第177話 バックパッカー

「ここが拠点……」


 トラックの荷台から降り、ナディラは思わず呟いた。


 ここは、多くの冒険者達が魔の森へ入るために使っていた野営地だ。

 だが、今は、<パライゾ>の手により立派な前線基地に変貌している。


 既に早くにここに辿り着いていた冒険者のパーティーは、それぞれ固まって食事をしたり作戦会議をしたりしている。


「おいおい、マジかよ。マジでこんな砦を作っちまったのか」


 続いて、レイダスがそうぼやいた。

 同じく、グラヴァーはひゅう、と口笛を鳴らす。


「すごいな、なんだこれは。柵は鉄か? おいおい、レイダス見てみろ、あの屋根の天井、ガラスが嵌ってないか? どんだけだ!」


 採集家であるグラヴァーは、真っ先に建材に興味を持ったようだ。自分の荷物を背負うと、そのまま大屋根に走っていってしまった。


「今日はここで、残りの人員との顔合わせと、装備の確認を行う。出発は、特に問題なければ明日、明るくなってからだ。数字は読めるな。あそこに時計がある。そうだな、12時にあちらの大屋根の下に集まろう。それまでは好きにしてもらって構わない。それと、集まった後に食事は出すので、わざわざ買う必要はない」


「分かった。サルファレアスさん、ここは色々と見て回ってもいいのか?」


「構わない。何かあれば、<パライゾ>の人員に聞いてほしい。では」


 アルファ・サルファレアス=コスモスは必要事項を伝達し、踵を返す。特に用は無いが、何か仕事をしているフリはした方が良い、という判断だ。


 もちろんそんな事情を知らないレイダス、ナディラは、忙しいのだな、という感想のみを抱き、自分達は早速前線基地の見学を始める。


「時計があるわね。ちょっと勿体ないかも」


「……どうだろうな。<パライゾ>の連中にとっては、大したものではないのかもしれないぜ。なにせ、あんな大量にゴーレムを動かしてたんだ。時計だって大量に持っててもおかしくないだろ」


「……言われてみれば、そうね。はあ、<パライゾ>って凄いわねぇ……」


 後進国であるアフラーシア連合王国であっても、街に1つは時計台くらいはある。ノースエンドシティにも、いくつか存在したはずだ。

 しかし、その時計という機構は非常に複雑精緻であり、おいそれと作れないものである、という知識は彼らも持っていた。


 故に、前線基地のど真ん中に建てられた時計塔自体は受け入れられるものの、そんな高価なものを前線にポンと建てている<パライゾ>に対し、改めて畏怖の念を抱いたのだ。


 人間、よく知らないものよりも、よく知っているもののほうが理解が早いという典型である。


「とりあえず商店に行ってみようぜ。何が売ってるかは把握しておきたい」


「そうね。値段にもよるけど、ここで手に入るならわざわざ街で買って持ってくる必要はないものね」


 こうして、2人も足取り軽く雑貨屋に駆け込んだのだった。


 なお、3人揃って時間に遅刻した。


「いや、本当に申し訳ない……。珍しいものばかりでな。つい……」

「ごめんなさい……」

「すまなかった。反省している」


「いや、好奇心を持つということは理解している。許容範囲内だ」


 しおしおになって謝る3人を、サルファレアスは一言で許した。

 実際、特に問題はない。今日の予定はあと数時間で終わるだろうし、残りは自由時間なのだ。


 時間を指定したのは、昼食を共に取るという経験共有を行いたかっただけだ。


 人間は、食事を共にするだけで連帯感が高まる、というデータがある。これから長い時間をともに過ごす相手であるため、こういった積み重ねを行う必要があるのだ。


豚肉とポーク野菜をパンで・サラダ・挟んだものサンドパンだ。飲み物は、果汁を炭酸水で割ったもの。アルコールは置く予定はない」


「すげえな……。新鮮な野菜が食べられるのか。これを食堂で出すのか?」


「その予定だ。折角なので、忌憚のない意見も貰いたい。今日の予定は、あとは装備の確認だけだ。遠慮なく食べてもらって構わない。ただ、先に自己紹介だけは済ませてもらいたいが」


