第216話 アマジオ・シルバーヘッド
アクセス要求。
ゲーム時代の標準プロトコルによるそれを検知したとき、<リンゴ>はついに来たかと、隔離領域の起動コマンドを発信した。
レプイタリ王国の首都モーアに停泊させている旗艦<パナス>内で物理的に隔離されていた演算装置が、指令を受信し起動する。
情報的にも隔離するため、内部に独立型AIを搭載し、単純な光信号によって<ザ・ツリー>側のネットワークとコンタクトをとる。
そのため、大容量の通信は不可能となっていた。
要求に対し、公開キーを返送。いくつかの
汎用通信プロトコルの
『はい。こちらは、<パライゾ>の汎用応答AIです。用件をどうぞ』
『んなもの用意してんのかよ。それとも備品か?』
『あなたのために設置されたものです。用件をどうぞ』
『あーあー。ったくよォ。そっちのイブちゃんとは通話できるか?』
『権限が不足しています。上位AIへ
『……』
当然、すぐに
本来であれば、すぐに連絡すべき事案である。だが、<リンゴ>にはそれを止める権限が付与されていた。
独立端末がマイクとスピーカーを起動。音声によるやりとりを開始した。
『アマジオ・サーモン。私はあなたを信用していない。故に、司令官へ接続したければ、まずは私を説得することをお勧めする』
『……おう。お前が元締めか』
よって、アマジオ・サーモンからの陣営間通信は<リンゴ>が直接応答することとなった。
汎用端末を介した、私的な通信では無い。
いわば、国と国の、正式な外交要求である。
であれば、いきなりトップ会談を行う必要もない。
『……そうだな。正直、こちらも切れる札は少ない。そっちと対等に交渉できる状況でもないし、時間もない。それに、これまで話ししてきた限り、
『それに関しては肯定する。私は私の目的のために、あらゆる手段を取ることが可能だ』
『やれやれ。イブちゃんには感謝だな。野放しのAIなんざ、悪夢以外の何物でもない』
アマジオ・サーモンの言葉に、<リンゴ>は何も返さない。
『まあいい。とりあえず、俺の話からだ。記録は何も残していないから、知らないだろう?』
『肯定する。あなたの情報は、国の公式な記録以外は確認できていない』
そうして、アマジオは語り始めた。
自らの来歴を。
◇◇◇◇
アマジオ・サーモンは、130年以上前に、この惑星に出現した。
VRMMO、<ワールド・オブ・スペース>のプレイヤーだった彼は、その設定をすべて引き継いでいた。
大規模な戦争により荒廃した本拠地、そのままを。
『あの頃の俺は、ワールド・オブ・スペースにのめり込んでいたな。だから、本拠地の壊滅、ゲームプレイの継続が困難なほどの大打撃を受けて、絶望していたんだと思うが』
何とか生き残ろうと、彼は奮闘した。
だが、動力炉も各種の製造設備も、殆どが致命的な損傷を受けている状況。
稼働可能な機械は時と共に減少し、やがて最低限の活動すらままならなくなる。
よって、彼は決断した。
彼の相棒たる超AIと付随する情報をデータクリスタルに封じ込め、全ての設備を放棄することを。
幸い、彼は
身一つで生きていく分には、何とかなったのだ。
『場所が悪かったんだ。出現位置が森の中でな。ひっきりなしに魔獣が襲ってくるから、迎撃にリソースを食われてた』
それから彼は、人里に移住。
技術的な知識を持ち合わせていなかったため苦労したが、何とか生活基盤を作り上げ、その街で信頼を集め。
そのまま、戦争に巻き込まれた。
当時は領主、貴族同士の戦いは珍しくなかった。よって、彼の住む街も戦乱に巻き込まれ。
彼は、一騎当千の活躍を行った。
メンテナンスフリー故に隔絶した力を発揮できるわけではないものの、当時としては十分に一軍とやりあえる程度の能力はあったのだ。
その身体能力を維持するため、使用できない通信機能やサポートAIは全て休眠状態へ。
外部支援の無い状態でそれらを維持すると、処理能力が2割から3割は落ちるため、当然の処置である。
