第215話 もう一人のプレイヤー
「結局俺が出張らねーといけねーのか?」
「大変申し訳無いのですが、使えるものは全て使わなければ抗えない……というのが、こちらの判断です」
「ふーむ……」
レプイタリ王国永代公爵、技術局統括大将、アマジオ・シルバーヘッドは、唸った。
場所は、海軍省内に用意された、将校専用のバー。こじんまりとした店内には、アマジオともう1人、海軍総提督、アルバン・ブレイアス。常ならばもう少し人数がいるのだが、今日は貸し切りにされていた。
それだけ、話す内容が重いということだ。
「俺も、あいつらと直接ぶつかったことは無いからな。そこまで強いか」
「直接偵察しようにも、まだまだ距離が離れています。あの辺りにはまともな港湾設備を持った港も無いため、なかなか人員を送り込むことができません」
「いじめ過ぎだな。だから海賊行為は取り締まれと言ったんだ」
「面目次第もございません」
アマジオはため息を吐き、手にしたグラスを揺らす。
カラリ、と氷が音を立てた。
「まあ、もう過ぎたことだ。で、あいつらに関してはどんな情報が? 普通に考えたら、侵攻速度が速すぎるんだが」
「はい。プラーヴァ神国の主力は、僧兵部隊です。僧兵は、全てが魔法戦士で構成された万能の軍隊。かの国では、魔法が使える者は全て僧兵として召し上げられるとか」
「……。なるほど。それを聞いただけでも逃げ出したくなるな」
魔法戦士。
魔法を何らかの形で行使可能な戦士のことを、一括りにそう呼称する。
「身体能力強化により、彼らは馬よりも速く侵攻できます。昼も夜も関係なく行動可能で、重い装備も自らの足で運べます。石造りの要塞程度、一晩で攻略してしまうでしょう。破城槌の攻撃を、身一つで再現できるのです」
「歩く戦車ってところか」
「ああ、そうですね。アマジオ様に昔教えていただいた、戦車という戦闘機械と似た運用が可能でしょう。問題は、僧兵1人1人がそれだけの力を持っているということです」
プラーヴァ神国は対外的に人口や軍の規模を公開しているわけではないが、これまでの情報収集によりある程度予想はされている。
「戦車並の力を持った個人が数千規模で動いているとなると、まあ、どの国も対抗はできんだろうな」
「街を攻撃し、戦力を解体。反抗勢力を叩き潰した後は治安維持に複数人が駐屯。奪った物資はそのまま背負って後送。働ける人員は農奴として本国に送り出します。これも、僧兵が数人居れば武力による抑え込みが可能ですし、後送行軍用の食糧なども多く運搬できます」
「びっくり箱みたいな連中だな……」
実際、僧兵は非常に優秀なユニットである。
魔法によって攻撃力は高く、移動能力も高水準。重機としても運用可能。
「最も厄介なのは、その忠誠心でしょう。基本的には任務に忠実で人道的。占領地でも暴動が起きにくく、逆らわなければ酷い扱いはされないと」
「レジスタンスも組織されにくいか。長期的にはどうとでもなるが、短期的には難攻不落」
そして、補給線もなしに長期行軍可能な理由も、その能力ゆえだ。
「少人数で街を落とせます。落とした街で補給し、次の街へ移動というのを繰り返す。進むに連れて戦線が延びますので、侵攻速度は落ちていますが、彼らが通った後は基本的に、全て教化されていると考えて間違いありません」
「侵攻部隊のみ突出しているわけではない、か。部隊単位の行動だから、決戦で決着をつけることも難しい……」
「周辺の数部隊が合流するだけで、決戦戦力たりうるというのも、諸国が彼らを抑えられない理由です」
戦闘能力が高すぎるため、少数兵力では時間稼ぎすらできない。多人数をぶつけて磨り潰す必要があるが、兵を集めている間に察知され、逆撃を仕掛けられることもあるようだった。
「対抗するには……。機関銃をぶつければ対応はできる、か?」
「恐らくは。ただ、我々の運用する機関銃は、設置型です。展開速度に難があります」
「陣地を敷いて迎え撃つしか無いか。迎撃点の選定は任せるが、やはり陸上戦力が足りないな」
