第202話 閑話(とある防衛線)

 胡蝶ソウルバタフライの群れが、近付いてくる。


「隊長、目標の群れを視認しました!」


「よし。全てが射程内に入った後に、攻撃を開始する。くれぐれも早まるなよ」


「了解しました!」


 現在、森の国レブレスタの防衛軍は前線を下げ、部隊の再編成を行っている。


 ソウルバタフライは魔物だが、積極的に人間を襲ってくる種ではない。

 そのため、前線の再構築は、比較的時間を掛けて行うことが出来ていた。


「対象は14体。ほぼまとまって移動中です。恐らく、メス個体を中心とした生殖グループ」


「であれば、女王を最後まで残す必要があるか。射手に伝えろ、女王はメインディッシュだ」


「了解!」


 指揮官が方針を伝えている間にも、ソウルバタフライは距離を詰めてくる。

 狙いは、この都市のホットスポットだろう。


 魔素の噴出量が多く、範囲も広い。

 そんな場所だからこそ、この地方の中心都市として発展してきたのだ。

 ソウルバタフライから見れば、絶好の産卵場所だろう。


「先頭の個体が射程圏内に侵入、おそらく女王個体です」


「よし、纏まっているな……。何とかなりそうか」


 そして、最後尾が射程内に収まった。


「狙い、よし! 距離、よし! 攻撃開始ィ!」


「攻撃開始ー!」


 見た目は、横置きにした巨大な弓。即ち、弩砲バリスタ

 射手は慎重に狙いを定め、引き金を引いた。


 弦が弾ける音とともに、腕よりも太い投擲体ボルトが撃ち出される。

 彼らは知る由もないが、鉛筆型の弾体に安定翼の付いたその形状は、A弾筒P付翼F安定S徹甲DSと呼ばれる砲弾とよく似ていた。


 加速された弾体は、付与された魔法術式の効果に従い、僅かに進路を調整しつつ最後尾のソウルバタフライに向かって飛翔する。


 その速度は、音の速さとほぼ同じ。


 バリスタ本体に施された初速増加術式と必中術式、弾体が持つ射程強化の術式。そして、射手および補助要員によって施された貫通術式。

 個人でソウルバタフライを撃ち落とせるほどの力はないが、これを束ねることで防衛兵器として活用しているのだ。


 亜音速で飛翔した投擲体ボルトは、やや狙いを外しつつ、しかし致命傷には十分な威力でソウルバタフライの胴部に突き刺さった。


 爆発。


 内部で開放された圧縮空気が、ソウルバタフライの腹部を吹き飛ばす。


「命中ゥ! 致命傷ォ!」


「巻き上げェ、開始ィ!」

「巻き上げー! 開始ー!」


 配置された風魔法の使い手が、バリスタに接続された巻き上げ機の風車に強力な噴流を当てる。ゴウゴウという激しい音とともに回転を始めた風車が、その回転力でギチギチと弦を巻き上げる。


「巻き上げ、完了ゥー!」


「次弾装填ー! 完了ォー!」


「狙い、よし! 距離、よし! 攻撃開始ィ!」


 そして、そんな光景が、都市周囲のいたるところで繰り返されていた。


 防衛用の弩砲バリスタは、大きく、重く、とても携行しながら使用できるものではない。そもそも、1回の発射に複数人の術者が必要であり、チーム単位での連続運用には難がある。


