第154話 積極的攻撃を許可

「何が起こったの?」

はいイエス司令マム。実弾を伴わない、何らかの遠距離攻撃と思われます。

 機体全体での異常な振動、および加熱現象が確認されました。強力な音波による攻撃でしょう」


 接近する仮称ドラゴンに張り付かせた戦闘機のうち、1機が失われた。

 残りの3機は斜め後方に居るため、加害対象にはならなかったようだ。


「明確な攻撃意思があるかどうかは不明ですが、<パライゾ>軍の脅威になりうると判断します。

 現地戦略AIが、対象脅威生物の判定を更新。

 脅威度判定:A。

 <ザ・ツリー>所属ユニット群に、深刻な障害が発生する可能性あり」


 ギガンティア搭載の戦略AIは、消極的防衛体勢から積極的排除体勢へ、その行動指針を変更した。


 ただし、相手は空中を高速で移動する巨大生物である。


 空中機動が苦手なギガンティアは離脱軌道を取り、3隻の護衛艦のうち、1番艦タイタン2番艦オケアノスが迎撃のため軌道を変更、3番艦コイオスは引き続きギガンティアの護衛を続ける。


「タイタン、オケアノスは旋回を開始しました。正面から迎撃を行います。高度差は1,000m以内となる見込み。全武装、攻撃準備完了しました」


「ううん。この天候だと、レーザー砲が使えないのが痛いわね」

「メーザー砲であれば、多少減衰しますが、利用は可能です」


 メーザーは、位相を揃えたマイクロ波のことだ。レーザーと原理は同じで、光の代わりにマイクロ波を使用するというのが大きな違いである。


 メーザーの発振装置が大型になるため、砲自体がどうしても大きくなってしまうというのがデメリットだろうか。

 そのため、現在メーザー砲は拠点の固定武装として採用されているか、あるいはギガンティア、タイタンシリーズへ搭載されているのみである。


「射線が通れば、メーザー砲による先制攻撃を行えます。

 ただ、大気内浮遊物が多いため減衰率が非常に高い状態です。攻撃可能になるのは50km以内に近付いてからとなるでしょう」


「まだ200kmも離れてるものね。とりあえず、こいつの名前は"ワイバーン"ね。4つ脚じゃないもの」

はいイエス司令マム。種族名を"ワイバーン"で登録します。

 ワイバーンは上昇を続けつつ、タイタン、オケアノスの進路上を目指しているようです」


 ワイバーンはドラゴンの種類の一つで、前腕が翼になっているものを指す。

 彼女はよく知っていた――だって、気になるお年頃だったのだ!


「接敵予想時間は?」

「100km圏内まで3分程度。50km圏内まで5分程度です。

 ちょうど、この時間に偵察衛星1号機が上空を通過します。偵察衛星3号機は13分後。

 詳細な接敵情報を収集可能でしょう。

 大気の状態があまり良くないのが、惜しいですね」


 本日の天気は薄曇りで、遠方は淡黄色のスモッグに覆われほとんど観測できない。

 風によって舞い上がった細かな塵が滞留していると考えられる。

 場所によって濃淡が異なり、アフラーシア王都、ノースエンドシティの周辺数十kmは影響が殆どなかったため、占領作戦には全く支障はなかったのだが。


「まさか、こんな大物が、しかも向こうから寄ってくるとはね」


『お姉さま、さすがに脈絡なくやってきたとは思えません! 何か、あのワイバーンを刺激するようなことをこちらがやったんだと思います!』


 朝日アサヒの進言に、確かに、と彼女イブは頷いた。

 たまたま今日、あのワイバーンが襲来した、と考えるのは、あまりにも思考停止すぎる。


 そもそも、明らかにタイタン、オケアノスを目指して飛行しているのだ。

 何らかの方法でこちらの存在を察知し、飛んできたと考えるのが妥当である。


「でも、この大気状態だと視線は通らないわね。音を聞いたにしても、そんな爆発させたわけでもないし」


「大気中を伝わる音波は減衰します。ギガンティア部隊のエンジン音はかなりの騒音ですが、それでも、50km以上先まで伝わるとは考えにくいですね」


『探知したのは300km以上離れたところです! もっと遠くから来ていると考えられます!』


 それだけの距離が離れている状態で、ギガンティア部隊の存在を察知する技術はあるだろうか。


 いや、もちろん技術的には可能だ。

 電磁波を能動的に使用している文明は確認されていないため、ギガンティアもタイタンも、何なら現在ザ・ツリーが運用している航空機は全て、ステルス性は考慮していない。


 いや、<リンゴ>が全力で設計すれば、完璧なステルス性を持った部隊を運用することも可能だ。しかし、そうすると自分たちからも見えなくなり、運用の自由度が著しく減るのだ。

