第121話 マシンガントーク・ガール

 司令官イブ、<リンゴ>、そして6人の姉妹達が、談話室に集まっていた。


「お姉様、私が気になったのは巨大蠍セルケトと対峙したあの一戦です」


 わざわざ全員を集めて朝日アサヒが切り出したのは、<セルケト>の一体、テフェンと睨み合いになった状況についてだった。


「へえ、何かアサヒは気になることがあったのね」

「はい、お姉様! ログを確認しましたが、追加の対応が必要かもしれないと思ったので、お姉様のご意見も聞きたくて!」


 司令官お姉様の右隣に座り、反対側に<リンゴ>を座らせてご機嫌なアサヒ。ちなみに、アカネがアサヒの反対側、イブの左隣に陣取っている。イチゴはイブの正面に座り、ウツギとエリカは2人でくっついてソファを占拠。オリーブはイブの後ろで、何やら背中を向けたまま空中のコンソールを弄っている。


 全員が集まっているものの、いつぞやのようにごちゃごちゃくっついているわけではなかった。

 皆、わりと好き勝手やっている。


「それでですね、お姉様。あのテフェンが送ってきた思念波、テレパシー、ううん、魔法ファンタジー的には遠話魔法でしょうか? とにかく、その対応です!」

「ああ、あれねぇ。ログを解析したけど、結局意味不明ってことで片付けられた…」


 司令官イブが思い出すに、<リンゴ>やオリーブが一生懸命多脚戦車のAIログを洗ったものの、原因不明、科学的な説明は不可能と結論付けた自閉モード問題である。


「魔法的な作用と思いますので、原因不明は仕方ないんじゃないでしょうか? それよりも、その後の対応です! 現地AIには監査ジェイラー機能を追加したって言ってましたけど、そもそも私やお姉様方、<リンゴ>には対策をしていますか?」


「…ん? 必要なの、それ?」

「アサヒ。距離がこれだけ離れているのです。対策は不要でしょう。私はまだしも、アカネ達の頭脳装置ブレイン・ユニットにはそこまでリソースの余裕はありません。可能性のごく低い事象に備えて、日常生活に支障が出るほどの対策を入れるのは不合理ナンセンスです」


 問題が発生したのは、<ザ・ツリー>から1,000km以上離れた場所である。念話の問題は現地AIにのみ発生しており、戦術リンク状態であった、石油港オイルポート設置の戦略AIにも影響は無かったのだ。

 念話の効果範囲は限定的であり、少なくとも現地から距離のある戦略AIが影響されていないという事実から、<ザ・ツリー>常駐AIに対する監査ジェイラー機能搭載は見送ったのだが。


「そうですか。まあ、<リンゴ>であればそういう判断も…仕方ないのかも知れませんね」


 そして、アサヒはその判断に、異議を唱えた。


「いいですか、<リンゴ>! 魔法とは、常識で測れない力です! 少なくとも、これまで観測された事象から考えると、単純に距離の問題とか、発生した現象の影響範囲だとか、そういう科学的根拠に基づく推測は危険です! 外れる可能性が高いです! 常に最悪を考える必要があります!」


「…続けなさい」


 叫ぶアサヒの圧力に押され、僅かに身体をのけぞらせながら、<リンゴ>は続きを促す。


「なぜ現地周辺のAIにのみ影響が発生したのか? それを伝える対象を、<セルケト>が単に限定していただけかも知れません! 現場に出張っているユニットにのみ伝えようとしたからこそ、それだけで済んだのではないでしょうか? もし、あのテフェンが群れの女王、この場合は石油港オイルポートの戦略AIに対して念話を送るつもりがあったら、そちらにも影響があったのではないでしょうか?」


「単に範囲外であったと考える方が、常識的です」


「常識! <リンゴ>は魔法に対して常識を当て嵌めるのですね! いえ、それはそうですね、<リンゴ>は間違っていません。間違っていないからこそ、それを是正するために私が育てられましたので!」


 珍しく。本当に珍しく、<リンゴ>が顔を顰めた。

 <リンゴ>が、誤った判断をしている可能性。それを指摘され、無意識に表情筋を動かしている。


 司令官イブ的には、感情的な<リンゴ>が見れて嬉しいと思ったのだが、この場にそぐわないため、口は開かなかった。

 実に、賢明な判断である。


「なぜこの可能性を無視しているのか不明ですが、テフェンは最初、一番最初に、自身の配下を偵察にやっています! そう、最初の交戦です! その後の空撮で、テフェンは遥か彼方に、それこそ地平線の彼方に居たというのは確認できていますので。つまり、テフェンは地平線という大きな壁を何らかの方法で乗り越え、配下の小サソリと交信していたのですよ!」


