第138話 コンテナ

 アマジオ・シルバーヘッドとアルバン・ブレイアスの参加により、貿易交渉は一気に進み始めた。

 特に、アマジオの存在が大きい。


 <パライゾ>側から提示する条件や政治概念をある程度汲み取ってくれるうえ、レプイタリ王国側への説明や調整までも請け負ってくれるのだ。

 特に、金本位制の問題の理解と、手形の概念の伝達については予定を上回る早さで完了した。


「しかし、ドライさん。手形を出してくるって事は、大きな取引でもやるつもりか?」


 そしてそれは、当然の疑問に繋がる。

 今、<パライゾ>から提示されている交易品目では、彼女らが問題視するほどの貿易規模にはならない筈なのだ。


「話が早い。本来、この話は貿易開始後に進める予定だった」


 そうして、現地戦略AIはあっさりと、それを認める。

 アマジオ・シルバーヘッドの存在により、交渉戦略を大きく変更することになったのだ。


「我々は、貴方がたが欲しているものを知っている。慎重に進めるつもりだったが、この参加者であれば、まだこの場で留めることができるだろう」


 最も恐れていたのが、余計な情報漏洩による国内の混乱だ。

 多数の独立意思が入り乱れる混乱は、資源輸出体制を早く整えてほしい<パライゾ>としては、絶対に避けたかったのである。


「先に言っておこう。我々が欲しているのは、資源。特に、金属鉱石を求めている」


「…ほう」


 その宣言に、その場の全員が体を硬くする。

 レプイタリ王国側の認識として、金属資源は戦略物資だ。それも、出来れば国内で消費したい類のものである。


「無論、これをいきなり大量に要求することはないし、対価も十分に用意する。しかし、目指す量は膨大であり、今のあなた方には用意できない」


「む、そうかね? 自慢ではないが、我が国の鉄鋼生産量は群を抜いて高いが」


「最低でも、年間1000万トン。あなた方の単位であれば、約373万VARCAバルカ。鉄鉱石だけで、これ以上の取引を行いたい」


「さ、373万Vバルカ…」


 聞いたこともない数字を出され、レプイタリ王国側は動揺する。もっとも、アマジオ・シルバーヘッドは表情を変えなかったが。


「…で。あんたらは、その取引を行えるほどの対価を準備できる、と?」

「できる」


 無論、金貨で払う、などと言い出すことはないと、全員が理解していた。


「お見せしよう。サンプルとして、この船にも積んでいる」



 甲板上の会談会場の後ろは、船内格納庫からの直通エレベーターになっている。現在、そこから一つのコンテナが搬出されてきていた。


「…エレベーターか。つくづく嫌になるねぇ…」


 思わず、といった風にアマジオ・シルバーヘッドがぼやいた。技術力の差に、ため息しか出ないのだろう。

 滑らかな駆動音を響かせながら、コンテナがせり上がる。床面が固定され、同時にコンテナの側面が折り畳まれながら持ち上がった。


「あなた方の技術発展方向からすれば、蒸気駆動の昇降機であれば製造可能だろう。ピストン動作であれば低速駆動も比較的簡易に実現できる。試してみるといい」


「…検討しましょう」


 さらりと技術的方向性を与えられ、技術局少佐、パリアード・アミナスは肩を落としながらそう応える。蒸気機関については研究途上であり、様々なアイデアが思考されている状況だ。

