第195話 三ツ星ホテル
「我々は空を往く術を持つが、実際のところ、空にも魔物の脅威はあるのだろうか」
「……ふむ」
設置されたテーブルセットを片付ける間、アルボレア=ヒースとティアリアーダ・エレメスは並んで立ったまま、会話を続けていた。
「そうだな……。空を飛ぶ魔物というは、いくつか種類がある。中には信じられない、物語の中のようなものも居ると言われているがね。例えば、鷲のような巨大な鳥。馬車よりも遥かに大きい蛾。そして、我々の国の歴史の中でも1度のみ目撃の記録が残っている、
「前者2種は、我々の国でも話は聞いている。だが、
アルボレアの問いに、ティアリアーダは苦笑した。
「我が国の中でも、同じ意見は多くある。何せ、昔の記録だ。捏造、幻覚、見間違いなどさんざんな言われようだがね。しかし、我らが長老会の中には、当時の目撃者がいる。もう250年ほど前の話とは聞いているが、確かに、空を往く銀の竜が目撃されているのだ」
「なるほど。やはり、魔の森は油断ならないと再認識した」
適当に話を合わせつつ、アルボレア=ヒースは更に情報を引き出していく。
「しかし、あなた方は森の中で暮らしているのか? そういった話を聞いたが」
「ああ、その通りだ。今日の宿は森との境界に当たる。少しは体験できるだろう。明日以降は森の中を歩くことになる。とはいえ、街道は整備されているから、意識することはないだろうがな」
「お気遣い感謝する。では、そろそろ片付けも終わる。また、先導をよろしくお願いする」
「ああ。ではまた」
そうして、それぞれの
一行は再び、移動を開始した。
◇◇◇◇
「本日はようこそおいで下さいました。当店名物の茶鍋でございます」
「おお、待っていたぞ。ああ、君。取り分けはお願いするよ」
「承知いたしました」
丸テーブルを囲い、ティアリアーダ・エレメス、アルボレア=ヒース、アリスタータ=ヒースの3人は少し早めの夕食を始めた。
行程は既に3日目。
明日の夜には、
ただ、微妙な距離のため、今日は早めに休み、明朝に出発する必要がある。
「難しい話をする場でもない、気楽にお願いするよ」
初日、2日目と宿があまり大きくなかったということもあり、食事は別室だった。
今日は貴賓室のある宿で、食事も相応の部屋で摂ることができる。
内装は、いかにも
ドライフラワーを編み込んだ大きなリース、木製の彫り物、タペストリー。
使用される家具は細部まで彫り込みが行われており、地味ながら高級感を演出している。
そして、饗される食事は、テーブルの真ん中に置かれていた。
「お飲み物は果実水でよろしいでしょうか?」
「ああ」
アルボレア、アリスタータも無言で頷く。
そんな一行の前に、次々と料理が準備されていった。
「こちらの料理は、ランタ地方名産の丸豚肉と様々な野菜を、茶葉、自家製
具材が山盛りになった鍋の下には、
給仕がレバーを動かすと、五徳の間に火が灯った。
焜炉の魔道具は、アフラーシア連合王国内でも利用が確認されている。
火の魔石、と呼ばれる中央の石に、何らかの魔石を近付けることで火が発生するという、なんとも
これまでの調査結果から、火の魔石は、魔素濃度が高くなると発火するという性質がある、と予想されている。
ちなみに、アフラーシア連合王国内の焜炉は、その全てが
それなりに裕福な家であれば使っているようで、かなりの数が輸入されていたようだった。
即ち、当然ながらレブレスタ内では極めて一般的に使われている魔道具であるということだ。
「失礼いたします」
前菜と思しき、具材をゼラチンで固めた料理が配膳される。同時に果実水が用意された。
「それでは、我々のこれからの良い関係を願って、ウランタ」
「「
いわゆる乾杯、と同義の言葉を、アルボレア、アリスタータが唱和した。
料理は非常に美味であった、と<ヒース>は記録した。
特に、発酵食品はそれ特有の細菌類が重要である。現物を入手し、発酵菌を分離培養する必要があるだろう。
とはいえ、生ものであるため、この道中に持っていく訳にはいかない。
通常の交易品と合わせ、
そんな世間話とも貿易交渉とも分からない会話を行いつつ、<ヒース>は情報を探り続ける。相手は百戦錬磨の外交官だが、こちらは周囲すべての情報を記録分析可能な超知性体だ。
僅かな言葉や仕草から、あらゆる情報を結合して真実を暴き出す。
「ああ、美味しかったよ。ありがとう。久々に堪能させていただいた」
「随分とお久しぶりでございます、ティアリアーダ様。そして、初めまして、お嬢様方。当宿の料理長をしております、ラクラーディンと申します」
「美味しかった。ありがとう」
料理長を呼び出し、軽く世間話を行う。
その中で、いくつかの食材が品薄になってきているという情報が漏れ聞こえた。
恐らく、生産地、あるいは流通拠点などが魔物の被害にあっているのだろう。
この街道はかなり南の方を通っているため、例の蝶の魔物はやってきていない。
だが、その影響は、確実に
◇◇◇◇
割り当てられた部屋に戻る。
使用人が、設置された明かりの魔道具を点灯し、水差しなどを準備してから一礼して退室する。
アルボレア=ヒース、アリスタータ=ヒースは、使用人達がいなくなったのを確認した後、部屋の検分を開始した。
明かりの魔道具。
何らかの光る魔石を使用している。これも、魔素濃度に応じて光を発するもののようだ。
魔道具に付いたレバーを動かすことで、明るさを調整できる。
光の種類は、いわゆる蛍光反応によるものに似ている。どんな波長なのかは、高感度センサーで調べないと分からないが、あまり重要ではないためそれは保留だ。実物も、要望すれば手に入れることができるだろう。
ベッドの作り、掛けられたシーツや布団は、それなりの品質である。編み目も細かく、肌触りも良い。
恐らく、糸の品質が良いのだろう。
編み目自体はやや不揃いであり、手作業ないし精度の悪い編み機による生産と推測される。
とはいえ、道中も布地自体は多く観測されたため、何らかの手段で大量生産されているのは間違いないだろう。
少なくとも、観測される範囲において奴隷階級のような労働者は居ない。
であれば、手織りではなく、ある程度機械化されていると考えられた。
調度品の品質も高く、総じてレブレスタは国力に余裕があると判断できる。
さらに、限定的とは言え何らかの大量生産手段を利用している。
このまま順調に発展すれば、強大な国家になりうるだろう。
そんなことを推察しつつ、<ヒース>は
◇◇◇◇
朝食に出されたのは、柔らかい白パンとバター、新鮮な葉物野菜のサラダとグリルされたウィンナー、そしてコーンスープのような見た目のスープである。
白いパンということは、小麦の製粉技術が優れている。
柔らかいということは、酵母等による発酵技術が普及している。
サラダからは、野菜を育てて生食する習慣があることが分かる。ドレッシングも掛けられており、食に対するこだわりが感じられる。
ウィンナーもしっかりと味付けされており、燻製まで行われているようだ。何らかの手段で、保存食として流通していると予想できる。
スープは、トウモロコシないしそれに似た穀類を原料としていると考えられる。そうすると、何らかの道具でなめらかになるまで粉砕撹拌できているということだ。調理道具も発達している。
やはり、戦争に
隣国として、早めに対策を打つことが出来たのは僥倖だった。
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