第155話 交戦開始

 積極的に近付いてくる、または好戦的な魔物と出会ったときの対応は、司令官イブと<リンゴ>の間で話し合って決めている。


 とりあえず、ぶん殴って様子を見る。


 これが、<ザ・ツリー>の方針だ。


 いや、言い訳しておくと、結構長いこと、話し合ったのだ。

 いろいろなパターンを想定し、どんな対応ができるか。本格的に対立しないよう、回避できないか。あるいは、あらかじめ行動範囲を探れないか、など。


 ただ、結局、相手は未知の生物である。

 それも、意思疎通が困難な相手だ。


 あのサソリの魔物<セルケト>の群体のように、明確に意思を持った行動を取ってくれれば分かりやすいのだが、その他の魔物はいただけない。


 海の魔物<レイン・クロイン>は、攻撃を始めたのはこちらだが、あれだけ滅多撃ちにしたにも関わらず、逃げる様子はなかった。あくまで、こちらに襲いかかろうとしていた。

 結局あのまま飼育を続けている幼体も非常に好戦的であり、共食いしかねないとして飼育エリアを分割したほどである。おとなし可愛かったのは最初の1年だけであった。


 そして、巨大な地虫ワーム

 あれも、問答無用で襲い掛かってきた。

 その後出てきた狼のような魔物も、非常に好戦的だった。


 また、色々な街で話を収集した結果、魔物に分類される生物は、非常に好戦的であるらしい、ということも分かっている。


 よくよく分析してみると、<セルケト>も、最初は問答無用で襲い掛かってきていた。力で対抗できることを示せたからこそ、向こうも慎重になっていた、のかもしれない。


 そんな訳で。


「メーザー砲の射程に捉えました。対象、ワイバーン。現地戦略AIが攻撃開始を指示しました」


『タイタン、オケアノス、メーザ砲による予備照射を開始しましたぁ!』


 攻撃開始である。



 複数のレーダー波の照射により、目標ターゲットワイバーンの姿は電子的にくっきりと浮かび上がっている。

 しかし、距離的には、いまだ目視できない。

 舞い上がった砂煙が空域を覆い尽くしており、視界は悪い。


 それでも、レーダーによる電子の眼は、周辺空域の状態をくっきりと映し出していた。


 実弾砲撃は、50kmも離れていると着弾までに相当の時間が掛かるため、向いていない。

 ミサイルは、実弾攻撃が有効の場合には選択肢に入るだろう。

 レーザー砲は、視界不良の状態ではあまり有効ではない。射線上の障害を全て灼き切るほどの熱量をつぎ込めば到達するかもしれないが、発振器の方が自身の発熱に耐えられないだろう。


 そんなわけで、初撃はメーザー砲を使用する。


 試射や訓練は何度も実施しているが、ギガンティア部隊による明確な目標に向けての攻撃行動は、これが初めてとなる。空挺で荷物をばら撒いたが、あれは攻撃行動とは言えないだろう。


 メーザー砲は、見た目は大型のレーダー設備だ。

 大雑把に言うと、電波を発射して攻撃する兵器であるため、砲身は必要ない。


 タイタンシリーズには、機体の背面と腹面、両側に1門づつ設置されている。


 現在、目標のワイバーンは下方を飛行しており、上昇軌道を続けているタイタン、オケアノスは、腹面に設置されたメーザー砲を使用する。


 低出力の予備照射を実施し、正確に目標をロックできているかを確認する。

 同時に、後方を飛行していた飛行隊が周囲にバラけた。巻き添えを恐れての配置だ。


 発射されたメーザーは、光速でワイバーンに到達した。


 <ザ・ツリー>謹製のレーダーシステムおよび火器コントロールシステムは、非常に優秀だった。メーザー砲の照準は、ほとんど誤差もなく、正確にワイバーンに合わせられている。


 もし、この光景をマイクロ波を感知できる状態で目撃すれば、マイクロ波を乱反射してキラキラと光り輝くワイバーンの姿を確認できただろう。


 照準に問題がないことが確認され、メーザー砲の出力が一気に引き上げられた。


 照射出力は3MメガWワット。タイタン、オケアノス両艦からピンポイントで照射されるため、その合計出力は6MWとなる。

 

