第168話 椅子に座る少女

 円卓に、今回の協議の参加者たちが座っている。

 円卓は、即ち全員の立場が同じであると示すもの。出入り口からの距離などの問題もあるため、部屋の4方にも出入り口は用意されている。


 だが、その正面。


 正面の椅子だけは、明らかに造りが違った。


 そこは、この場の最高位が座る場所。円卓であるにも関わらず、そこだけは美しく彩られていた。華美というほどではなく、しかし明らかに質が良く、そして何より、背が高い。座面も高いが。


 かたり、と軽い音がした後、無音で扉が開く。


 現れたのは、支配者である少女と、その護衛達。


 <パライゾ>軍の指揮官を務める、アハト=リンゴ、そしてフィルツィヒ=リンゴ。

 そして、その護衛を務める6人の少女たち。


「待たせた」


 鈴の鳴るような、可憐な声が響く。


 少女はすたすたと歩き、自身のために用意された椅子によじ登る。


 参加者達の幾人かは、その姿を見て微妙に表情を綻ばせていた。そんな場ではないと分かっていたので我慢はしたのだろうが、隠しきれていなかった。


 まあ、それはさておき。


 (座面の)高い椅子に収まった狐耳の少女、アハト=リンゴは、参加者たちを睥睨する。


「それでは早速だが、アフラーシア連合王国と、あなた方周辺国家との貿易交渉を始めよう。改めて言うが、基本的に、我々とあなた方の立場は対等だ。あなた方が所属する国家による優劣も、基本的には存在しないものとする」


 その宣言は、とても平等で、故にとてつもなく傲慢であった。


「我々はあなた方と共に、この場で決まった条件で、すべての国家と取引を行う。条件に特記事項を付けたければ、それをこの場で提案し、この場で決めること。我々との秘密条約は認めないし、どんな提案であっても、全て拒否する。よろしいか」


「疑義がある場合は、手を挙げて発言しなさい。つまらない賄賂など、考えないようにね?」


 アハトの右後ろに佇むフィルツィヒが、相変わらずの毒舌で釘を刺す。


「フィルツィヒ」


「あら、ごめんなさい」


 そんな心温まるジャブのやり取りを、アハトはため息で終わらせ。


「では、交渉を始めよう」


 <パライゾ>は、七カ国貿易会議の開始を宣言した。


◇◇◇◇


「……それでは、アハト殿は塩の輸入は不要と仰っしゃられるのか」


「解釈によるが。必需品としての塩の貿易は不要である。必要量は全て賄えている。今現在も、そしてこれからも。ただ、嗜好品としての輸入を拒否するものではない」


 まずは、これまで、アフラーシア連合王国が他国からの輸入に頼っていた塩についての話し合いが始まった。


 周辺国家の塩の主要産出国は、海岸に接しているソルティア商国である。海辺に広範囲の製塩設備を有し、その貿易により大きな利益を得ている国だ。

 そして、アフラーシア連合王国の手綱を握るため、安価で質の良い塩を大量に販売して製塩事業を軒並み潰すという戦略を大々的に実行した国でもある。


 もちろん、他の国はそれにしっかり対応しており、国内の製塩事業を支援するか、あるいは他国との塩の取引を継続することで対応しているのだが。

 アフラーシア連合王国は、残念ながら抗いきれなかったのである。


「ああ、一応、塩については現物もお見せしよう。……。さて、味わっていただきたい。見ての通り、純度の高い塩だ。余計な混じり物がない分、刺激が強いという特性がある。料理に入れるにはいいが、肉などに振りかけて使うには、些か尖っている。そういう意味では、貴国らの準備する塩とは全く異なるな」