 大屋根の下の一角に、6名の人員が揃っている。


 <パライゾ>側から、先遣隊の3名。そして、冒険者パーティーの3名。


 この6名が、<パライゾ>による魔の森調査隊の第1陣である。


「私はクリサンサマム。クリスと呼んで欲しい」


 最初に口を開いたのは、ベータ・クリサンサマム=コスモス。彼女も、戦略AI<コスモス>の操る人形機械コミュニケーターだ。ベースは猿のようで、耳は人間と同じ場所だが上に尖っており、短い毛で覆われている。長い尻尾も持っており、器用に物を掴んだりもできる。


「私がアトロサンギニアス。アトロでいい」


 もう1人は、アルファ・アトロサンギニアス=コスモス。褐色の肌に、額の両側から飛び出す突起が特徴だ。彼女はトカゲのような爬虫類がベースになっている。突起は角のように見えるが、鱗が肥大化・硬質化したものだ。突起の周囲には、細かい鱗も生えている。尻尾は太く立派で、第三の足のように使えるが、クリスのそれのように器用に動かすことはできない。


「よろしく、クリスさん、アトロさん。俺がこのパーティーのリーダー、レイダスだ。行動中は斥候役をしている」


「私はナディラよ。このパーティーの攻撃役をしているわ。よろしくね」


「グラヴァーだ。こんななりだが、採集家だ。お手柔らかに頼む」


「改めて、サルファレアスだ。私もサルファと呼んでもらって構わない。このチームのリーダー役だ」


 アルファ・サルファレアスは、自己紹介が済んだことを確認し、丸テーブルへの着席を促した。


「では、続きは食べながらにしよう。お代わりも言って欲しい」


「ああ、遠慮なく食べさせてもらうぜ。いやあ、うまそうだな!」


 実利を重視する冒険者らしく、3人は豪快にサンドパンにかぶりつく。味に問題は無さそうだ、と<コスモス>は判断し、人形機械コミュニケーターも食べ始めた。


 このあたりの行動は、<リンゴ>と司令官イブの攻防に若干のトラウマを植え付けられたものと思われる。<リンゴ>にリアルタイム監視されていないのが救いだろうか。ログだけの確認であれば、違和感は持たれないだろう。


「うまっ! 肉も野菜も新鮮じゃねーか!」


「パンもぜんぜん違うわね……。こう、うまく言えないけど、すごいわ!」


「程よい熟成の肉に、絶妙な塩加減。菜葉も新鮮で瑞々しいし、雑味もない。こんな僻地でこれほどの素材を……」


 やいのやいのと評価しながら、冒険者3人はモリモリと胃に詰め込んでいく。さすが体が資本の冒険者だ。テーブルに積んでいたサンドパンはみるみるうちに無くなっていく。


「追加でーす!」


 店員役の人形機械コミュニケーターが、大皿を追加した。具材は違うが、こちらもサンドパンである。

 店員役は鼠の獣人だ。

 <リンゴ>は、様々なパターンの遺伝子を持つ人形機械コミュニケーターを運用し、データを取ろうとしているらしい。<コスモス>配下には多様な形質を発現させたコミュニケーターが用意されているのだ。


「文句なしに美味しかったわ……毎食これでいいくらい……」


「街でも提供は可能だ。具材さえあれば誰でも作れるものでもある。交易も再開される。食生活はより豊かになるだろう」


 一行は食事の余韻に浸りつつ、仕事を再開する。

 各々の装備の確認だ。


「まず、初めに伝えておく。魔の森に入るにあたり、あそこにある多脚機械が同行する。それを踏まえて案内をお願いしたい」


 アルファ・サルファレアスがそう言って指さしたのは、敷地の隅に鎮座する多脚汎用機だ。

 全長3m、高さは1.3mほどか。


「<バックパッカー>。いくつか機能はあるが、要は荷物持ちだ。我々個人が携帯できる荷物の10倍は搭載可能だ。それを踏まえて、明日以降の計画を提案して欲しい」

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