ど、ドライ殿も、そんな無理難題が通るとでも思っておいでか! 関税撤廃など、わ、我が国に対する明確な内政干渉に当たるぞ!」


 それは、確かに。

 通常の国家間貿易において、関税ゼロなど有り得ない。相当に自国産業に自信がある場合を除き、国内産業保護のため関税を設けるというのが常識だ。


 とはいえ、そんなことは百も承知である。

 そのうえで、暴力を背景に、<パライゾ>はそれを要求しているのだ。

 当然、レプイタリ王国も、弱小国家相手に散々行ってきた不平等条約の押しつけである。


「無条件で関税撤廃を要請しているわけではない。あなた方に大きな影響が無いよう、年間の取引量に制限を加えるとも言っている。当然、取引量は毎年見直していただくが。産業保護という観点では、特に問題はないだろう」


「さ、産業保護だと! わ、我が国の産業が、貴様らに劣っていると、そう言うのか!」


 椅子を倒して立ち上がり、テーブルに拳を叩きつけ、ガチラド・グランド大佐は叫んだ。


「ふ、ふざけるなッ! それは我が国に対する侮辱か! こ、こんな小娘の戯言を、海軍は真剣に検討しているとでもッ…!」


 それはあまりにも、失礼な態度だった。

 あるいは、直属の部下であれば、上官を引き倒してでもその場を収めようとしたのかもしれない。

 だが、ガチラド・グランド大佐は陸軍であり、デック・エスタインカ中佐は海軍所属だった。


 王室ロイヤルファミリーに対する侮辱、公爵デュークへの暴言、そしてどちらも他国の外交団に対するものである。

 国内法においてもアウト、外交問題と考えてもアウト、<パライゾ>国法(<リンゴ>がでっち上げた)においてもアウトであった。


 海軍の3名は、見限っていた。

 海軍としては、この大佐がどうなっても、一切の庇い立てはしないつもりだった。


 そして、その様子を観察していた現地戦略AIも、判断を下す。


「あまり舐めるな、グランド大佐」


 ドライが右手を上げ、パチリ、と指を鳴らした。



 ドライの合図と同時、船首側の垂直エレベーター上部甲板が跳ね上がり、その内部から多脚戦車MLT-E-04が姿を表す。


 その巨体に見合わない俊敏な動作で即座に会場に走り寄ると、多脚戦車はガチラド・グランド大佐をマニピュレーターで掴み上げた。


「うぎあッ…!」


 ガチラド・グランド大佐の目の前には、多脚戦車の上部砲塔砲口が、突き付けられている。

 レールガンであるため、それは見慣れた砲口ではないだろう。


 だが、凶悪な兵器には変わりない。


 曲がりなりにも、陸軍所属の将校である。

 大砲の威力というのは、嫌というほど理解している筈だった。


「……!」


 海軍の3名は、椅子から転がり落ちていた。物理的な衝撃があったわけではないが、巨体が自分たち目掛けて走り寄る光景に、度肝を抜かれたのだ。


 そして対照的に、微動だにしていない<パライゾ>所属の少女達。

 後ろに控える護衛兵も含め、全く表情を変えず、その場から動いていなかった。


「非常に残念だが、力を見せざるを得ない」


 ドライが、宣告する。


「我が艦隊には、陸上戦力も存在する。お望みとあれば、この力を見せるのも吝かではないが」


 全長6m、歩行最高時速65km、ホイール走行最高時速110km。

 上部回転砲塔、レールガン1基、同軸ガトリングガン1門、グレネードランチャー1門。

 下部回転砲塔、ガトリングガン1門。

 ミサイルランチャー2門、対空レーザーガン1門。


 ヘッジホッグ級駆逐艦、およびパナス級巡洋艦に搭載するため、新規開発された多脚戦車だ。

 全長を短くして軽量化を図り、船舶への搭載を可能にしたモデルである。

 フロートも内蔵し、海上運動性能が高いのも特徴だ。浮力調整による潜水も可能で、以前のモデルよりも水中適応性が高い。


 愛称はホッパー。


 その名の通り、跳躍性能が非常に高い。


「グランド大佐にはご退場願おう。我が王室に対する侮辱は、<パライゾ>に対する侮辱と同義である。残念ながら、本日の会話は記録せざるを得ない。

 一度目は許したが、二度目は無い。

 肝に銘じていただこう」


「ぐ、あああッ! な、何をッ…!」


 多脚戦車ホッパーはグランド大佐を掴んだまま、生物的な滑らかな動きで甲板を歩き、舷側に近付いた。


「ま、まさか、おい、やめ、やめぁああああああーッ!」


 そのままマニピュレーターを突き出し、グランド大佐を解放。


 陸軍大佐は重力に捕まり、手足をばたつかせながら海面に落ちていった。


 悲鳴。

 水没音。


「本日は、さすがに会議ができるような状況ではないな。明日はいつも通りでお願いしよう。

 不幸な接触ではあったが、本人は相応の罰を受けた。

 今日の出来事が今後の交渉に影響することはないが、2度目は無い」


「そ、それは…その、通りで。寛大な対応を、感謝する…!」


「人員を増やすのは構わないが、人選には気を使っていただきたいものだ」


 そうしてその日は、あんまりな出来事に肩を落とし、3名の海軍将校は帰途に就いたのだった。

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