第156話 ワイバーン・ブレス

「ワイバーン頭部に高エネルギー反応」


 恐らく、ワイバーンにも余裕があったわけではない。

 咄嗟に、自身の持つ長射程かつ高威力の攻撃手段を使用したと思われる。


 ワイバーンの口腔から迸った閃光は、観測上の速度は光速の97%、誤差は±2%。

 タイタンの下方、僅か15mほどの空間を、その閃光は貫いた。


「何らかの放射現象を確認。

 タイタン、腹面に高熱による損傷が発生。一部のセンサー、兵装が使用不能です」


 直撃は免れた。

 しかし、輻射熱と思われる現象により、タイタンにダメージが発生する。


『お姉さま、恐らく亜光速まで加速された荷電粒子、ないし類似の何かによる砲撃です! つまり、竜の吐息ドラゴンブレスです! すごい、思ってたよりずっとすごい!」


「荷電粒子ぃ!?」


 アサヒの報告に、お姉さまイブは叫んだ。叫んでばかりだ。


 とはいえ、これは仕方ない。

 荷電粒子砲はロマンだ、そう言って憚らない彼女ではあるが、地上での実用化は断念した経緯がある。

 大気分子との衝突による急激な減速、地上で大電力を用意する難しさ。

 何より、同じコストを掛けて多段電磁投射砲コイルキャノンかレールガンでも量産したほうが、よっぽど実用的で、威力も高く、必要電力も少なく済むのだ。


「そもそも、射程が10km以上ってことよね……? しかも、直撃なしでダメージって……」


はいイエス司令マム。亜光速まで加速可能な物質と想定すると、荷電粒子と考えられます。ただし、相手はドラゴンです。理不尽ファンタジーの住人ですので、安易に我々の常識を当てはめるのは危険でしょう」


 なまじ、大気圏内での荷電粒子砲の設計などやっていたせいで、それが実用化された際の理不尽ファンタジーさについては、十分に理解できたのだ。

 超えなければならないハードルが多く、そのハードルを超えるためのコストは重く、だったら既存兵器で十分、という結論。


「現地戦略AIが、戦闘機動を開始しました。30秒以内にレールガンの有効射程に入ります。

 徹甲弾による飽和攻撃が選択されました。

 護衛戦闘機群、攻撃態勢。ミサイルによる着弾時間偏差攻撃が選択されました」


「いける?」


はいイエス司令マム。計算上は、防御膜を飽和させることが可能です。

 ただし、衝撃の加速度変換が予測できないため、現時点では不明。

 現地戦略AIも不確定要素イエローと判定」


 体長は、<レイン・クロイン>よりも大きく、その体型から体重についても相当であると予想される。

 あの体内から発見された"魔石"が、この魔法現象の源と仮定すると、魔石の大きさは魔法の強度に直結していると考えられる。


 そして、その他の魔物の調査から、体重と魔石の大きさはある程度比例する。

 アサヒは血流量に依存していそう、などと分析中ではあるが、サンプルが少ないため、どちらにせよ仮説の段階だ。


 とはいえ、傾向としてそうと仮定すると、ワイバーンの魔石は<レイン・クロイン>よりも大きく、故に防御膜の性能も上と想定される。


「やってみるしか無い訳ね」


はいイエス司令マム。有効と判定されれば、退避中のギガンティアからの支援攻撃も可能です。30分後には、フラタラ都市郊外拠点より発進させた戦闘機群も合流します。

 物理攻撃による防御膜の飽和が可能な以上、現在の我々であれば、十分に勝機はあります」


 <リンゴ>は、そう断言した。

 実際、タイタン級が抱える砲弾在庫だけでも、相当量だ。発射可能なミサイル数も。

 また、地上に展開した多脚戦車の砲撃も、高度10km程度であれば十分射程圏内である。


 一方的に打ち負かされるような展開にはならない――と信じたい。


「タイタン、オケアノスが旋回降下を開始しました」


 ワイバーンとの高度差は1,000mを切っているが、降下により位置エネルギーを速度に変換しつつ、より砲台の多い背面をワイバーンに向けるため進路を変更したのだ。


「あのブレス……でいいかしらね。ブレスは、連射できないのね」

はいイエス司令マム。そのようです。次に撃たれそうであれば、戦闘機による体当たりもオプションにありましたが」


 飛行を続けるワイバーンの後ろには、戦闘機がピッタリとくっついている。もしブレスが撃たれる前兆を捉えれば、体当りしてでも射線を逸らすつもりだったということだ。


 幸い、連射仕様ではなかったらしい。


 ワイバーンも、後ろに続く戦闘機には気付いているようだが、鬱陶しそうに体を揺らす程度で何もしてこない。

 脅威を感じていないのだろう。


「タイタン、オケアノスが攻撃を開始しました」


 タイタン級にハリネズミの如く設置された砲台が、一斉に砲弾を射出した。

 背面武装は、多段電磁投射砲コイルカノン2門、短砲身・多砲身レールガン12門、メーザー砲1門、レーザー砲4門が設置されている。


 多砲身レールガンはその名の通り、8門のレールガンを束ねた砲台である。短砲身のため最大初速度は3,000m/s程度に抑えられるが、それでも8本の砲身から絶え間なく砲弾を打ち出すことが可能だ。


