第205話 スマッシャー

 吹き上がる土砂や岩の破片、そして折れた木々。


 巨大な身体を持つ山脈猪マウンテンボアが、第1開拓村、ラーランに迫っていた。


「あの速さなら……30分もしないうちにこちらに到達する」


「さ、流石にあの巨体を止める力は無いぞ! すぐに避難を――!」


 マウンテンボアが真っ直ぐこちらに向かっているのかどうかまでは見て取れないが、恐らく10kmも離れた場所ではないだろう。


 岩山に登っている多脚戦車のカメラ位置は、地表から15mほどの高さにある。

 その高さから視認可能な範囲は、およそ18km。木々によって視界が隠されることを計算に入れても、カメラが捉えているということは、確実にその範囲に居るということだ。


「逃げるには厳しい。……前方に動体反応を検知。サイズ、10m以上、20m未満。恐らく伏蟷螂ヒドゥンプレイヤー


 いまだ、村の周りでは影蟷螂シャドウプレイヤーとの戦闘が続いている。

 村の防壁を捨てて撤退すると、その脅威に直に晒されることになる。

 そこに、ダメ押しのようにヒドゥンプレイヤーが近付いていた。


「なんだと……! クソ、判断を間違えたか……!」


「事前情報だけで、この事態を予測するのは不可能。悔やんでも仕方がない」


 もうしばらくは、ヒドゥンプレイヤーはこちらに来ない。

 そういう前提でシャドウプレイヤー狩りを選択したのだが、ヒドゥンプレイヤーがこちらに来る前に村を捨てて避難するべきだった。


 だが、後ろからマウンテンボアが出現し、それに追い立てられたヒドゥンプレイヤーが近付いて来るなど、限られた情報だけで予測できるだろうか。


 <コスモス>は、冷静に、それは不可能と断じた。


「最悪、ヒドゥンプレイヤーは我々が足止めし、その間にあなた方が逃げるという選択肢もあるが」


「流石にそれはできん……。我々が無事で、あんた方に万が一犠牲が出れば、我々は昼も顔を上げられなくなる。最悪の場合でも、防衛隊が殿を務めるさ……!」


 まあ、防衛担当としてのプライドがあれば、そうなるだろう。

 防衛担当官の言葉にディセクタ=コスモスは頷き、視線を監視モニターに戻す。


「心意気は受け取った。だがまずは、目の前の脅威を排除する必要がある。ヒドゥンプレイヤーさえ何とかできれば、撤退の目もあるだろう」


「……そうだな。何とか押さえ込んで、貫通属性が使える奴らで集中攻撃すれば、倒せなくとも、怯ませることはできるかもしれん」


 とはいえ、いまだ襲い来るシャドウプレイヤーも放置はできない。

 多脚戦車3機のうち、2機をヒドゥンプレイヤーに当たらせ、シャドウプレイヤーは残り1機と人形機械コミュニケーターで押し留めることとした。


 また、弓を使う狩人のうち、5人ほどが貫通属性を矢に乗せることができるらしい。

 それほど強力ではないものの、普通の矢と比べると遥かに貫通性能が高くなるとのことだ。


 この貫通属性攻撃で、ヒドゥンプレイヤーの魔法障壁を貫く、あるいは弱体化させるのが狙いだ。


 そして残りの狩人は、そのままシャドウプレイヤーの撃退に当たらせる。


「それほど時間はない。最後まで粘るが、最悪の事態も覚悟して欲しい」


「……ああ、分かっている! 伝令、前線に伝えろ! それと、通穿ピアース持ちは私が直々に命令する、誰か案内してくれ!」


 防衛担当官はそう指示を出し、指揮所から駆け出した。


 ディセクタは額に跳ね上げていたヘッドマウントディスプレイを、カシリ、と落とす。

 自らも、対物ライフルによる迎撃戦に参加するためだ。


 結局、ディセクタ=コスモスの想定する最悪の事態と、ラーランの防衛担当官の想定する最悪の事態はすれ違ったまま、それぞれが持ち場に付いた。


 防衛担当官は、悲壮な覚悟を抱き。


 <コスモス>は、ギガンティア搭載の戦略AI<エレムルス>に、支援砲撃用の環境データの送信を開始した。

 現行戦力で押し留めることができなかった場合、超遠距離砲撃による越境攻撃を行うために。


◇◇◇◇


 防壁の後ろに、2機の多脚戦車ホッパーが並ぶ。

 確実に近付いてきている、伏蟷螂ヒドゥンプレイヤーを迎撃するためだ。


 視界は、後方の岩山に陣取る多脚戦車が確保している。


