第206話 一斉射撃

 2機の多脚戦車のうち、1機は伏蟷螂ヒドゥンプレイヤーと格闘中。

 そしてもう1機は、牽制のため少し離れた場所で様子を窺っている、という状況だ。


 その、離れている方の多脚戦車から、人形機械コミュニケーターが降り立った。


 伏蟷螂ヒドゥンプレイヤーは警戒しているのか、掴んだ棍棒スマッシャーを介した綱引きは行っているものの大きな動きは見せていない。


 とはいえ、この膠着状態は長くは続かないだろう。

 周辺では未だに影蟷螂シャドウプレイヤーによる侵入が続いており、山脈猪マウンテンボアも止まる様子はない。


「防衛担当官殿、よろしいか」


「……ああ、降りてきたのか。あちらは大丈夫なのか?」


「問題ない。まだ1人いる」


 降り立った人形機械コミュニケーターは、手を出しかねている防衛隊に駆け寄り話し掛ける。


「まずは時間稼ぎ」


 その言葉と共に、臨戦待機状態だった多脚戦車が動き出した。

 装備状態の棍棒スマッシャーを両腕に固定し、突きのように構えて突っ込んでく。


「そちらの、さきほどの弓矢での攻撃は、何度も使えるか?」


「あ、ああ。恐らく、あと2、3回だ、人による」


 ヒドゥンプレイヤーは流石にその体当たりは嫌ったか、捕まえたままだった棍棒を離すと突撃から身を躱す。


「そうか。射撃間隔は。連続で撃つことは可能か」


「次の射撃? ……そうだな、気合を入れて、10秒で1射ってところか」


 戦略AI<コスモス>は、バックアップに付いている複数の戦術AI<ウェデリア>級に意見を求めつつ、ヒドゥンプレイヤー攻略の可能性を模索する。


「殴打攻撃、ないし体当たりなどで障壁、魔防壁へ負荷を掛ける。そこに、あなた方の貫通攻撃を合わせることができれば、魔防壁を一時的に消失させることができるかもしれない」


