第131話 男爵登場

「後は、こちらが欲する資源をどう引き出すか、をやり合っています。そもそも、支払いとしてレプイタリ王国の貨幣を提示されても困りますので、基本は物々交換です」


「お金はダメなの?」


はいイエス司令マム。単純に嵩張りますし、経済的にも良くありません」

「ああ。邪魔ってことね」


 保管場所にも困るし、今後考えられる取引も、1回あたり金貨数十万枚などの規模である。<パライゾ>からすれば、重いし場所も取るし、数えるのも大変だ。

 そもそも、金貨など<パライゾ>であればいくらでも偽造、嵩増し可能である。


 想定する貿易規模を考えると、現在レプイタリ王国で使用されている貨幣、紙幣では単純に枚数が足りなくなる。

 これにより、金の価値の高止まり、即ちデフレーションが加速する可能性がある。

 というか、経済規模に対する金の備蓄量が不足しており、既にその気配が感じられるのだ。


「これを機に、信用経済へシフトできるとベストですが、周辺国家が全く当てにならないので難しいですね」


 信用経済によって発行される紙幣であれば、発行枚数に上限はない。経済規模に見合った紙幣を供給するという前提であれば、金不足による発行枚数上限も発生しない。

 とはいえ、信用経済はその語の通り、信用を基盤にする。

 周辺情勢も含め、その国家が安定状態でないと意味を成さないのだ。


「少なくとも、<パライゾ>とレプイタリ王国との間の取引は、手形という形で間に貨幣・紙幣を挟まず行うべきです。手形の有効期限の前に双方の取引が完了すれば、実際の支払いは発生しません」


「…分からん」


 残念ながら、司令官イブは貨幣、紙幣の概念をあまり理解できなかった。

 元の世界では電子取引が主たるやりとりであったし、そもそも家計を管理していたわけでもないのだ。

 あるいは、VRMMOなどでファンタジー作品に触れていれば、貨幣でのやりとりというのも実感が持てたかも知れないが。


「物々交換と思っていただければ、問題ありません。相手方の支払い能力を調査後に取引を行いますので、<パライゾ>としては特に気にすべきこともありません」


 そうとは悟られないように、レプイタリ王国にとって有利な条件を結び、経済活性を促すのだ。後は、うまく操って大量の資源を輸入できるようにすればよい。


「んー、国の舵取りは私には無理ねぇ…。お任せするわ。こういうの、アカネは好きなんじゃないの?」

はいイエス司令マム。興味を持っているようですので、政治経済の学習教材にちょうどいいのではないかと、担当させています」


「教材扱い…」


 まあ、技術格差的にもそうならざるを得ないだろう。

 レプイタリ王国国内は何やら混沌とし始めているが、彼女イブは、ゆっくりやってもらおう、と思ったのだった。


◇◇◇◇


「不躾で大変申し訳無いのだが、会合への参加者に1名、人員を追加してもよいだろうか?」


「あなた方が必要と考えているのであれば、構わない。今後も、事前に通達してもらえれば、必要な人員を追加することは問題ない。増えすぎないようにしてもらえれば、だが」


 提案された人員追加の打診に、人形機械ドライは即座に頷いた。

 渉外部中佐全権大使、デック・エスタインカは、その返答に、残念そうに了解を返した。

 恐らく、<パライゾ>に断られればいいと考えていたのだろう。


「実は、既に連絡船にその人員が乗っているのだが。本日より、参加させても問題はないだろうか?」

「ふむ…」


 ドライは、すぐに現地戦略AIに問い合わせを実行する。現地戦略AIは、誰が来ても特に問題ない、と判断した。

 これは、既に会談の最終合意内容を戦略AIが決定しており、言葉巧みにそこへ着地させるだけであるためだ。誰が来ようと、何が起ころうと、基本的には全てが障害物で、回避ないし破壊するだけである。