 そして、中途半端なステルス性を付けるよりは、そもそも設計思想から外してしまったほうが、余計なコストを掛けなくて済むのである。


「可能性が高いのは、ギガンティア部隊が発するレーダー波です。基本的に、アクティブレーダーですので、電波的に、我々は非常に目立っていると言えるでしょう」


『あとは、魔法ファンタジー的な探知方法も考えられますね! まあ、こっちは考えるだけ無駄ですが!』


 そうこうしているうちに、ワイバーンとタイタン、オケアノスの距離が100kmを切る。

 もう数分もすれば、各種兵器の有効射程圏内だ。


「タイタン、オケアノスが進路変更。左右に分かれます」


 2隻の巨人は、その軌道を変更する。何も、2隻揃って真正面から突っ込む必要はない。相手は1匹のため、挟撃する形の方がやりやすい。


『ワイバーンも進路を変更。タイタンに向かっていますね!』


 そして、ワイバーンも明確に挙動が変わった。間違いなくタイタンを狙っている。


「タイタン戦略AIより提案。レーダー波の一時停止」


「オーケー。攻撃開始前にはどうせ戻さないとだけどね。オケアノスも停止させなさい」


はいイエス司令マム


『タイタン、オケアノス、送波停止しました!』


 2隻がアクティブレーダーの送波を停止する。

 これで、電波的に非常に目立つ2隻が沈黙したことになる。

 更に、戦略AIの判断により、ギガンティア、コイオス、その他各航空兵器のもつアクティブレーダーの送波が停止された。

 他方からのレーダー波が送信されている状態だと、反射波が発生するためだ。パッシブレーダーであれば、反射波があればある程度の探知ができてしまう。その可能性を排除したのだ。


「全帯域に渡るレーダー波の停止を確認しました」


「さて、反応があるかしらね……」


 もし、あのワイバーンがアクティブレーダーを目印に行動しているのであれば、これで何らかの反応があるはずである。

 ただ、この状態は、<ザ・ツリー>勢力にとっても危険な対応だ。航空機にとって、レーダーが使えないというのは目隠し状態と同じである。

 偵察衛星が上空を通過中、ということだけが救いだろうか。


「後方より観察中の戦闘機より報告あり。ワイバーンの飛行軌道に若干の変更あり」


『焦ってるんですかね!?』


「アサヒ、落ち着きなさい」


 そして、じりじりと、1分ほど時間が経過し。


「パッシブレーダーに感。方向、ワイバーンに一致」

『お姉さま、戦闘機がワイバーンのレーダー波を受信しましたぁ!!』


 そして、ワイバーンが動き出す。


「パルス状のマイクロ波を探知。周波数が一定しません。5GHzから15GHzの周波数でランダムに変動しているようです」


「え、あのワイバーン、アクティブレーダー付いてるの?」


 まさかの事態に、司令官イブはぽかん、とした表情でモニターを見上げた。


『お姉さま、すごい、すごいです! 生体でアクティブレーダーですか! ってことは、この子、生身でレーダー波が見えるってことですね! 意味わかりませんね!!』


 そして、アサヒも大はしゃぎである。魔法ファンタジー生物だと思っていたこのワイバーンが、突然電波を発し始めたのだ。


「あれが何らかの航空機である可能性は?」


はいイエス司令マム。低いと予想されます。が、戦略性を持たない生物が搭乗ないし操っている航空機、という可能性は考えられます。

 レーダー波目掛けて突撃するという行為、目印がないからと慌ててレーダー波の送波を始めたと思われる行動。

 あまりにも拙いと思われます」


「そうね。文明的、ではないわね」


 そして。


「レーダー使用停止を解除しなさい。積極的攻撃を許可」


『「はいイエス司令マム」!!』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る