 純白の塩の山を見て、そしてそれを味わい、参加者たちは唸った。

 製塩技術は、間違いなく最高だろう。自国のそれとは明らかに異なる。


 例えこれがこの場の見世物用であり、一般に流通するものと異なるとしても。

 この場に、これだけの純度の塩が出てくると言うだけで、ただただ脅威であった。


「我々も、これを嗜好品として輸出する準備はある。ただ、こちらから輸出する量は制限を設ける。配分は各国で決めていただきたい。個別の交渉は受け付けない」


 アハトは終始、会議の手綱を握り続けた。

 さらりとアドバイスをすることもあり、敵意もうまく調整していく。


 この場は、完全に彼女の手のひらの上であった。


 この後、いくつかの貿易品目が設定される。


 アフラーシア連合王国、すなわち<パライゾ>から提供するのは、燃石、銑鉄、鋼鉄、青銅。

 各国は、小麦、各種スパイス、塩、砂糖、各種家畜など。


 鉄工業が盛んなアイロニア王国などは難色を示すも、そもそも量が限定的のため押し込まれた形だ。

 逆に、アイロニア王国以外は、金属の輸入先が増えることを歓迎している。


 周辺国家で最大規模を誇る麦の国ヴァイツェンラントは、麦の輸出を押し込むことに成功。<パライゾ>側は、生産体制が整っていないためその繋ぎとして輸入を継続することとした。

 とはいえ、国家間の繋がりを保つためにも、小麦の輸入は当面の間継続することになるだろうが。


 その他、嗜好品として乾燥スパイスやハーブ類、それらを利用した加工食品。

 生きた家畜や、野菜なども品目として上がっている。

 綿糸や織物も、各国から継続して入手を続ける。


 これらは、アフラーシア連合王国内の生活の質向上に利用する予定だ。

 <パライゾ>としてある程度供給は可能だが、すべてを提供する必要もないという判断である。交易で手に入るなら、それでよしとするのだ。


 一方、アフラーシア連合王国からは主たる対価として燃石を輸出する。

 これは、レプイタリ王国へ輸出する分の製造に伴い発生する屑石である。

 屑石とは言え、適切に加工すれば相応のものに変換は可能なのだが、輸出用にある一定品質以下をわざわざより分けているのだ。


 今回、これを貿易の目玉として放出する。


 屑石、と言いつつ、周辺国家が盗掘していた燃石と変わらない品質はある。採掘技術が未熟だった影響で、元々その程度しか産出されていなかったのだ。


 燃石は、主に対レプイタリ王国との貿易で、高レートで取引に利用できる戦略物資だ。各国内での利用は、これから増えていくことになるのだろう。


「当面は物納だが、今後は紙幣の利用を進めていく想定である」


 そして、貿易といえば物々交換か、あるいは貴金属、宝石との交換が基本だ。

 それを、アフラーシア連合王国内で、紙幣による取引を認めようとしている。


 当然、その他の国家は技術力の問題で、価値を持たせられる紙幣の製造は不可能である。

 <パライゾ>は、その紙幣を供給しようと言っているのだ。


「我々の発行する紙幣は、その額面の燃石との交換を常に受け付ける。取引レートは定期的に見直すことになるが、一方的に押し付けることはないため安心してほしい」


「よろしいか」


「発言を許可する、ヴァイツェンラント大使」


「ありがとう。紙幣という概念は私も理解しているつもりだが、その扱いや、偽造の対策などはどう考えられているのか」


 さすがに大国だけあり、麦の国の大使は、紙幣を運用する問題点についてもある程度理解しているらしい。


「ふむ。紙幣の信頼性ということだな。我々が発行する紙幣は、あくまで換金対象、この場合は燃石との交換だが、それを行えるのは我々だけであり、それ以外は一切認めない。とはいえ、我々としては、適切な手続きをもって適切なレートで燃石との交換に応じるのみであり、それ以外の取引については関知しない」


 そして、各大使に<パライゾ>製の紙幣の見本が配られる。


「見ての通りだ。拡大鏡を使って確認してもらおう。我々の発行する紙幣は、見ての通り、微細な装飾と数字を各所に埋め込んでいる。発行番号は全て、1枚1枚異なるものだ。これを、我々は大量に発行することができる。

 あなた方の技術では、複製は不可能だ。

 そして、我々であれば、偽造を偽造と見抜くことは造作もない」


 実際にその紙幣を確認し、出席者は唸り声を上げる。

 全く同じ大きさに切りそろえられた紙幣。何枚見ても、全く同じ模様が印刷されている。

 ただの紙であるのに、凹凸による装飾まで彫り込まれている。しかも、少々こすった程度では削れもしない。


 これ単体でも、美術的価値は計り知れないだろう。


「燃石との物々交換か、あるいは紙幣の受け取りかは、取引毎に決定するものとする。異論は?」


「……」


 そうして、アフラーシア連合王国とその周辺国家に、紙幣経済という種がばら撒かれる。

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