 しかし、都市防衛であれば話は別だ。


 防衛拠点に固定し、発射要員を複数チーム、ローテーションで運用できる。

 ホットスポットのため魔力の回復も早く、何より魔力回復薬を潤沢に用意できる。

 魔道具としても、魔素濃度が高いため運用効率が高く、魔石の損耗も緩やかとなる。


 ソウルバタフライの誘引撃滅作戦は、順調に推移している。

 各地の防衛拠点で、似たような方法で群れの討伐が行われていた。


◇◇◇◇


下降烈風ダウンバースト!」


 上空の術者の叫びとともに、強力な下降気流が発生。

 巻き込まれた数体の胡蝶ソウルバタフライが、バランスを崩しつつ吸い込まれるように地面に墜落した。


「よくやったぁ! ぬぅん!!」


 地面に叩きつけられたソウルバタフライの1体に、1人の男が走り込む。

 込められたのは、超圧縮のレア魔法。拳を撃ち込んだ場所を中心に内側にねじり込むように強烈な圧力が発生。

 バキバキと音を立てながら、ソウルバタフライの胴体が陥没していく。


「まずは1匹ィ!」


 その隣では、細剣レイピアを持った女が、別の個体の頭部にその剣先を突き入れていた。


閃光烈火ピアースバーン!」


 剣先から閃光が走り、内部に高温の炎を撒き散らす。

 脳と中枢神経を灼き切られたソウルバタフライは即死。脆い頸部が一瞬で炭化し、レイピアを引き抜いた衝撃で、ごろりと頭部が地面に転がった。


「2匹!」


 3匹目は、直径1mほどの丸盾を持った男が対応した。


「……」


 男は、無言で、その巨体を更に膨らませながらソウルバタフライに突っ込む。


 凄まじい衝撃音。


 一体、どれほどの力が込められていたのか。

 その突進だけで、ソウルバタフライは絶命。胴が折れ曲がり、脚はちぎれ飛び、ついでに頸も転がった。


裂風斬撃ホワールウィンド!」


 最後の1匹は、下降気流から逃れた個体。上空の術者が放った強烈な旋風により、まるで斬撃でバラバラにされたが如く、関節部を引き千切られて空に散った。


「よォーし!! 今日はこれで打ち止めだぁ! アリューシア、降りてこい!」


 己が拳で巨大な魔物を屠った男が叫ぶ。

 それを聞き、上空の風魔法使いは風魔法を制御し、下降を始める。


「今日の戦果は、これで13匹だ! 十分だろ!」


「後は、この周辺を偵察して、また群れを見つけたら知らせに戻ればいいわね」


「はー、疲れたぁ……。カラーク市で休めるからまだいいけど、連日これだと魔力が保たないわよぉ……」


 このパーティは、ソウルバタフライの群れを討伐できる貴重な遊撃要員として、防衛軍に雇われていた。


 カラーク市での誘引撃滅は順調だが、どうしてもそこからはぐれる個体、ないし小規模な群れが発生する。

 そんなはぐれを狩って回るという役割を与えられたのが、遊撃要員だ。


「魔力回復料理は優先して回してもらえるんだから、いいじゃない」


「でも、あれ、不味くはないけど味気ないのよねぇ……」


「はっはっは! 食えるだけマシだぜぇ! もっと東端の方だと、そんな余裕もねーって、魔力回復薬だけ渡されるらしいからなぁ!」


「うげぇ……。あれ、苦すぎて飲めたもんじゃないのにぃ……」


 一行はわいわいと会話しつつ、そのまま巡回を始めた。

 和気藹々に見えるが、上空の警戒は怠らない。

 もっとも、生い茂る木々に遮られ、視界はあまり良くないのだが。


 とはいえ、彼らの役割は十分に果たされている。

 単独パーティーで10体以上のソウルバタフライを討伐できるのだ。遊撃要員としては、このうえなく優秀だった。


◇◇◇◇


「さて、北部前線、東部前線の状況は思ったより良さそうじゃ」


「あの娘っ子達のおかげじゃな。人員も物資も、想定よりも多く配分できておる」


「装備と食料も、輸入できておるようだがの。こりゃ、しばらく頭が上がらんのぅ」


「新型の弓に、大量の矢。頼めば、バリスタ用のボルトも出てきたとか。どう思うね?」


「少なくとも、我らの運用している武器と同等のものを、遜色なく運用できておる、ということになるかの」


「あのゴーレムを見る限り、それどころじゃなかろうに」


「ありゃ、とんでもない代物じゃな。昔じいさまに聞いた、魔導王国を思い出したわい」


「じいさまっちゅーと、前の前の長老会ル・エルフィアかい。何年前の話じゃ」


「さてのう。500年前か、1,000年前かは分からんが……」


「しかし、あれはゴーレムかの。はるか遠くの大陸は、魔導を使わず、機械で発展する文明があるとも聞くが」


「ありゃ眉唾じゃろ。使者が誇張して話をしておるに過ぎんぞい。現に、乗ってきたのは普通の帆船じゃったっちゅうに」


「それはのう。機械文明といえば、最近は見ておらんが、レプイタリとかいうのがついこの間出てきておったじゃろう」


「外輪船、か。あれで海を行くなら、それは心強かろうな。我らほどに風の魔法に長けておらんようであったからな」


「我らも、長らく争いから離れておる。野心のある国との付き合いは、また随分と難しくなっておるのではないか?」


「ティアリアーダの小僧であれば、なかなかうまくやりそうだがの」


「アフラーシア連合王国への派遣も、元々、火精石の確保じゃろう? もっととんでもないものを引っ張ってきよったがの。ほっほっほ」


「良し悪しじゃなあ。まあ、それはええわい。良い方にころがっておる。それより……」


「あっちの方だと、例の宗教国家か」


「ありゃ話にならんわい。いつぞやの女神教国を思い出すわい」


「ほっ。昔、根切りにしたアレかの」


「盲目な宗教家ほど厄介なものもないわい。まあ、とはいえ、どうも例の娘っ子が手を伸ばしておるようじゃがなぁ」


「なんじゃ。レプイタリとまだ繋がっておるのか」


「最低限じゃよ、最低限。我らの鳥は、よく飛ぶゆえな」

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