「メーザー、目標ターゲットへ照射を開始しました」


『んぎっ……お姉さま、これ、反射されてますよっ!』


 電磁波マップを直接接続で確認していたらしいアサヒが、悲鳴を上げた。

 傍らに表示していた電磁波マップを表示させたディスプレイが、真っ白に光り輝いている。


「解析中です。照射したメーザーが乱反射してるようです。

 体表の鱗によるものと推測。

 画像解析。問題の防御膜に類似した発光現象が確認されました。何らかの効果により、メーザーが減衰していると判定」


「んえ、メーザーまで弾くんかい! 何でもありだなこいつら!」


 後方からの視点で映し出された映像の中、メーザー照射されたワイバーンが身を捩る。


「照射点をずらされました。反射率計算、40%以上60%未満。但し、体表温度の増加は誤差範囲内。40%以上の熱エネルギーは、障壁によって無効化されている可能性があります」


「あの銀色の鱗は飾りじゃないってことね……!」


『この感じじゃ、レーザーも散らされるかもしれません!』


 <リンゴ>の計算によると、照射エネルギーのうち50%前後が反射されているようだ。

 しかし、それは残り50%が貫通しているという意味ではない。

 体表の赤外線温度計測から計算すると、温度上昇は1度未満。体温変動や太陽光などの外乱を考慮すると、誤差範囲内の温度変化だ。


 すなわち、照射したエネルギーの半分は打ち消され、残りの半分も反射で散らされているということになる。


『メーザー砲、温度上昇中! 連続照射限界まであと26秒ですぅ!』


「効果が出ているかどうかが分からないわねぇ……!」


 例の魔法障壁が確認されるということは、何らかのダメージは発生しているのだろう。

 だが、それが障壁を無効化できるほどの圧力なのかが判断できない。


 継続的な圧力ダメージにより障壁が無効化されることは判明しているが、その障壁減衰に寄与できているかが観測できないのだ。


「ワイバーンの加速力が上昇しました。攻撃されているということは気付いているようです」


『ワイバーンの速度、時速1,000kmを超えました!』


「まだ速くなるの!?」


 あまり悠長に構えては居られない。タイタン、オケアノスも全力で飛行中だが、超音速を出せるほどの出力は無いのだ。

 最高速で勝てない場合、それは逃走できないということと同義である。


「ワイバーンとの距離、30km。

 現地戦術AIが、多段電磁投射砲コイルキャノンによる長距離迎撃を提案。戦略AIが許可しました」


 メーザー砲による攻撃がほぼ無効化されたと判断した戦略AIは、実弾攻撃による迎撃に切り替えた。

 選択された砲弾は、対空榴弾。目標を加害半径に捉えた時点で、爆発して小型セラミック弾頭を進行方向へばら撒くタイプである。

 流石に距離がありすぎるため、徹甲弾による直接射撃は難しいとの判断だ。


 現在、ワイバーンはメーザー照射を嫌がり錐揉み回転しつつ、それでも加速しているという空力学的に異常な飛行を続けている。


 飛行軌道は安定せず、ピンポイントで砲弾を届けるのは難しい。

 初速8,000m/sで撃ち出したとしても、着弾までに4秒以上掛かるのだ。


「タイタン、オケアノス、腹面コイルキャノンの照準を開始……完了。発射しました」


 砲身内に多段設置された大型コイルに大電流が投入され、砲弾が加速する。

 初速8,194m/s。マッハ24以上の超速度だ。

 撃ち出された砲弾は、空気抵抗など物ともせずに直進する。空力加熱によって砲弾が加熱するものの、蒸発する表面コーティングがその熱を内部に伝えない。


 発砲からおよそ3秒後。


 砲弾内部の高性能爆薬が、弾頭に仕込まれた小型弾頭群を進行方向にばら撒いた。


「着弾しました」


 <リンゴ>の報告に、司令官イブは前のめりに映像を凝視する。


 映像内のワイバーンが真っ白に輝く。

 明らかに、障壁がその効果を発揮している。


「映像確認。ダメージなし。飛行速度、更に上昇」

「ダメかぁ!」


 まずはひと当て。大方の予想通り、砲撃は魔法障壁により無効化される。


『着弾の衝撃は無効化されたか、加速度に変換されているかもしれません! 着弾と同時に、ワイバーンが明らかに加速しました!』


「まじか! そんなんアリか!!」


 確かに、<レイン・クロイン>も、着弾の運動エネルギーは無効化したわけではなく普通にひっくり返ったりしていた。

 内部に衝撃は伝わらないが、吸収したエネルギーを何らかの形で放出しているわけだ。


 その放出方向が、自身の移動方向と反対であれば、確かに加速はするだろうが……。


「ワイバーン頭部に高エネルギー反応」

「今度は何!?」


 目まぐるしく変わる状況に、司令官イブが悲鳴を上げ。


 ワイバーンからタイタンに向け、一条の光線が放たれた。

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