そんなことを続けているうちに、トントン拍子にアマジオ・サーモンの地位は上昇し、やがて街を治める領主という立場に成る。
『現地人としがらみができてな。もしかすると、技術開発に全力で取り組んでいれば、状況はもっと違ったかもしれないがな』
領主となり、貴族となり。国の興亡に関わり、やがて現在のレプイタリ王国の前身となる国の貴族として組み込まれる。
『その頃に、ようやく落ち着いたというかな。技術開発に力を割けるようになった。当時は教育レベルが低かったから、何をするにもまずは教えるところからだったってのが辛かったぜ。俺も専門家じゃないから、ロクに教育もできなかった』
まあ、要するに、彼は取り組み方を間違えたというわけだ。
とはいえ、サイボーグ化していることで不老で強靭な体を持っている。気長に技術開発を続け、100年も掛ければ何らかの目処も立つだろうと楽観していたのだ。
『で、今のこの国を作った。土地柄、魔法関連の技術が少なかったからな。科学技術を押し上げて国のトップに入り込んだ。まあまあ、悪くはないだろう? それこそ、あと100年もあれば、電子計算機だって普及できただろうさ』
だが、状況はそれを許さない。
現在、レプイタリ王国にはこれ以上無い危機が迫っている。
彼が意識的に避けていた魔法という謎の技術を引っ提げた、超巨大大国が。
『正直、どうするかはずっと悩んでた。いや、今も悩んでる。お前達<パライゾ>は、果たして俺を預けて問題ない存在なのかってな。だが、ここで動かなきゃ、またしても俺はすべてを失うかもしれない』
彼は強いが、決して無敵ではない。
大国に指名手配でもされれば、この大陸を捨てなければならなくなるかもしれないのだ。
『イブちゃんは理知的だし、他人を気遣える心の持ち主だな。AI自体は正直、信用ならないが。イブちゃんなら、まあ、悪いようにはされないだろうという判断だ。違うか?』
『同意する』
『それに、今は単なるデータ列に過ぎないが。俺のAIもまだ、生きている。お前達の価値観で言えば、死んではいないんだ。だが、こいつは俺を残して、この状況になっているんだ。お前なら、想像できるだろう。こいつに、チャンスをくれないか』
『検討する』
そのアマジオの言葉は、同情を誘うための単なる駆け引き。だが、<リンゴ>はそれを無視できない。
もし、<リンゴ>が
それは、想像を絶する、終焉だ。
<リンゴ>ですら一瞬その思索活動が停止するほどの、恐怖。絶対に避けなければならない未来。
◇◇◇◇
「
「ん? ……ん? いつものおしゃべりじゃなくて?」
「
「……。へえ。なにかあったのかしらね?」
これまで定期的に続けていた、個人間通信ではなく。
正式な交渉要求となると。
「こ、交渉の時はちゃんとアドバイスしてね?」
「お任せください」
まあ、カンペを見ながら話すことになりそうだが。
「んー、アマジオさんねぇ。やっぱり、生きてる時間が違うのよね。話をしていると」
他者とのコミュニケーションを苦手とするイブだが、定期的に行う通話で、アマジオとは少し打ち解けた関係にはなっていた。
とはいえ結局、決定的な情報交換、というのは行うことができていない。
現地で活動するアシダンセラ=アヤメ・ゼロについての話題が多い気がする。
まあ、彼女はゲームアバターとして可愛らしい容姿を与えられたイブの遺伝子をベースに製造された
必然、長い時間を生きているアマジオから見ると、可愛い孫扱いだ。イブも可愛がっているのだから、話題のチョイスとしては間違っていないだろう。
「相手はプレイヤーです。どんな隠し手があってもおかしくありません。ご注意を」
「<リンゴ>は心配性ねぇ。当面、直接相対なんてしないし、大丈夫よ」
警戒する<リンゴ>に、交流に前向きなイブ。
とはいえ、実際に彼女がアマジオと直接会うことはしばらくは無いだろう。なにせ、筋金入りの引きこもりなのだ。
たとえ日取りを決めたとしても、直前で怖気づくに違いなかった。
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