第203話 これが本当のスタンピード

 ワイバーンが、その縄張りを巡って争っていた。

 1匹のワイバーンが持つ縄張りは、直径にしておよそ300kmから800km。これは、その個体の力量と比例すると予想されている。


 しかし、その均衡が、つい先日、崩れ去った。


 ワイバーンは、観測する限り、この魔の森においてほぼ頂点に君臨する大型の魔物だ。

 少なくとも、外敵と争っている様子は確認されていない。

 せいぜい、隣接する同族との小競り合い程度であろう。


 即ち、(あるかどうかはさておき)寿命による個体減少以外でその縄張りが大きく変動することはない、ということだ。


 まあ、単なる予想ではあるが。


 それが、<ザ・ツリー>という外的ファクターにより、大きな縄張りを持つ個体が討伐された。

 発生した空白地帯だが、当然、隣接する縄張りのワイバーンは、これを奪ってしまおうと移動を開始する。


 急に動くと、他の隣接するワイバーンとの縄張り争いも発生してしまうため、空白地帯周辺のワイバーンは、徐々にその縄張りを拡大していき。


 遂に、激突した。


 激しく発生する電磁波パルスに、生体レーダー由来と思われるノイズのような電磁波も観測された。

 過去の記録を遡ると、わりと頻繁にノイズが記録されていたため、どうもずっと見落としていたらしい。


 周波数変調も激しく、強度も低かったため、何らかの天体現象を起因としたノイズとして分類されていたらしい。まさか、魔物が発していた電磁波であるとは、いくら超AIでも予想できない。


 可聴域から高周域まで様々な音波を使用した、ブレスのような攻撃が飛び交う。

 時には荷電粒子を吐き出すこともあり、まさに怪獣大決戦だ。


 相手から逸れた攻撃が森を切り裂き、吹き飛ばし、更には肉弾戦で大地が揺れる。


 当然、周囲の生物相は大混乱である。


 小型の動物から大型の魔物まで、その決戦に巻き込まれまいと、必死に逃げる。

 中には、小山のような大きさの四足魔物まで存在する。


「危機的な状況です」


「これはまずいわねぇ……」


 そんな状況をモニターしつつ、司令官イブと<リンゴ>は話し合っていた。

 周囲には、5姉妹が侍る。


「お姉様。私は即時撤退を進言します」


 真っ先に意見を口にしたのは、2女のイチゴ。


「要請もなしに大戦力を送るのは得策ではありません。村人を率いて脱出するだけでも、十分に恩を売れると思います」


「力を見せて萎縮させるなら、大戦力を投入するのも悪手ではない」


 これに反論するのは、5姉妹の長女、アカネだ。


「少なくとも、周辺国家での地位は確立できる。防衛に成功し、占領もせず返還すれば、大きな名声を得る。貸しとすることも可能」


「でもそうすると、感謝状だけで終わるんじゃない?」

「貸し借りなんて口約束、国家間じゃあ有名無実じゃないかな~?」


 ウツギ、エリカはやや懐疑的。その態度は、アカネの案への消極的賛成といったところか。


「いっそ、そのまま占領してもいい……と思う……。冒険者ギルドを立てて……間接支配すれば……文句も出にくい……」


 そして、オリーブが一番過激な意見を出した。

 どうも、いろいろと素材を入手できるのが楽しいらしい。

 現地を監督している戦略AI<コスモス>と頻繁にやり取りをしているため、所有欲が刺激されている、のかもしれない。


「ははあ。みんな、面白い意見を出してくれるわねぇ」


 お姉様イブは、ニコニコとそんな彼女らを眺めている。


「<リンゴ>はどんな意見かしら?」


はいイエス司令マム。大戦力を送り込んで実効支配するというのが、好みです」


「……予想はしてたわ」


 <リンゴ>の存在価値レゾンデートルの3番目は、「勢力を拡大すること」。

 隙あらば領地を増やそうと、虎視眈々と狙っているのである。


「うーん、まあ、魅力的な提案なのは間違いないけどね」


 イブは苦笑しながら、オリーブの頭を撫でる。


「できれば、私はこの世界の住人と仲良くしたいと思ってるわ。だから、なるべく強い手段は取りたくないわ。もちろん、否定するものではないけれど。必要なら、その手段を取ることもある」


「……」


 物欲しそうな<リンゴ>を意図的に無視し、イブは頷いた。


「見捨てるのも忍びないしね。国境からも近いし、まあ、何とでも言い訳はできるでしょう。<リンゴ>、ギガンティアを派遣しなさい。もちろん、ギリギリまで粘ってからでいいけどね」