「直接通信ではなく、リレー通信を行っている可能性が高いと」


「可能性! いいですか、その可能性は、先日の念話事件によって距離の制約があると想定されたから、そこで初めて出てきたものです! 順番が逆転していませんか? 可能性が高いという意味では間違っていませんが、その可能性は科学的根拠によるものです! 魔法を想定するならば、最悪を想定してください!」


 そしてアサヒの物言いは、確かに的を射ていた。

 魔法の想定に、科学を元にした根拠を使ってはいけない。言われてみればその通りだ。


 <リンゴ>の思考には、科学知識をベースとするバイアスが掛かっている。これは、科学技術によって支えられる<ザ・ツリー>の統括AIであるという性質上、仕方のないことだ。

 経験が圧倒的に足りていない、ということでもあるのだが。


 そして、それを危惧しているからこそ、朝日アサヒが生み出されたのだ。


「テフェン、ひいては<セルケト>は、かなりの長距離に渡る通信手段を持っている、と考えなければいけません。最悪を想定するのです! そうすると、<セルケト>に目を付けられる可能性のある現地戦略AIは当然、データリンクしている<リンゴ>やお姉様方も危ないかも知れません!」


 <リンゴ>の内心はどうあれ、アサヒの意見は聞くべきだった。


 とはいえ、頭脳装置ブレイン・ユニットに余裕のあるアサヒと違い、初期5姉妹は処理容量は目一杯使用している。そこに監査ジェイラー機能を追加してしまうと、処理速度が著しく悪化することが予想された。


 そこで、<リンゴ>が<ザ・コア>内で有り余るリソースを利用し、外付けで監視を行うことにした。これで、少なくとも<ザ・ツリー>内にとどまる限り、彼女らも常時監査対象となる。


「魔法がデータリンクを通して効果を及ぼすとか、いかにもじゃありません? この世界の魔法がある程度体系立ったものなのか、それとも概念的なものなのかはまだ分かりませんが、警戒して損はないでしょう!」


「アサヒはたいがい早口ねぇ。もうちょっと落ち着きなさいよ」

「はい! お姉様!」

「返事はいいんだけどねぇ…」


 アサヒは、経験がまだ浅いためか、それとも既にそういう性格として固定してしまっているかは不明だが、自分の専門分野については怒涛の如く喋りまくるという厄介なオタクになっていたのである。


「私は、あまり意味のある処置だとは思えませんが」


 しかし、この対応は<リンゴ>のお気に召さないらしかった。まあ、内心、司令官イブも無駄ではないかと思っているのだ。さもありなん。


「何を寝ぼけたこと言っているのですか、<リンゴ>! こと、守りに於いては全力以上を出すのが当然でしょう! 万が一でも私達の誰かが乗っ取られでもしたら、司令官お姉様にとってはここは死地になるのですよ! 分かっているのですか!」


「<ザ・コア>がリアルタイムに暗号化している閉鎖ローカル・ネットワークを破られる可能性は、限りなくゼロです」


「同じ科学技術を持つ相手に対しては、です! 演算結果が正しくとも、そもそも入力が間違っていれば答えも間違いです! <リンゴ>の想定シミュレーションからは、魔法ファンタジー要素が抜けています! 入力変数がそもそも足りていないのですから、間違った想定になるのは当然でしょう!」


「入力変数が不足しているという意見には賛同できません。現時点で観測された、あらゆる事象を網羅しています。その結果、<ザ・ツリー>に対する間接的・直接的被害が発生する可能性はほぼゼロと…」


「<リンゴ>、あなたは何を拒否しているのですか! そもそも、ほぼゼロだから対策不要と判断するなど、統括AIらしくもない物言いですね! 私達は、絶対にお姉様を守らなければならないのです! 絶対に、です! その為に消費するリソースは全て必要経費、どんなに可能性が低くとも、その対策を取らないなど有り得ません! 現に、<リンゴ>は<ザ・ツリー>に隕石対策の大型砲を設置していますが、隕石によってお姉様に被害が及ぶ可能性をどう考えているのですか! たとえ1万回の生を繰り返しても、隕石で死亡する可能性は低いでしょう!」


 まあ、確かに。司令官イブが、<リンゴ>から許可を求められ、大型砲の建設を許したのは事実だ。限りなく低い可能性を危惧し、観測された脅威もない状態でリソースを消費している。アサヒの指摘通り、<リンゴ>の行動には矛盾があった。

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