 <貫通>させるという事象において、彼ら狩人が使用した通穿ピアースという魔法現象は非常に有効だ。


 魔法障壁を当たり前に装備した脅威的存在に対し、この世界の人間達がどのように対抗していたのか。

 それが、<魔法>という技術体系である。


 聞き取り調査などで、この魔法という技術が、対魔物という面で発展したようだ、というのが分かってきている。

 通穿ピアースという魔法技術も、非常に硬く、頑強な魔物を目標ターゲットとしているのであろう。


 であれば、なんとかあの魔法障壁を弱体化、ないし消失させることができれば、彼ら狩人でも攻撃を通すことができるかもしれない。


 ちなみに、対胡蝶ソウルバタフライのために引き抜かれた通穿ピアース使いの人員が居れば、対抗は出来たのだが。

 その人員を配置できなかったからこそ、<パライゾ>に助力が求められたのである。ままならないものだ。


「そうだな。倒さないまでも、こちらを脅威と捉えさせれば逃げていく可能性もある。タイミングは合わせられるか?」


 話し合いの最中も、多脚戦車は大立ち回りを行っていた。

 棍棒スマッシャーの横薙ぎを、素早くスウェーして避けるヒドゥンプレイヤー。間髪入れずに伸ばされる鎌の攻撃を、もう一方の多脚戦車が飛び込み弾く。


 一見脆弱に見える鎌だが、金属塊スマッシャーの直撃にも普通に耐えてくる。

 強靭さもそうだが、それを支える筋力も凄まじい。


「おおよその射撃タイミングを、そちらで合わせて欲しい。あとは、我々が微調整する」


「そうだな……。それしかないか。ああ、あなた方を信じる。村は放棄してもいいが、村人は守らなければならない」


 もし撃退に失敗するようであれば、村人たちを守りながらの撤退戦となるだろう。

 籠城できればいいが、あの山脈猪マウンテンボアに突っ込まれれば村は蹂躙される。多少の防壁などものともしないだろう。


 街道が整備済みというのが唯一の救いか。

 多脚戦車で護衛しながら、荷車などにすし詰めで走って逃げる。

 街道の整備がされていなければ、徒歩での移動になっていたところだ。


「ヒドゥンプレイヤーを撃退できれば、避難も安全に行えるだろう。では、攻撃は――そうだな、いまから3分後。我々の兵も3人ほど呼び寄せる。では、カウント開始」


「お前たち、聞いたな! タイミングはしっかり合わせろ! ちょっとでもずれたら威力が激減する、絶対に遅れるなよ!」


「りょ、了解!」


 方針は決まった。

 使用する武装は、多脚戦車の主砲、副砲、対空砲全て。現在岩山の上で影蟷螂シャドウプレイヤー狩りを行っているBベータも、同じタイミングで攻撃を行うこととした。

 更に、多脚戦車が装備する4連ミサイルランチャー2門も使用する。対地モードで打ち上げ、上空で時間を合わせた後に突入させるのだ。


 人形機械コミュニケーター3体、作成会議中の個体も含め、計4体が個人携行型のロケットランチャーを使用する。

 弾頭は対戦車榴弾で、貫徹力に期待する。


 多脚戦車のAアルファが、大きく後ろに飛び退った。同時に主砲を発射、牽制を行う。

 Cガンマはそのまま打ち合いを継続し、ヒドゥンプレイヤーをその場に釘付けにする。


 主砲弾は魔法障壁に阻まれ効果を発揮しないが、態勢を崩すことはできる。

 そうして作り上げた隙で、Aアルファ、およびBベータはミサイルランチャーから対地ミサイルを射出した。


 4連ミサイルランチャー4門から、合計16発のミサイルが発射された。これらは上空で旋回しつつ速度を稼ぎ、タイミングを合わせて突入するのだ。

 上空からの加速降下のため、突入速度は音速を突破する。


 このミサイル突入に、全ての攻撃を合わせる。

 その直後に、通穿ピアースによる射撃。

 可能であれば、主砲、副砲の連射による追撃。


 ヒドゥンプレイヤーに相対する2機の多脚戦車は、周辺の障害物を利用しつつ目標地点に追い込んでいく。

 攻撃時点で、大きく身体を動かせないようにする必要があった。

 可能であれば、最初と同様、棍棒を掴んでもらいたい。


「攻撃時間まであと1分。カウントダウンを行う」


「よし、射撃準備!」


 人形機械コミュニケーターが、ロケットランチャーを構えつつ叫ぶ。


「57! 56! 55! ……」


 狩人達が、弓に矢を掛ける。 


「30! 29 ! 28!」


 ロケットランチャーの安全装置を解除。

 上空では、亜音速まで加速したミサイルが円を描いている。


「10! 9! 8!」


「構え!」


 狩人の5人が、弓を引く。

 同時に、通穿ピアースを矢に乗せ、貫通させるという意志を注ぎ込む。


「5! 4! 3!」


 ミサイルが下降する。

 音速を突破したミサイル群は轟音を響かせるが、その音が到達するのは、この攻撃が終わった後だ。


 多脚戦車Bベータも、シャドウプレイヤーへの攻撃を一時的に中止。

 全ての砲塔をヒドゥンプレイヤーに照準している。


「2! 1!」


「放て!」


 矢が放たれた。

 ほぼ同時に、4体の人形機械コミュニケーターが発射ボタンを押し込み、弾頭のロケットモーターに点火。バックブラストを放出しながら、榴弾が筒から飛び出す。


 多脚戦車Aアルファは、棍棒スマッシャーを振り下ろしつつ、至近で主砲、副砲のガトリングガン、そして対空レーザーガンを撃ち込んだ。

 Cガンマはその場から跳躍後退、同時に全ての砲弾、レーザーガンを叩き込む。


 すべての攻撃が、予定時間とコンマ1秒の狂いもなく伏蟷螂ヒドゥンプレイヤーに直撃した。


 叩きつけられた棍棒スマッシャーの衝撃。

 上空から超音速で突入するミサイル、16発。

 初速5,000m/sで放たれた主砲弾。

 1機あたり2門、計6門のガトリングガンがばら撒く弾丸。

 人形機械コミュニケーター4体が撃ち放った対戦車榴弾。

 レーザーガンによる高温の熱線。


 全ては輝く魔法障壁に阻まれたが、それぞれの攻撃の威力は折り紙付きだ。


 それらの攻撃は、ほんの僅かに着弾タイミングをずらしている。これにより、障壁へ継続的な負荷を与えたのだ。


 そしてそこに、本命の攻撃が突き刺さった。


 通穿ピアースは、魔力を消費しつつ自らを"貫通"させるべく事象に干渉する。


 最初の1本は、まだ効果を発揮していた魔法障壁に阻まれ、力を失う。

 だが、それにより、道が開けた。


 魔法障壁に、穴が開く。

 そこに、貫通属性の4本の矢が突き刺さった。


 ヒドゥンプレイヤーの外皮は強靭だが、通穿ピアースに抵抗できるほどではない。

 矢尻は外皮に突き刺さり、突き破り、体内にめり込んだ。


 ダメ押しのように、そうして開いた傷口にガトリングガンの銃弾が飛び込んでいく。


 それは、1秒にも満たない時間。


 さすがにその時間では、主砲の再チャージは終わらない。


 伏蟷螂ヒドゥンプレイヤーは、魔法障壁を破られ、内臓器官を傷つけられたことに驚いたのか、大きく身を仰け反らせた。


 集中攻撃の直撃から、およそ3秒後。


 多脚戦車が主砲を発射するも、既に回復した魔法障壁により無効化される。


 だが、相対する相手が脅威であると悟ったのか。

 ヒドゥンプレイヤーは、バサリと背中の翅を広げ、村を迂回する方向に飛び立った。


 緊張を切らした狩人たちが、その場にへたり込んだ。

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