「……はいイエス司令マム


◇◇◇◇


 森の中を、木々を押しのけながら走る巨体。

 見た目はただのイノシシだが、その大きさが違う。


 体長、およそ40m。体高25m。

 木を薙ぎ倒し、一直線に道を作りつつ走り続ける。


 よく見ると、背中に焦げ跡がある。


 ワイバーンの荷電粒子ブレスの薙ぎ払いに当たり、恐慌状態に陥ったのだ。


 多少の障害物はものともしない。

 斜面を駆け下り、尾根を突き破り、岩塊を粉砕する。

 それでも、魔力に護られた肉体に損傷はない。


 そして、その逃避行で発生する振動と轟音が、さらなる混乱を呼び込んでいた。


 大猪の進行方向で、動物や魔物たちの大移動が始まる。

 体高が3mもある巨大な猿のような魔物が、群れで逃げ出した。地面を走り、時には木々の間を飛び移りながら移動する。


 体長1mほどのカマキリのような魔物が、バラバラと空に舞い上がり逃げ始めた。

 それに続き、15mを超える大きさの巨大なカマキリが離陸する。


 もちろん、逃走方向は南側。

 即ち、<パライゾ>の守る開拓村だ。


◇◇◇◇


 不穏な空気が、村を覆っていた。


「いつもと雰囲気が違うな……」


 防衛担当官達が、深刻な顔で話し合っている。

 定期的に巡回させている斥候からの報告が、徐々に変化していた。


「いくら胡蝶ソウルバタフライが多いとはいえ、これほど動物達が逃げ惑うのはおかしいな」


「ソウルバタフライは確かに脅威だが、小動物が棲み家を捨てて逃げるほどではない……はずだな?」


「そもそも、ほとんど地に降りることはないからな。せいぜい、偽緑樹トレントを食う時か、産卵の時くらいだろう?」


「そのはずだ。ということは、なにか別の脅威から逃げ出しているのか」


 しかし、それを調べる時間は、残されていない。


「報告! 上空に魔物を確認! 影蟷螂シャドウプレイヤー! 複数体!」


 そこに、見張員が駆け込んできた。


 高台に立てた見張り台から、空を飛ぶそれを視認したのだ。


「チッ。面倒だが……我らで対処できないことはない、か。親玉は居ないな?」


「はっ。現時点では視認されておりません!」


「<パライゾ>のお嬢様に連絡を。我らもチームを編成せよ。シャドウプレイヤーであれば、いつもの弓で狩れるだろう。ましてや、空に居るならな」


「任せておけ!」

「腕が鳴るなぁ!」


 村の狩人達は、気炎を上げて持ち込んでいた自身の装備を引っ掴み、部屋の外に駆け出した。

 これまで出番もなく、ただ<パライゾ>に護られているということに忸怩たる思いをしていたのだろう。


「……だが、これだけとは思えんな」


「シャドウプレイヤーも逃げてきた、と考えるのが妥当だな」


「あいつらは、狩りのときに飛ぶなんてことはしないはずだ。そもそも飛ぶのは苦手なはずだ」


「ソウルバタフライの移動に引きずられている……という可能性は……」


 防衛担当官が、更に話し合いを続けている中。


 見張り台の監視員は、更なる問題を視認していた。


 遠くに見えた胡蝶ソウルバタフライ、その距離を測るために望遠鏡を覗き込み。

 視界の中心に捉えた瞬間、ソウルバタフライの下から、巨大な脅威が飛び出した。


「……伏蟷螂ヒドゥンプレイヤー!!」


 体長はおよそ15m。ソウルバタフライの1.5倍。

 その巨大な鎌で、空中のソウルバタフライを捕まえる。


 無音で森の中を移動し、時に空中の魔物まで飛び上がって捕食する、浅層の頂点に属する狩人。それが、伏蟷螂ヒドゥンプレイヤーだ。


「出やがった! あいつはヤバい!!」


「くそ、デアリーガの奴はまだ戻ってきてないか! 仕方ない、俺が行く!」


「<パライゾ>のゴーレムなら勝てるだろうが……。周りには絶対に影蟷螂シャドウプレイヤーが群れてるんだぞ! 我々も総動員しないと対処しきれんかもしれん!」


 1人が見張り台から飛び降り、指揮所に走る。


 辺境の開拓村に、真の脅威が迫っていた。

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