 砲弾が、若干の時間差を付け、ワイバーンに殺到する。

 彼我の距離は、およそ5km。

 砲弾は、2秒未満で着弾する。


 ワイバーンが、身を捩る。


 まず、最初の砲弾は半分が避けられた。

 やはり、レーダーに類するものを持っているのだろう。あるいは単に眼が良いだけかもしれないが。

 そして、半分が着弾したところで、防御膜が光の波紋を広げる。


 間を置かずに次々と殺到する砲弾だが、それらはワイバーンの異様な加速により、大半が避けられた。


 各砲塔を制御する戦術AIは、その機動情報を元に、照準を修正する。


 ワイバーンの加速度は不規則に変動し、砲撃も当たったり当たらなかったりを繰り返した。


「やはり、防御膜で着弾の衝撃を加速度に変換しているようです。予測を超える加速度が発揮されれば、砲弾を避けることができますが、それが切れるとまた着弾します。

 ですが、着弾すれば加速度を得ることができるようです」


「うげ、めんどくさ……」


 加速度の方向も、かなりバラバラのようだ。単に進行方向、という訳でもない。

 そのため、現地戦略AIも解析を続けているものの、いまいち予測しきれないようだ。


「後方からミサイル攻撃を行うようです。後方からの追撃であれば、多少進路が変わっても補正できますので」


 ワイバーンは、タイタンを目指して旋回中だ。タイタン、オケアノスは別々の進路でワイバーンに背面を向けるよう飛行中である。


 旋回半径は2kmから3km。

 どちらも高度はほぼ同じで、若干の上昇軌道。


 ドッグファイトをするつもりはないが、図らずも、傍から見るとドッグファイトの様相である。どちらも、その全長、全幅ともにあまりにも巨大ではあるが。


「タイタン、オケアノスがミサイルを発射」


 背面に20門、腹面に4門ほど設けられた垂直発射装置から、次々とミサイルが射出されている。2隻合わせて48発のミサイルが解き放たれ、ロケットモーターで加速しつつそれぞれが合流していく。


 ワイバーンもそれに気付いたようだが、しかし、砲撃が収まった訳でもない。気を逸らせば、それだけ回避がおざなりになる。


 そして、その後ろから対空ミサイルが殺到した。


 上下左右からほぼ同時に8発のミサイルが突入。その終末速度はマッハ5を超える。炸薬による衝撃もだが、その速度からくる破壊力は馬鹿にできない。

 本来、大型目標に対しては遅延信管が使用されるが、今回は期待できないため全て接触信管の設定である。近接信管は威力が分散してしまうため、採用されなかった。


 爆発。


 僅かに着弾タイミングをずらしながら、48発のミサイルが連続直撃した。


『――ギュアァッ!!』


 そんな音声が、周辺空域に響き渡った。

 ワイバーンの、悲鳴だろう。


 絶え間ない砲撃と、ミサイルの直撃。それにより、防御膜の効果が遂に失われたようだ。

 空中に、キラキラと輝く何かが舞い散った。


 ワイバーンの、鱗である。


「ダメージを確認。攻撃を続行します」


 だが。

 それはあまりにも間が悪かった、としか言いようがない。


 タイタンが、垂直発射装置からミサイルを発射する。


 その瞬間、ワイバーンの口腔に、光が走った。


 至近距離だ。瞬時に照準を終えた対空レールガンが、全力で砲弾をばら撒く。

 タイタンに向けて放出されたブレス。そしてその頭部に、対空砲弾が炸裂する。

 復活した防御膜が、その着弾衝撃を加速度に変換。


 ワイバーンは、体勢を崩しつつその閃光でタイタンを薙ぎ払った。


 亜光速に加速された空気プラズマが、丁度射出された直後のミサイルに降り掛かる。

 その脆弱な外装を貫通した粒子は、内部を瞬時に加熱させた。


 外部から高温に炙られた炸薬と燃料が、爆発する。

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