第151話 敗北

「ねえこれ、何が起こってるの?」


 彼女はリアルタイムに更新される勢力図を眺めながら、傍らの<リンゴ>にそう尋ねた。


はいイエス司令マム。いわゆる、内ゲバです。アフラーシア連合王国は、3王国が合併してできた国ですが、この3王国の王家がそれぞれ公爵となり、三大公爵の合議制によって議会を運営しています」


「何か聞いた気がするわねぇ……。今の話だけでも、ヤバそうな香りがプンプンするんだけど」


 表示されている勢力図は、わざわざ5色に塗り分けて表示されていた。


 1つは言わずもがな、<パライゾ>。

 もう1つは、一般市民や難民など。

 残りの3つが、各公爵の勢力らしい。


 そして、公爵の勢力間で騒動が発生しているようだった。


「ユバーデン公爵の擁する近衛騎士団は、城門防衛のために展開。メルカティア公爵の王都防衛軍は、公爵邸を中心に展開。そして、カルバーク公爵の私兵団は、近衛騎士団駐屯地に攻め入っていますね」


「……なんで?」


「最も脅威度の高いユバーデン公爵の排除を狙っているようです。<パライゾ>の侵攻は、近衛騎士団が抑えると判断し、防備の薄くなったユバーデン公爵本人の殺害を指示しています」


「え、あの多脚戦車の群れ、見てないのかしら。マジでなんとかできると思ってるの?」


「不明です。ただ、近衛騎士団の副長については、非常に能力が高い、との情報を得ています。何らかの、魔法的な技能を有していると思われますが、詳細は不明です。

 そして、この副長が現在、多脚戦車群と対峙する勢力を率いているようです」


 説明の最中にも、勢力図は更新されていく。カルバーク公爵の手勢が、近衛騎士団駐屯地へ侵入。一直線に、キングマークのアキライ・ユバーデン公爵に近付いていく。


「暗殺が成功してしまうと今後の統治に影響が出ますので、介入します」


 <リンゴ>の言葉と同時、空中待機させていた<パライゾ>のユニットが行動した。


「ドローンから砲撃。成功しました。突入口から多脚攻撃機を侵入させます。ターゲットの無力化を開始。成功しました」


 ついでに、それぞれの公爵も抑えることにする。

 上空に展開した輸送ドローンから、多脚攻撃機を射出。複数のユニットを連携させ、残りの2公爵を同時に攻略する。


「近衛騎士団と多脚戦車が接触。無力化を開始します」


◇◇◇◇


 アフラーシア王都は、比較的新しい都市である。

 成立から100年も経っておらず、従って王都そのものも歴史は浅い。


 三大公爵が治めているという性質上、王城に相当する城塞も3つに分かれていた。

 とはいえ、そもそもがそこまで発展している国ではない。

 おおよその円を描いて低い城壁があり、その内部が3分割されている。

 そして、その中心付近に、3つの屋敷が建てられていた。


 南側の敷地が、ユバーデン公爵。最も大きな城門を持っており、その守護を担当する近衛騎士団は連合王国最強と言われている。


 北東側の敷地が、メルカティア公爵。王都防衛軍を組織しており、王都全体の治安維持を行っているという名目で、様々な利権を暴力によって独占している。

 他公爵の敷地内の警備も、ある程度の納金によって実施している。こちらはさすがに大きな顔はできないため、比較的まともに警邏を行っているらしい。


 北西側の敷地が、カルバーク公爵。王都内最大の市場を管理しており、西側諸国との貿易も担当している。ただし、ここ数年は他国との貿易は先細りだ。

 自身の屋敷を警護する兵力以外は持っておらず、治安維持は専らメルカティア公爵に頼っている。

 逆に言うと、メルカティア公爵により城下町を占拠されているに等しい。

 とはいえ、経済面ではメルカティア公爵はカルバーク公爵に依存しており、互いに急所を握ったまま睨み合いを続けているような状況だった。


 そんな情勢の中、最も精強と思われていたユバーデン公爵の管理する大城門に、<パライゾ>配下の多脚戦車群が突入を行ったのである。

 これを受け、展開していた近衛騎士団は、戦闘状態に入る。先陣を切るのは、連合王国屈指の実力を持つ副長。


 そしてこれとほぼ同時、ユバーデン公爵がカルバーク公爵に襲われたため、<パライゾ>は王都に存在する各戦力に対して同時多発的に襲撃を開始したのである。


◇◇◇◇


 正門に展開した多脚戦車は、硬質ゴム製の棍棒を両の作業腕に持ちつつ、鎮圧用の非殺傷弾をレールガンから撃ち出した。ゴム製の弾頭は、当たりどころが悪ければ死傷しかねない威力を持っているが、通常の人間相手であれば<ザ・ツリー>製の戦術AIがミスをすることなどありえない。