手をこまねいていては、間に合わない。できうるならば、部隊を編成して逆侵攻させたいくらいなのだが。
「人数は集められる。だが、装備が圧倒的に足りないな」
「そこが、一番の問題でして。アマジオ様に、何とかしてもらえないかとお歴々からの突き上げが……」
申し訳無さそうに頭を下げるアルバン・ブレイアスに、アマジオはもう一度ため息を吐いた。
「俺にもできることとできないことがある。さすがに、何もないところから武器を生み出すことはできん。できんが……今は心当たりがある」
「はい……。何とか、彼女らの協力を得ることができれば……」
「前にも言ったがな。これは、悪魔の囁きだ。一歩間違えれば、我が国は……」
レプイタリ王国は現在、驚異的な存在と交易を行っている。
隔絶した実力を持った国家、<パライゾ>。
今、彼らが飲んでいる精緻なグラスも、そこに入れられている氷も、カクテル材料の酒も、全てが<パライゾ>製。氷自体はこのバーの中で作られているが、製氷機は<パライゾ>から購入したものだ。
「流石に、戦力までは望みません。それをしてしまえば、我が国は単なる属国と化すでしょうから。しかし、対価を理由に、武器弾薬の供与があれば」
「まあ、技術は後追いすればいいからな。俺も拒否はしない。基礎のない技術は発展しないから、できれば避けたいんだがな。しかし、国家存亡の危機に、そんな事も言っていられないか」
<パライゾ>の国力は高い。
あっという間に、レプイタリ王国は<パライゾ>経済圏に呑まれてしまった。
今では、首都モーアの港が実質<パライゾ>専用になってしまったほどだ。
昼夜関係なく、<パライゾ>の輸送船が出入りし、大量の物資のやり取りを継続している。
「まあ、お前らの覚悟は分かった。交渉はやってやるさ。お前達の決めた道だ」
「ありがとうございます」
「理想は、製造工場の誘致。最低でも、武器の輸入。技術供与は、まあ……嬢ちゃん達なら頷きそうだな……」
「……心強いお言葉です」
「言っとくけどな。要望を伝えてすり合わせはできるが、俺はあいつらに何か要求できる立場ではないぞ。そこは勘違いするな。こっちは、お願いする立場だからな」
「重々承知しております。未だに勘違いしている暗愚はおりますが、それはこちらで抑えますので」
「ならいい。つまらん事をしでかしたら、俺が直々にぶっ潰すからな」
「は。肝に銘じます」
◇◇◇◇
「ふぅ……」
自室に戻り、アマジオ・サーモンはため息を吐いた。
「俺も、そろそろ覚悟を決めるか」
<パライゾ>との初会合から、数ヶ月が経過している。
ずっと悩んでいたこと。
<パライゾ>の主、イブとの会話。
これまでの、<パライゾ>の活動とその目指す先。
アマジオ・サーモンは意を決し、自身の枷を一つ、外した。
「ぐう……」
封印していた、体内情報処理装置。
<パライゾ>の存在を知ったその日から、少ないリソースをやりくりして修復を進めていたそれを、実に120年ぶりに、彼は起動する。
『おはようございます。
「……久しぶりだな、アシスタント」
『
その年月が正確なのかどうかは、アマジオには知る術はない。だが、過ぎ去った月日の長さに、改めてアマジオはため息を吐いた。
「早速だが、仕事だ。通信領域内に、接続可能な端末はあるか」
『
彼のアシスタントは、脳内に存在する情報処理装置の一部を使用して実行されている。そのため、その処理速度はお世辞にも速いとは言えない。もともとは、外部の計算リソースを使用して稼働する事を前提にした
しかし、最低限の仕事はできる。
『検索完了。
やはり。
脳内でコマンドを叩き、視界の表示周波数領域を拡大する。
フィルターを掛けるように、可視光外の電磁波がアマジオの視界に飛び込んできた。
「……予想はしていたが。え、完全に侵略されてるじゃねーかこれ」
<パライゾ>の運用する電磁波が、アマジオの視界を埋め尽くした。
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