 ヒドゥンプレイヤーは、昆虫という特性から、迷彩柄で熱を放射せず、無音で移動するため、非常に視認し難い。

 これで、通常時は微動だにしないのだから、見付けることが出来ないのも頷ける。


 ただ、現在は後方からの圧力によって、それなりの速度で移動していた。

 いや、それにとっては、もしかすると全力での逃走なのかもしれないが。


 視認はし辛いものの、多脚戦車の搭載する情報処理装置の性能であれば、容易くその輪郭を捉えられる。


 移動するヒドゥンプレイヤーは、完全に監視範囲に捉えられていた。


 ややあって、防壁の上から、ぬぅ、とヒドゥンプレイヤーが頭を覗かせた。

 見た目はどこからどう見ても蟷螂。ただし、そのサイズが尋常ではない。通常の蟷螂の、100倍よりもさらに大きいのだ。


 多脚戦車が、威嚇のため、手にした棍棒を振り上げた。


 多脚戦車の物理攻撃用にと準備された、長さ3mもある長大な打撃武器、<スマッシャー>だ。


 ヒドゥンプレイヤーは、これを攻撃行動と認識したのか、防壁を乗り越えて多脚戦車に近付いてくる。

 無造作に近付く魔物に、多脚戦車は振り上げた棍棒スマッシャーを振り下ろし。


 動作の起点で、一瞬で伸びた片方のに、棍棒を掴まれる。

 蟷螂の鎌は、斬るためのものではない。その曲げた内側に生えた突起物により、獲物を固定し逃げられないようにするためのものだ。


 棍棒を掴まれた時点で、もう片方の多脚戦車が反応した。

 上部砲塔のレールガンを照準、砲撃。

 5,000m/sで飛び出した砲弾が、ヒドゥンプレイヤーに直撃する。


 光が、飛び散った。


 ヒドゥンプレイヤーの体表で展開された魔法障壁が、砲弾を完全に防ぎ切る。

 破壊不能な障害物に衝突した金属弾頭が、自身の運動エネルギーを熱に変換され、白熱しつつ粉々に飛び散ったのだ。


 砲弾の衝撃で、ヒドゥンプレイヤーは体をよろめかせる。

 だが、逆に言うとそれだけだ。


 砲弾の持つ運動エネルギーを全身の関節で受け流し、自身を砲撃した多脚戦車にその無機質な頭部を向ける。


 やはり、魔法障壁と物理砲弾は非常に相性が悪い。

 発生する圧力は砲弾接触時のごく一瞬で、継続的に衝撃加圧が必要な障壁攻略には適さない。

 複数の砲弾を連続で当て続ければよいのだが、現在、それが可能な戦力が揃っていなかった。


 だが、ここには魔法を使う現地住人が居る。


「放て!」


 号令のもと、通穿ピアース持ちの狩人達が魔法を使用した。


 ヒョウ、と音を立て、魔力を纏った矢が空気を切り裂く。


 それに何かを感じたか、ヒドゥンプレイヤーは身体を動かそうとする。

 だが、ここで、棍棒スマッシャーを掴まれて動きを止めていた多脚戦車が、圧力を掛けた。


 脚部に仕込まれた高性能モーターが唸りを上げる。


 ヒドゥンプレイヤーよりも小さく見えるが、それでもこちらは金属の塊だ。総重量は、相対する細身の魔物を遥かに超える。


 避ける、または払うという動作を、多脚戦車の力により妨害された結果、ヒドゥンプレイヤーは自身の腹部に、無防備に5本の矢を受けることになった。


 貫通属性が乗った矢は、魔法障壁に接触すると、それを貫かんとばかりに光を放った。

 だが、あまり強くないという弁の通り、貫通には至らず力を失う。


 それでも、その矢はしっかりと役目を果たした。


 間髪入れずに再度放たれた主砲弾が、魔法障壁を貫通、確実に直撃する。


 ただ、魔物の脅威は、魔法障壁だけではない。

 そもそも、その体組織の強度も尋常では無いのだ。


 腹部と胸部の関節部に叩き込まれた砲弾だが、その甲殻を貫くことは出来なかった。

 それでも、砲弾直撃の衝撃自体は、しっかりと伝わっている。


 体表に傷を残しつつ砲弾を防いだヒドゥンプレイヤーだが、そもそも傷を付けられたという事実に怯んだか。

 左ので棍棒を掴んだまま、ぐい、と体を仰け反らせる。


 多脚戦車と比べると遥かに華奢な見た目だが、発揮する膂力は想定を上回る。


 多脚戦車が、ずるり、と引き摺られた。

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