 的確に武器や装備を狙い、次々と無力化していく。


「――オラアァッ!!」


 ただ、全てが計算通り、とはいかなかった。

 一部の騎士がゴム弾頭を切り払いつつ、多脚戦車へ肉薄する。

 戦術AIは即座に、規定行動を切り替えた。


 両腕の棍棒を巧みに操り、突撃してきた騎士の剣を巻き上げ、そして頭部に衝撃を与えて昏倒させる。

 前線を張る複数の多脚戦車に、近衛騎士達は突撃を続ける。その騎士たちを倒しつつ、多脚戦車群も前進し。


「ぬぅん!!」


 打ち下ろされた非殺傷棍棒が、1人の騎士によって斬り飛ばされた。


「続けッ!!」

「おうッ!!」


 多脚戦車は即座に棍棒を手放し、その場を飛び退る。

 問題の騎士が振り下ろした剣は空を切り、そのまま地面を吹き飛ばした。


 その空隙に、男の後ろに付き従っていた騎士数人が走り込む。

 どうやら、彼らは精鋭部隊らしい。フォローに入った別の多脚戦車からの一撃を盾で防ぎ、あまつさえ反撃まで加えている。


「――カァッ!!」


 一喝。


 近衛騎士団、副長の座に就くその男は、後に<リンゴ>が解析不能、と匙を投げた能力を使用し、多脚戦車に迫った。


 あまりの踏み込みの強さに、地面が爆発する。しかし、男の足裏はしっかりと地面を掴み、その体を超加速させた。


 速い。


 多脚戦車の作業腕が振るわれるが、男の動きについていけない。作業腕の制御に使用されているアクチュエーターの反応速度を、その加速力が上回っているのだ。

 男は作業腕を掻い潜り、横から撃ち込まれたゴム弾を左手の盾でいなし、多脚戦車に肉薄。その速度のまま、衝撃波すら伴う速さで、右手の騎士剣を下から上へ振り抜いた。


 その刀身は、バターを切るように多脚戦車の前面装甲を斬り裂く。

 さらに、刀身の延長上に不可視の斬撃を生み、多脚戦車の3分の1程度までを縦に切り開いた。


 いくら超技術で製造された機械とはいえ、さすがにそこまで破壊されれば動作不良を起こす。幸い、中枢に設置された頭脳装置ブレイン・ユニットまでは物理的破壊は及ばなかったものの、一部の回路に致命的な不具合が発生、多脚戦車全体の制御基板がシャットダウンする。


 僅かに仰け反った体勢のまま、多脚戦車が擱座した。


「ひとぉつ!!」


 近衛騎士団は、多大な落伍者を出しつつ多脚戦車1台を破壊。攻撃の要となる副長、および彼の周囲を固める精鋭集団は、多脚戦車群の中心に、楔となって突き刺さった。


 こうなると、多脚戦車のその巨体が仇となる。

 距離を取ろうと周囲の多脚戦車が移動するが、その間隔には物理的な制約がある。結果、瞬間的に移動できる距離はあまりなく、副長の踏み込み速度を超えることはできなかった。


「ふたぁ――ッつっ!!」


 横に振るわれたその剣が、不可視の斬撃がさらに1台を切り裂いた。

 作業腕と片側の脚を全て切り落とされ、胴体深くまで深刻なダメージを負った多脚戦車は、自身の移動の勢いを制御しきれずそのままひっくり返り、動作を停止。


 そして、近衛騎士団精鋭部隊である1番隊の活躍は、そこまでだった。


 2台の多脚戦車を犠牲に体勢を整えた周囲の多脚戦車群は、射出電圧を上げたレールガンから、精密にタイミングを調整した非殺傷弾を連続射撃する。


 剣による切り払い、盾、鎧各部での防御まで計算された弾道で、音速に迫る速度で打ち出されたゴム弾頭が騎士達に殺到した。


 剣を使えば、引き戻しが間に合わない位置へ。

 盾で防げば、同時に守れない場所へ。

 グリーブで蹴り上げれば、その軸足へ。


 ゴム弾頭に滅多打ちにされた騎士達は、壊れたマネキンのような体勢で地面に転がる。


「――ああぁぁッ!!」


 だが、副長は耐えきった。

 異常な耐久力を持って、全身に打ち付けられたゴム弾の衝撃を受け流し、そして立ち上がり。


 男を目掛けて突入した3台の多脚戦車が、その6本の作業腕を巧みに操り、全ての抵抗をいなし、躱し、そして掴み取って持ち上げる。

 力の起点となる大地から足を離され、それでも男は自身を掴む作業腕に指を食い込ませ、


「――ッ!!!」


 作業腕から放たれた高電圧低電流の電気ショックにより、男は全身を痙攣させた。


 男が行動不能になったのを確認し、多脚攻撃機が、地面に転がる騎士達を金属ワイヤーで手早く拘束していく。



 こうして、アフラーシア王都正門の守備部隊は全滅し、全員が捕虜となった。

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