第136話 もう一つの可能性
「翁殿が付いていただければ、百人力ですな」
「やめろ、こんないい男をつかまえて翁呼ばわりは無いだろう」
そんな軽口を叩きながら、彼らは船に揺られている。
目指すは、やや沖合に停泊している、いつもの純白の巨艦。
<パライゾ>から派遣された艦隊旗艦、パナスである。
「しかし、いきなりこんな若造が参加して大丈夫なものかね」
「ははは。見た目で舐められることはないので安心して下さい。何せ、彼女らはどう見ても少女ですからな。むしろ、アマジオ殿であれば、並んでいい絵になるでしょう」
1人は、レプイタリ王国海軍トップ、総提督アルバン・ブレイアス。そしてもう1人は、技術局統括大将、アマジオ・シルバーヘッド。
レプイタリ王国の頂点に立つ2人の男は、近付いてくるその戦艦を眺めながら会話を続ける。
「これまでの交渉録は目を通したが、正直、向こうさんの意図が読めねえな」
「ええ、そうなのです。我々としても、落とし所も見えないので正直困っているのです。その割に、細かい決まりなどはすんなり決まったりもする。これまでの常識が、全く通じません」
そして、先日の陸軍大佐の大失態。外交部は、前例のない対応に四苦八苦しているというわけだ。
「しかし、あの勇猛果敢な陸軍も、見る影もないな」
「嘆かわしいことです。もう、当時参戦していた人員はほとんど残っていませんし、上層部は完全に入れ替わっています。目も当てられない、とはこのことですな。まあ、いい機会だと思って手を入れるつもりではありますが」
「そうか、まあうまくやれ。俺は金輪際、関わるつもりはないからな」
「分かっていますとも。ただ、船に関することは是非、首を突っ込んでもらいたいのですがね」
総提督の言葉に、男は肩を竦めた。
政治闘争は懲り懲りだ、ということだろう。
「さて、見えて参りましたな」
「昨日、港から少し観察したがな。あんたらの言うことが理解できたよ」
海に浮かぶ、純白の艦隊。
それを眺めながら、男は呟く。
「発展の方向にも依るが、恐らく、俺達とは100年以上の技術格差がある。下手をすると、200年以上。当然、10年20年で埋められるものでもない。そして、俺たちが進歩すれば、相応にあいつらも進歩する」
「貴方から見ても、ですか。やはり、武力で抗うのは無謀ですな…」
洗練された船体であり、移動時にも水蒸気が観察できず、動力音も小さい。
あの船が科学力で製造されているのであれば、動力は電気式だろう。このあたりは、技術者によりある程度予想されていた。電気動力には無限の可能性がある、とはシルバーヘッド公爵の言葉ではあるが。
「とはいえ、純粋な科学だけなのか、魔法技術を併用しているのかまでは分からんが」
「我々は魔法技術に関しては完全に後進国ですからな。
「燃石の産出まで押さえられれば、色々と交渉も可能だがな。まあ、その問題も聞いてはいるが、俺はそこまで手は出さんぞ」
「分かっております。たまに愚痴でも聞いていただければ十分ですよ」
「いや、それも嫌なんだが…」
そうこうする内に、彼らの乗る船は<パライゾ>艦隊に近付いていた。
「…船体の継ぎ目もないし、金属製だとは思うが、どうやって作ったのか…。凹凸もないな…」
間近に迫ったヘッジホッグ級の船体を見上げ、男はぼそりと呟いた。
それもそのはず。
ブロック工法とはいえ、大型
また、厳密に制御された加熱振動、電磁干渉により、組成を変えずに原子間力によって部材同士の接合が行われている。
見た目も、結合力も、一体成型と遜色ない仕上がりなのだ。
「アマジオ殿。見えているとは思いますが、あちらが旗艦パナスです。我が軍の最新鋭戦艦の、1.5倍を超える大きさです。それだけでも脅威ですが、実弾演習では加速力、最高速、集弾率、装填速度、砲弾威力、どれをとっても我々は周回遅れです。そもそも、全力を見せているとも思えませんので」
「ああ、報告書は確認した。まあ、書いてある内容が事実であれば、至近距離の殴り合いでも無い限り、こちらが一方的に撃たれて終わりだろう。友好的接触が出来てよかったなぁ」
