第153話 Unknown接近

「何か出たって?」


はいイエス司令マム2番艦オケアノスの対空レーダーが捉えました」


 ノースエンドシティ攻略にあたり、上空を旋回させているギガンティア、およびタイタンシリーズ。

 その編隊の最も北側を飛行しているオケアノスが、接近する不明物体を探知した。


『お姉さま、これは何でしょうね! ドラゴンですかね!』


「シャレになんないわよ」


 相手との距離は、300km以上。移動速度は、時速600㎞以上。このままでは、遅くとも30分で接敵することになるだろう。


「大気粒子が多いため、オケアノスからの光学観測は不可。偵察衛星が10分後に上空を通過します」


『お姉さま、現地戦略AIと戦術データリンクを行いますね!』

「許可するわ。防壁を忘れずにね」


はいイエス司令マム!!』


 <ザ・ツリー>より、テレク港街拠点に詰めている朝日アサヒの方が、物理的に距離が近い。リアルタイムリンクの範囲はギリギリといったところか。


『データ受信しましたぁ! レーダー情報解析に回します! <リンゴ>、送りますね!』


「レーダー情報受信中。1次解析結果、出ます。

 全長80mないし120m。電波反射率はあまり高くないようです。

 ステルス構造か、あるいは電波吸収素材と考えられます。

 水平移動速度、時速約480㎞。増速中。

 高度、1,400m。上昇中。

 移動距離と上昇速度を合成すると、時速は600㎞を超えています」


 アサヒ経由で受信したデータ情報を、<リンゴ>が<ザ・コア>の計算資源を使用して一気に解析を行う。


「2次解析結果、出ます。

 全長116m。移動速度は時速690㎞を超え、なおも加速中。

 進行方向は、ギガンティア部隊旋回空域と予想されます。

 このままの加速度であれば、15分後には警戒ラインを突破します」


『偵察衛星3号機、高度変更開始! 偵察衛星1号機、ルート乗りましたぁ!』


 上空の各偵察衛星は、大気摩擦の影響を抑えるため、通常は高度を上げた状態で運用している。ただし、精密な映像を取得したい場合などは、高度変更を行いより低軌道へ移動するのだ。