 ただし、燃石トーン・マグが値上がりしており、十分な実験を行うことができないというのが実情である。


 そこに、研究開発の方向性を与えられるというのはありがたい話ではあるが、研究者としては忸怩たる思いだろう。


「さあ。こちらが、我ら<パライゾ>が提供する主力製品である」


 ドライの言葉に合わせ、ゼヒツェンが格子状に区切られたコンテナ内部の取っ手の一つを掴み、がらりと引き出した。

 コンテナ内部は引き出し式の収納として設計されており、手作業でも取り出しできる作りになっている。


「どうぞ」


 その中に整然と並べられている長方形のブロックを、ゼヒツェンは取り出した。

 大きさを12cm×12cm×46cmに揃えられた、暗褐色の鉱石。


 それを両手で抱え、ゼヒツェンはレプイタリ王国の重鎮の前に進み出た。


「む…。…これは」


 見た目は、綺麗に切り揃えられただけの石である。

 だが、この場に居るはレプイタリ王国のトップエリート達だ。


 最初は訝しげだった表情が、やがて驚愕に変わる。


「ま…まさか、まさか…」


 総提督、アルバン・ブレイアスはふらり、とゼヒツェンに近付いた。


「…触っても?」

「問題ない」


 ゼヒツェンがうなずくのを確認し、アルバン・ブレイアスはそっと、彼女の抱えるその鉱石に手を触れた。


 その手のひらに伝わるのは、硬い鉱石の感触と、ほのかな熱。

 暗褐色という見た目、熱を帯びた特性。


 その通りのものであれば、それは現在、レプイタリ王国が喉から手が出るほどに欲している戦略物資。


 燃石トーン・マグの塊であった。



「…マジかよ」


 ぼそり、とアマジオ・シルバーヘッドが言葉を漏らした。


「おいおい…。ドライさん、もしかして、そのコンテナの中身は」

「肯定する、アマジオ殿。このコンテナの中身は、燃石である。全て、こちらのサイズで揃えてある」


 そう応えると、ドライは踵を返し、コンテナに近付いた。

 そして、自身の手で、別の引き出しを引く。


「このケースの中に、24本の燃石ブロックを収納している。見ての通り、引き出しは5行掛ける24列。これが両面にある。

 燃石ブロックは、あなた方の単位で、8.51CシルFファー×8.51CF×34.0CF、重量4.9433TタルRログン

 つまり、コンテナ1個につき、燃石は約26.99Vバルカの量がある」


「……」


 さすがのアマジオ・シルバーヘッドも、その説明に沈黙した。

 26.99V、<パライゾ>で言う72.33tトンだ。この量を、現在は約1週間掛けて採掘しているのだが、これはレプイタリ王国の年間購入量を余裕で超える量だった。


 更に、燃石そのものの品質によって、その有用性は変わってくる。

 特に、結晶の大きさは熱量、持続性に直結し、同じ重さでも砂状のものと結晶では性能が全く異なるのだ。


 故に、提示された燃石が見た目通りのものであるのならば、その価値は計り知れない。


 あまりのインパクトに、レプイタリ王国側の全員が、完全に沈黙していた。

 苦労して輸入している燃石1年分が、目の前に置かれているのだ。


 それも、信じられないほど高純度の塊に揃えられて。

 その価値は、下手をすると数十倍に膨れかねない。


「あなた方に売る予定の燃石は、全てこの規格に揃える。この形状になるのはこちらの都合であるため、基本的に要望は受け付けない」


 更に、ドライは爆弾を投げ入れる。

 <パライゾ>から購入する限り、燃石は同じ大きさの結晶として入手できるということだ。当然、それは工業的な意味で非常に有用である。

 現在は大小様々な燃石の結晶を一律に利用するため、燃石の圧縮発火装置は容積、重量ともに嵩んでいる。それを小型化できる可能性があるのだ。


「知っているかもしれないが、燃石は水中であれば、加工可能だ。大きすぎるということであれば、楔を打ち込むことで簡単に砕くことができる」


 これを砕くなんてとんでもない。そんな顔をしているレプイタリ王国参加者達だったが、アマジオ・シルバーヘッドだけは、自身の動揺を抑えたようだった。


「…なるほど、なるほど。…こいつは確かに、おいそれと見せられるものではないな…」


 大きくため息を吐き、コンテナへ近付く。その行動にようやく我に返ったのか、その他の面子も慌ててアマジオ・シルバーヘッドの後を追った。


「見た所、確かに全て、燃石だな。…全く、とんでもないものを出してきたな、ドライさんよ。こいつの取引は、確かに、ウチの金貨を利用するわけにはいかないな。だが、手形であれば支払い期限にも余裕ができるし、何なら現物と交換も可能だ」


 アマジオ・シルバーヘッドの言葉に、レプイタリ王国の面々はようやく理解が及んだようだった。確かに、このコンテナ1つを買うことで年間予算が吹っ飛ぶとなると、さすがに交易しにくいだろう。

 だが、手形で支払い猶予を持たせるとともに、<パライゾ>が望む別の交易品の購入代金として手形を引き取れば、貨幣を介したやり取りも不要になるのだ。



 こうして、レプイタリ王国と<パライゾ>との交易交渉は、アマジオ・シルバーヘッドの登場とともに大きく前進を始めたのだった。

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