しみじみと、男はそう言った。
そうして、いつものように旗艦パナスの舷側に、タラップが降ろされる。
タラップの最下段には、珍しく、
「ようこそ、パナスへ」
出迎えに出てきたのは、フィーアと護衛兵の3人。
手早くタラップへ舫綱を結び付けると、アルバン・ブレイアス、アマジオ・シルバーヘッドがまず飛び移った。
「…わざわざ出迎えありがとう、フィーア殿。ああ、こちらが昨日伝えた、我が国の4公爵の1人だ」
「よろしくお願いする、フィーア・リンゴ殿。レプイタリ王国永代公爵、アマジオ・シルバーヘッドだ。海軍では、技術局統括大将の地位に就いている」
その自己紹介に、フィーアは軽く頷くと、じっとアマジオの顔を見つめた。
「…? 何か?」
「…いや。問題ない。では、会談の前に、アマジオ殿に軽く案内させていただこう。ドライも上で待たせていただいている」
カンカン、と軽い音を立てながら、フィーアと護衛兵はタラップを上っていく。
それに続き、アルバン・ブレイアス、アマジオ・シルバーヘッドも階段に足を掛け。
「…ぬっ!?」
アマジオが、体を仰け反らせた。
「アマジオ殿!?」
先に進んでいたアルバン・ブレイアスが、慌てて振り返る。当然、自身には何の違和感も感じていない。隣のアマジオが、突然後ろに下がったのだ。
「な…。…まさ、まさか…」
愕然とした表情で、彼は、先を行くフィーアを見上げた。
フィーアは足を止め、アマジオを見下ろしている。
「
「……。…ああ。可能、だ。諸事情で、直接通話は、できない。
「問題ない。併せて渡そう。…お待たせした、ひとまず上へ。案内しよう」
「……」
急に始まった両者のやり取りを、アルバン・ブレイアスはぽかんとした表情で眺めていた。
「アマジオ殿…? <パライゾ>、と、何か繋がりが…?」
「……。…いいや。会うのは初めてだ、間違いなく」
アマジオは頭を振り、改めて階段に足を掛けた。今度は、問題なくその足を進める。
「アルバン、問題はないよ。今回の交渉事とは、直接関係ない。詳しくは後日話そう。今日は、今日の仕事をするんだ」
◇◇◇◇
「
「……。…ん? ごめんもう1回言って?」
<リンゴ>からの報告に、
「アマジオ・シルバーヘッドです。恐らく、何らかの身体能力拡張者です。科学的手法により、情報処理能力や筋力、頑強性を向上させていると考えられます」
「え…。つまり、…サイボーグ?」
「
つまり、この世界に<ザ・ツリー>以外の何らかの超技術勢力が存在する可能性がある、ということでもある。
「いくつかの
「え…と…。つまり…?」
「
それは、彼女にとっては、青天の霹靂であった。
自分以外の転移者が、この世界に存在する、という可能性。
そして当然、その脅威は、<リンゴ>は彼女以上に感じていた。
「これまでの調査結果から、高度技術を用いる勢力は確認されていません。しかし、それが隠蔽されたものである可能性が高くなりました。我々は活動を隠していませんので、情報が相手勢力に漏洩していることは十分に考えられます」
「…んー、どうかしらね? ねえ<リンゴ>、今回のこの遭遇は、意図的なものかしら? それとも、偶発的なものかしら?」
「状況から推測すると、偶発的な可能性が非常に高いです。このような接触を図る合理的な理由がありません」
<リンゴ>は、未知の事象に対する反応が、とても極端である、と。
だからこそ、自分が手綱を握らなければならない。放っておくと、そのまま世界征服を始めかねないのだ。
「であれば、相手は勢力を保てていない。あるいは、既に活動停止している可能性のほうが高いのではないかしら? 私達だって、資源が枯渇すれば何も出来ないのよ。この<ザ・ツリー>が停止すれば、私は身一つで生きていくしかなくなるわ。そして、相手がそうなっているとしたら」
「
「そうしてちょうだい」
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