 とはいえ、すぐに数十㎞も高度を下げられるわけではない。そんなことをすると衛星に負荷が掛かるし、燃料もすぐに尽きてしまう。


司令マム。護衛戦闘機を1部隊ユニット目標ターゲットへ接近させます」

「オーケー」


 そこで、オケアノスから光学観測できる距離まで、緊急発進スクランブルさせた護衛戦闘機を近付けることにした。

 4機でユニットを組み、互いにカバーできる距離を保ったまま偵察を行う。


「5分程度で視認距離まで接近可能です」


 表示されたレーダー画面に、Unknownの表示。ギガンティアを中心とした編隊との距離は、現時点で330㎞。


 ギガンティア、およびタイタンシリーズは現在、半径30㎞程度の旋回飛行を行っている。

 このうち、最も外側を飛行するのが2番艦オケアノスであり、中心のギガンティアとの距離は2㎞ほど。


 高度は現在8,000m。不明物体探知後、すぐに上昇を開始した。

 敵機と相対する場合、高度差は高ければ高いほど有利なためだ。


「補機エンジンの稼働準備を行います。いきなりの実戦投入にならなければよいですが……」


「補機はテストしかしてないんだっけ?」


はいイエス司令マム。使い捨てですので、2回しかテストしておりません。既定のテスト項目はクリアしていますが、戦闘機動を行った実績はありません。

 使用時の機体各部への負荷についても、シミュレーション上の確認しか行っていません。

 ぶっつけ本番と言っても過言ではないでしょう」


「まあ、逃げるくらいはできるでしょ。偵察結果を見て決めましょう」


 今後の方針を話している間にも、ギガンティア部隊の直掩から離れた光点が、Unknownに向けてぐんぐんと近付いている。

 今日の空は薄く曇っており、全体的に煙っている。どちらかというと、視界不良の天気だろう。

 よく晴れた日であれば、100㎞以上離れていてもカメラで捉えることができるのだが。

 雨が降っていないだけまし、と考えるしかない。


「偵察部隊、不明物体との距離、5㎞を切りました。そろそろ撮影可能でしょう」


『さあさあ、鬼が出るか蛇が出るか!! 楽しみですねぇ!!』


「アサヒはもうちょっと緊張感を持てない?」


 司令官お姉さまがアサヒに突っ込むが、緊張感という意味では司令官イブも大概である。もうちょっと緊張感を持った方がよい。


「捉えました」


 <リンゴ>が報告し、スクリーンに解析映像を表示する。

 同じ映像が、アサヒにも送信されているはずだ。


「えーっと……?」


 とはいえ、まだ画面の中央に黒ずみが表示されているだけだ。

 4機の可視光センサーの情報を統合し、画像処理を行ったものでこれだから、肉眼では到底見つけられないだろう。


「解析結果を重ねます」


 その映像に、<リンゴ>がさらに加工を行う。

 不明物体をワイヤーフレームで再現したものを重ねたのだ。


「……。まさかまさか、だけど……」


『あ、お、お、お、お姉さまっ!!』


 <リンゴ>の解析した不明物体。荒いワイヤーフレームによる表示ではあるが。

 それは、紛れもなく――


『「ドラゴン!!」』


◇◇◇◇


 テレク港街拠点で朝日アサヒが喜びを爆発させたとほぼ同時刻。

 4機の戦闘機は接近する不明物体と相対、通り過ぎる軌道に乗った。

 彼我の距離は、約3km。

 4機は上下左右に分かれ、散開しながら不明物体の周囲1km程を通過する予定だ。


 4機は軌道を変更、距離を調整しつつ、すれ違いの態勢を取る。

 同時ではなく、各機が数秒間隔で次々に接敵を行う想定である。同時に近付き、全機が一気に撃墜される、といった事態を避けるための措置だ。


 相対速度は、時速1,700km以上。


 1kmの距離をおいてのすれ違いであり、何らかの危険があるとは考えにくい。

 しかし、すれ違った後はUターンを行い、後方より接近予定だ。こちらは相対速度がほとんど無くなるため、より危険度は高いだろう。


 彼我の距離は一瞬で消費され、4機は次々と不明物体とすれ違う。


 1kmという距離を置き、<ザ・ツリー>製のカメラはしっかりと、その巨体の姿を映し出した。


 やや細長いトカゲのような見た目の頭部には、立派な2本の角とそれを取り巻くように大小様々な角が生えている。その大きな頭部を支える、長く、太い首。肩部からは両手の代わりに巨大な両翼が広げられ、胴体はやや太めだが、その体を支えるためだろう強靭な後ろ足と、長い尾が続く。

 そして、その全身は銀色の鱗に覆われており、時折太陽光を反射してキラリと光る。


 空力的な観点からすると、この巨体が、時速800km超などという馬鹿げた速度で飛行するのは不可能だろう。

 まして、その両翼はただ広げられているだけであり、とても加速を続けているようには見えなかった。


 この仮称"ドラゴン"は、一体どうやって動力を得ているのか。

 そもそもなぜ、どこから、ギガンティア目指して飛んできているのか。


 すれ違った4機はそのままUターンを行い、後方から追いすがる。一時的に失った速度を稼ぐため、アフターバーナーを吹かしての飛行だ。

 4機のうち、1機は右側からドラゴンを追い抜かし、前方へ出た。

 今の所目立った反応を示さないため、何らかの行動を期待し、その視界に入る位置へ移動したのだ。


 残りの3機は、やや後方で左右と上方に別れて配置する。


 そうして、そのまま十数秒が経過した後。


 ドラゴンが、咆哮した。

 音は無い。センサーによれば、可聴域を越えた超音波だ。


 前方を飛行する戦闘機に、高圧の超音波が襲い掛かった。

 機体全体が超振動に晒され、可動部が不協和音を奏でる。特に、高速回転するジェットエンジンのタービン部分に対する影響は甚大だった。


 回転軸に異常振動が発生、摩擦の増大により軸受が加熱。組織変性により圧力に耐えられなくなった構成部品が爆散、破損したタービンが自身の回転速度により破片をばら撒く。



 制御を失った機体は、錐揉状態で後方に吹き飛んだ。

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