「問題ない。乗船を許可しよう。自己紹介などは会場で聞くことにする」


 ドライは頷き、踵を返した。<パライゾ>の護衛兵が一礼し、タラップを開放する。


「大佐、<パライゾ>から乗船許可が出ました。先導いたします、どうぞこちらへ」

「うむ。当然だ」


 そして、偉そうな中年男性が、連絡船からタラップへ移動する。足元が危ういのは、その体型と運動不足の為せる結果か。

 後ろに控えるレビデル・クリンキーカ少佐は、あからさまに顔を顰めていた。


「なんとも、頼りない階段だな」


 金属製のタラップを登りつつ、陸軍大佐はそうこぼした。


 旗艦パナスの舷側に登るためのタラップは総金属製であり、軽量化のため非常に薄く、かつ肉抜きされた構造となっている。

 見るものが見れば、非常に優れた冶金技術と構造設計に裏打ちされた、オーパーツと言っても過言ではないほどの一品。

 しかし、何も知らない者にとっては、スカスカで頼りない、危なげな階段だろう。


 というか。


 たとえそう思ったとして、普通はそんなことを、どこに相手の耳があるかも分からない場所でわざわざ口に出さないだろう。


 しかし、所属組織が違うとはいえ、曲がりなりにも相手は大佐だ。中佐以下の階級しか居ないこのメンバーでは、苦言を呈するということも難しかった。


 その後もこの大佐の愚痴は止まらなかった。


 総金属製の甲板に勿体ないとか重すぎて運動性能に不安があるなどと口走り、海軍側3名に冷たい目で見られたり(大佐は先頭を歩いていたため気付かなかった)。


 会談場所が甲板と分かり、用意がなってない、歓迎する気がない、気が散って話し合いができない、潮風がきつい、机が安普請、などと文句を零していた。


「すごいわね。語録が作れそう」


 司令官イブが思わずそう呟くほど、語彙豊富な文句の付け方である。

 とはいえ、基本的に全て的外れであり、海軍側にも説明済みの内容がほとんどであった。逆に言うと、この陸軍大佐は、海軍から提供された情報に全く目を通していないということだ。

 語録は早速作成し、その解釈と反論まで丁寧に付け、帰り際に印刷物として渡すことになった。


 それはさておき。


「……」

「……」


 全員が席に付き、まずは自己紹介、という段になり、<パライゾ>側もレプイタリ王国側も、沈黙してしまった。


 <パライゾ>側としては、自己紹介自体は既に済ませており、こちらから要請したのでもない出席者に対してわざわざ話し掛けることはしない。

 レプイタリ王国側も、無理に参加してきたこの大佐が口火を切るのを待っていた。


 国際儀礼も特に定まったものはなく、そもそもが実務者会談というような扱いなのだ。

 公式行事であれば、ある程度段取りも決めるのだが。

 デック・エスタインカ中佐が、小さくため息を吐いてから、口を開いた。


「あー…。失礼。それでは、紹介させていただく。こちらの方が、本日より会談に参加させていただく。大佐、お願いします」


「うむ」


 大佐は偉そうに頷くと、ふんぞり返る。


「私が、栄えあるレプイタリ王国陸軍王都防衛局大佐、ガチラド・グランドである!」


 かなり大きな声で、そう言った。


「王国貴族位も賜っておる! 爵位は男爵、正当な後継者だ! 私は海軍の小僧共とは違うぞ、相手が小娘であろうと容赦はせんからなぁ!」


 いきなりの小娘呼ばわりに、海軍側3人が盛大に顔をひきつらせた。

 とはいえ、相手は人形機械コミュニケーターだ。そんな適当な罵りに反応することもない。


「ご丁寧な紹介、痛み入る。私が、本艦隊の艦隊長、ドライ=リンゴである」

「艦隊参謀、フィーア=リンゴである」


 その返答に、ガチラド・グランド男爵はふん、と鼻で笑う仕草を見せ。


「本国での爵位は、艦隊行動中は艦隊内役職が優先されるため公言はしていなかったが、一応知らせておこう。

 本艦隊は女王直轄部隊であり、最高司令官はただ一人。

 女王その人である。

 そして、我が艦隊はそのうちの第一位プライマリであり、艦隊長は公爵ヘルツォークと同等の権威があると定められている。

 また、伝統的に艦隊首脳部は王族が担うことになっている」


 すらすらと解説されたその言葉に、レプイタリ王国側の出席者は息を呑む。


「あなた方の言葉で言い換えれば、我々リンゴ姓は王室ロイヤルファミリーの証であり、艦隊長は公爵デュークの地位と同等である。尤も、この訪問ではその地位を殊更に強調するつもりはないが」


 今後の公式の場では、わきまえていただこう。


 ドライ=リンゴは、そう締め括った。

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