第137話 襲撃者
「公開鍵の共有が完了しました。
「そう。…流石に緊張するわねぇ」
アマジオ・サーモンとの接触を持ったその日の夜。本人から指定された時間になったため、
無機質な呼び出し音が3回鳴った後、コン、と接続完了音が響く。
「こんばんは、アマジオ・シルバーヘッドさん。私が<パライゾ>の主、イブよ」
『ああ。よろしく。…
「
「<リンゴ>!! 名乗った名前が正しい名前なの!!」
「申し訳ありません、
<リンゴ>は平身低頭した。
「ごめんなさいね。…改めて、よろしく、アマジオさん。まさか、こんな形でプレイヤーと出会うことになるとは思っていなかったわ」
『そうだな。俺も、今更プレイヤーと接触できるとは思っていなかったよ…』
結局。
今回の通話では、決定的な情報は何も出ず、終始世間話が交わされた。
双方が相手を信用しておらず、トップ会談というわけでもなく、私的な会話だけで時間が過ぎたのだ。
『…あんたらとの協議は、当面は例の船上会議でやるよ。今日はこのくらいにしておこう』
「ええ。久々に、話の合う人間と会話できたわ。今後は状況によるけど、定期的に会話できるといいわね」
それでは、と、あっさりと通話が切れる。
「…うぅ、ふぁーー」
「お疲れ様でした、
接続が完全に切れたのを確認し、彼女は盛大に息を吐いて椅子に埋まった。
「か、会話って本当に難しいのね…」
元来、引きこもり気質の
「このまま続ければ、あまり気負わず話できるようになります。大丈夫です」
「カウンセラーか!」
<リンゴ>が冗談を挟む程度には、彼女は消耗していた。とはいえ、単なる会話の気疲れだ。
今のツッコミで多少気力を回復した
「よし。まあ、そうね。アマジオさんとの通話は、3日に1回…いえ、1週…2週間に1回くらいで…」
「毎日でもよいかと思いますが」
「無理!」
まあ、さすがに<リンゴ>の冗談である。メッセージを送り、ひとまず1週間に1回、通話をしないかと提案する。
「すぐに返答がありました。OKだそうです」
「思ったよりカジュアルねぇ」
丁寧な文章を送ったのだが、コミカルなOKスタンプがサッと返ってきたのである。何十年も生きている(と思われる)、おじいちゃんとはとても思えない。
「っていうか、年齢って実際、どうなのかしら。おじいちゃんとして接したほうがいいのかしら…」
「それも、次に聞いてみてはいかがですか?」
「…うぅ、ハードルが高い…」
引き篭もりコミュ障には荷が重いわ、とぼやき、彼女は肩を落とす。元々引き篭もり生活だった上、この世界に転移してからは完全に他人との接触を絶っている。
<リンゴ>や6姉妹達は、カウントに入れないほうがいいだろう。
そうすると、
「せめて、政治的に影響のない出会いが良かったわねぇ…」
アマジオはレプイタリ王国の重鎮であり、対する彼女は<パライゾ>の女王である。
実態はともあれ、少なくとも、建前上は。
「ていうか、私、男だったのよね。忘れてたけど。アマジオさんと話して思い出したけど」
「
そして、アマジオとの会話の中で思い出した、彼女の違和感。
自身の性別が変わっていたということを、今更実感していた。
「今まで、まーったく気にならなかったけど。他人と話すと、意識せざるを得ないわ…」
それは、相手の表情や声色の違和感から、自身の言葉、言い方まで。気になりだすと、どうしてもそこに意識が分散してしまい、それもストレスになっていたようである。
「うう、次回のことを考えると、気が休まらない…」
そして、結局その日はもんもんとした感情を抱えたままベッドに入り。
◇◇◇◇
これは福音か、あるいは破滅の鐘の音か。
アマジオ・サーモンは、屋敷のテラスから夜空を見上げる。
「今更なのか、ようやくなのか…」
胸元にぶら下がった
「随分と、時間が経っちまったなぁ…」
彼が、この世界で目覚めてから、何年が経っただろう。
最初は混乱し、そして落ち着いた後は必死になって生きてきた。
老いない体を恨んだこともあったが、それも思い出になってしまった。
「しかし、うまくやれば、こいつの再生も夢じゃなくなった」
必要なのは、科学力だ。
データを再生し、演算し、維持するエネルギーを生み出せる大型施設。
その実現に、手が掛かった。
「まあ、まずは友好関係を築かないと話にならんが」
あの<パライゾ>、そして今会話した「イブ」という女性。
船で会ったドライやフィーアらは何らかの機械人形と思われるが、裏には人間の影がある。なぜなら、手綱が切れた
「この国にも恩はあるから、無茶はできねえな」
彼も、曲がりなりにも大貴族、王族に次ぐ権力を持った公爵だ。程度問題はあれど、レプイタリ王国への貢献を行う意思はある。
それでも、彼のこれまでの人生を掛けてきた悲願、これを実現できるのであれば、多少の犠牲は厭わない。
「ま、そもそもその為に国取りに力を貸したんだからなぁ」
場合によっては、彼の
それによって、信頼を得られるならば。
あるいは、何らかの取引材料になるならば。
「いっそ、任せるって手もあるが…。…さすがに、分が悪いか」
相手の性格も把握できていない状態で、それを預ける気にはならなかった。一つの選択肢として検討はしてもいいが、最優先ではない。
「ひとまず、しばらくは交渉続きだな。向こうさんが何を考えてるのか、イマイチ見えねえのが不気味だが…。俺らとは根本的に、目指すところが違うんだろうなぁ…」
あれだけの船を作り、派遣可能な勢力が、こんな後進国に関心を持っている理由。
それが予想できれば、交渉もやりようがあるのだが。
「慈悲を願うしかできないってのも、辛いねぇ」
そうして、アマジオ・サーモンは踵を返し。
その背後から突き出された腕を後ろ手で掴み、ぐるり、と体を回した。
「……ッ!」
「おっと。声を出さねえか。偉い偉い」
テラスの床に襲撃者を押し付け、彼は薄っすらと笑う。
「俺をどうにかしたいなら、あと50人は連れてこいや」
そうすりゃ、掠り傷くらいなら付けられるかも知れんぞ?
アマジオ・サーモンの挑発に、押さえつけられた男は微かに呻く。
「誰の差し金かは知らんが…つーか、お前さんも知らされてないかも知れんがね。まったく、ちょっと引き篭もってる間に随分と舐められたもんだ」
ぐい、と取り押さえている腕に力を入れる。襲撃者は、それだけで意識を失った。
的確に血流を阻害され、脳内への酸素供給が阻害されたのだ。
「ったく。わざわざ衛兵呼ぶのも面倒なんだが…」
アマジオ・サーモンはぼやきながら、気絶した男を掴み、引き上げる。そのまま、部屋の外で護衛をしている兵士へ引き渡すのだ。
「つーかよう、これで警備の兵士も増員されるだろ? 全然落ち着かねえんだが…」
前回来たときは無理を言って兵を減らしてもらったのだが、今回は減らされないどころか、もっと数が増えるだろう。
いくらアマジオが強いからといって、護衛もなしでは沽券に関わる。それが、海軍の判断になるはずだ。
「クソめんどくせえ。どーせ老人会の誰かの暴走だろうが…。うん、潰すか。<パライゾ>の連中と仲良くするいいチャンスだしな。オーケーオーケー、そうしよう」
そして、レプイタリ王国は、大きな変革の時を迎えることになる。
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