第118話 クッキーを食べる
「あなた方にとって、我々は未知の勢力だろう。まずは、簡単に自己紹介させていただく」
「…ああ、よろしくお願いする」
口火を切ったのは、
「我々は、我々を<パライゾ>と認識している。本拠地は、こちらより遥か南、とだけ伝えておく」
まずその言葉に、外交官3名の表情が僅かに固まった。
パナス搭載の戦略AIは、これをつい先日報告のあった南方大陸と勘違いしたため、と分析する。
「安心していただきたい」
故に、切り込んだ。
「あなた方の関心が向かっている、南方大陸ではない。別の場所である」
呼吸、脈拍、僅かな筋肉の動き。全てを把握している戦略AIは、彼らの感情を正確に推定する。
「…何のことか、分からないが」
しかし当然、レプイタリ王国として、この極秘情報を安々と明け渡すつもりもないだろう。肯定を返すような返答はしてこない。
「承知した。あなた方の国は、我々のこの大陸より南方の地にあるということか」
「肯定する。この船団は、我々の本拠地より直接派遣されている。急な入港になってしまって申し訳ないが、何分、連絡手段があるわけでもない。許されよ」
ドライは、いけしゃあしゃあとそう言った。いきなり首都の港に侵入してきてどの口が、である。単に交流したいだけであれば、外海に面する港などいくつもあるのだ。それらを無視し、わざわざ内海にある首都港に突入したのだ。示威目的以外、有り得ないだろう。
「…そうであったか。…まあ、その辺りは、我々も問い詰めるつもりはない。こうやって会談の場を設けていただいたのだ、敵対の意志はないものと判断している」
「無論、敵対するつもりはない。平和が一番だ。戦うにしても、机上で充分である。血を流す必要はない」
ともすれば、宣戦布告ともとれる内容だった。
しかし、レプイタリ王国側は彼我の戦力差をある程度認識しているようだ。僅かに表情が引き攣るものの、それに言及するような愚は犯さない。
<リンゴ>であればこう言っただろう。
理性的な人間であるほど、言動を予想しやすい、と。
「さて。私ばかり話すのも、つまらないだろう。何か聞きたいことがあれば、可能な限り答えよう。いかがか」
ドライの言葉に、デック・エスタインカ中佐が頷いた。
「まず、改めて確認させていただきたい。貴官らがここ、モーアへ来港したのは、いかなる理由か」
「ふむ」
「実務は主に私、フィーアが対応する予定だ。そして、我々の最終的な目的は、貴国、レプイタリ王国との交易協定を結ぶことだ。それを実現するには、様々な物事を決める必要があるが」
「なるほど。我々も、新たな交易国が増えることは歓迎する。それに関しては、前向きに検討したい」
このやりとりで、レプイタリ王国側は多少、肩の力が抜けたようだ。
圧倒的な武力を持って、王宮の目の前に現れた艦隊。その力に物を言わせ、高圧的態度で一方的な宣告を行ってくるという事態も予想されていた。なぜなら、これまでレプイタリ王国が他国に対してそうしてきたからだ。
しかし、<パライゾ>は、少なくとも表面上は、冷静に、理性的に振る舞っており、交渉を行う準備もあると宣言した。これが、かなりの安心材料となったのだ。
「他には? さすがに軍機に触れることは答えられないが、我々の中で一般的な事実であれば、簡単に答えるかも知れないぞ?」
ドライがややおどけた仕草でそう促すと、デック・エスタインカ中佐は苦笑した。
「それでは、失礼して。…我々も噂話として聞いたことがあるだけだが、獣人という種族で間違いないのかね。大変申し訳無いが、貴官らのような容姿をした種族を、我々の勢力範囲内では見たことがないのだ」
「確かに。我々はあなた方の言葉で言う獣人、という種族の1つであると答えよう。我々も、来歴などはさすがに把握していないが、我々の国では皆がこのような容姿だ。ただ、近年まで、我々と異なる容姿の種族が居ることも認識していなかったのだが」
「なるほど。それと、ずっと気になっていたのだが。貴官らは女性のようだが、男性はこの艦隊には乗船しているのかね? いや、もし失礼に当たる問いであれば、答えていただかなくて結構だが…」
「ああ。問題ない。我が艦隊に所属する船員は、全員が女性だ。艦内に男女が同乗するのは、あまりよろしくないからな。あとは、多少軍機に触れるが、我々にとって男女の性差は特に問題にならない、とだけ回答しよう」
<リンゴ>の情報戦略により、戦略AIはレプイタリ王国にとって混乱の元となる情報を流していく。究極的には、男だろうと女だろうとどうでもいい話ではあるのだが、疑問の残る情報を流すことで相手を混乱させるのだ。また、単にレプイタリ王国内の男尊女卑の風潮を逆手に取り、無意識に<パライゾ>を侮らせるという効果も狙っている。
「それは…非常に、珍しい組織ですな…」
コメントに困ったのだろう。デック・エスタインカ中佐も困惑した表情でそう返す。
「それと。役職は基本、我々リンゴ一族が担っている。本艦隊でも、艦長は全てリンゴ姓だ。いずれ紹介することになるだろうから、先に伝えておく」
「承知した。すると、お二人がよく似ているのは…」
「同じ一族である。他の者も同様である」
このあたりは、一々驚かれるのが面倒なため、早めに公開しておくという情報だ。色々な街で、散々言われてきたことである。
この後、容姿を褒められたり、護衛がゴーグルとマスクを付けている理由を聞かれたり(特殊な機能を持った道具とだけ回答)、船のあれこれについて聞かれたり、本国の位置についてそれとなく探られたりしたが、戦略AIはうまくその辺りを躱して会話を続けた。
「交易品というほど仕入れているわけではないが」
ドライにそう言わせながら、出したのは
「これは…」
「知っているかどうかは分からないが、レブレスタから取り寄せた一品だ。何でも、彼の国でしか生産できないとか。この場でしか出せない量だ、是非召し上がっていただきたい」
お茶は半発酵、いわゆる烏龍茶といった分類のものである。そして、それに合わせるクッキーのような菓子。何かの木の実が練り込まれているのか、独特な風味がするものだ。このあたりがうまく再現できない、と試作品をいくつか食べさせられたのが
まあそれはさておき、外交官たちの反応は苦々しいものだった。一瞬だったため、普通は分からないレベルだろうが。
恐らく、既にレブレスタと交易が出来ているという事実が良くなかったのだろう。
何せ、レブレスタとレプイタリ王国の間には、アフラーシア連合王国、テレク港街が存在するのだ。
「…確かに、レブレスタのものだな。我々でも、滅多にお目に掛かれない代物だ」
「ありがたくいただきます」
「ドライ殿は、レブレスタへ?」
「いや。私は担当ではない。別の商隊が仕入れていると聞いている。これは本国から持ってきたものだ」
「ほう…。気にはなっていたが、こちらの艦隊の保存技術は非常に優れているようですな」
「それは、肯定する。これは今後の交易にも影響する内容であるから、開示するが。我々の商船は、大型の冷蔵庫を有している。様々なことに役立てられるだろう」
「冷蔵庫…? とは…?」
「また機会があれば実際にお見せしよう。まあ、こういった食品などを長期間保存できる設備だ」
戦略AIは、情報を小出しにしつつ会談を続けるのだった。
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