第199話 傭兵業の開始

「すまないな。あなた方に対する態度としては不適切だと申請はしたのだが。私の権限では説得しきれなかった」


「害を為そうとしていないことは、理解している。形式上のことなら、何の問題もない」


 心から謝罪する外交官筆頭、ティアリアーダ・エレメスに対し、アルボレア=ヒースは無表情のまま頷いた。


「護衛の同行が許可されている。であれば、我々が後れを取ることもない」


 森の国レブレスタ最高権力機関である長老会ル・エルフィアとの面会。

 これに当たり、用意された会場というのが、ティアリアーダ曰く、威圧を目的とした円卓の間ルンデルツィマーと呼ばれる大広間らしい。


 長老会ル・エルフィアを構成する12名が円周上から下段中央の人物を見下ろす、巨大なホール。


 その中央に、案内役としてティアリアーダ・エレメス、そして招かれた<パライゾ>代表アルボレア=ヒース、アリスタータ=ヒースが立っていた。


 長老会ル・エルフィアの構成員達は、未だ、姿を現していない。


 アルボレア、アリスタータの後ろには、護衛用に、3機の2足護衛機が待機している。白を基調とした外観ボディを、青色に明滅するラインが彩っている。


 要人警護用歩行機械<プライメイツ>。武装は多銃身コイルガンと殴打武器メイス

 防御用の可動型複層盾。


 プライメイツを構成する直線と曲線の洗練された組み合わせは、見る者に神秘的な威圧感を与える。


 そうして、待機すること5分。


 微かな音と共に、円形の部屋に設けられた12枚の扉が、ゆっくりと開かれた。


 現れたのは、12名の支配者。

 森の国レブレスタの最高権力者達。


 彼らは歩みを進め、それぞれの椅子に腰掛ける。


「ようこそ森の国レブレスタへ、使者殿」


 アルボレア、アリスタータの正面から見下ろす1人が、声を掛けてきた。


 円卓の間ルンデルツィマーの直径は、おおよそ20m。中央から長老達の座る椅子までは、12m程度。

 それなりに距離はあるが、正面の男性が発する声は、不思議とよく通った。


「長旅、ご苦労だった。本来ならば、数日は疲れを癒やしていただく期間を設けるのだが、ティアリアーダがどうしてもと急かすのでな。即日の呼び出しとなってしまい、申し訳ない」


「問題ない。謝罪の必要もない。休息は十分に取っている。貴国の直面している問題に関しては、我々も憂慮しているところだ。むしろ、即時にこのような場を設けていただいたことに感謝する」


 アルボレア=ヒースが答える。プライメイツが備える拡声機能を使用しており、彼女の透き通った可憐な声が、議場に響いた。


「……そう、かね。そうであれば、我々も準備した甲斐があったというものだ」


 発言した議長を、アルボレア、アリスタータ両名はじっと見上げる。

 その姿には、恐れもなく、苛立ちもなく、緊張もなく、不遜もない。


 ただ、あるがまま。


「急ぎということであれば、無意味な問答を重ねるのは無粋だろう。ティアリアーダ、本題に入ろうかね」


 正面の議長とは別の長老が、そう声を発した。

 ティアリアーダの所属する、外交省のトップを務める人物だ。


「はっ。それでは、まずは認識の共有から――」


◇◇◇◇


「一応、全員の意見を聞こうか?」


「ふん。我らに選択肢があるとでも?」


「言葉を交わす重要性は、みな知っているだろう。最近は平和続きで、こういう機会もずいぶんと減ったがね」


「恐れていた事態ではないか。情勢は停滞していた。我らが強国として君臨していた時代も、今は昔だ」


「して、いつぞやの空を行くゴーレム、あれとの関係はあるのかね?」


「明言はされていないが、ティアリアーダの報告では、高空を飛ぶ巨大な船の証言がいくつもあるらしい。ほぼ間違いないであろうな」


「ふむ……。で、あの娘らの目的は、実際のところ、どう見るか。あの使者殿、なかなか肝が座っていたが」


「つまらんプライドは捨てろと、ティアリアーダにはさんざん文句を言われたがね」


「一面しか見ておらんのだ。国内の急進派に隙を見せると面倒だと言うに」


「国内勢力はよい。全て時間の問題だ。アフラーシア連合王国……いや、<パライゾ>という組織か。こちらの対応は早急に必要だろう」


「名前を聞いて、1年も経っておらんか? 遊牧民共を呑み込んだようだが」


「少なくとも、あの忌々しい害虫を一撃で屠る力があるのだろう? 疑っている者は居るか?」


「疑いはせんよ。あの娘が連れていたゴーレムを見たか。力は想像付くかね?」


「魔力は見えなんだ。だが、あれは……」


「見たことも聞いたこともない技術だ。海の向こうから流れてきたと聞いていたが、それが本当なら脅威以外の何ものでもないぞ。我らの大地の国々では、とても対抗しきれぬが」


「覇権国家とも思えんがね。やりようがぬるい」


「印象は大事だ。あの娘らはどうも、自身の利益に無頓着というか……」


「あまり考えたくはないが、我らのことを歯牙にも掛けていないかもしれん」


「それはまあ、最悪の状況だな。だが、儂も同意見だ」


「それで、提案は傭兵派遣だったか?」


「受けざるを得んだろう?」


「またうるさいのが出てきそうだがのぅ」


「そろそろ面倒ではないか? もう、文句を言う愚民はそのまま前線に放り込めばよいではないか」


「……それも有りかね。我らも、そろそろこの停滞を打破すべき局面だ」


「ほう? そうだな。新しい装備も、それこそあの娘らから手に入るそうではないか。新品のおべべを着させて、おだてて送り出せばよい」


「あやつらでも、木に登るかもしれんか? そうなったらいよいよ面倒ではないか?」


「ふん。思ってもいないことを言うでない。指無しはどう足掻いても木には登れんよ」


「……方針は出たな。では、もうよかろう。合意は成った。後は歩くのみ」


◇◇◇◇


「結局、どういう方針で動くのかしら」


「我々<パライゾ>に対する諜報、というか情報収集の強化。レプイタリ王国や他の国との交易活性化による耳目増加を狙っているようです。それと、我々からの提案はおおむね飲むようです。交易品については実務者会議を行うと。傭兵派遣も、対価の検討を行うと連絡がありました」


「拍子抜けといえば、拍子抜けねぇ」


 現地戦術AI<ヒース>から報告された内容を解析しつつ、<リンゴ>は司令官マムと情報共有を行っていた。

 森の国レブレスタとの交流は、覚悟していたよりかなりスムーズに進んでいる。


「最初、かなり見下されてた気がするんだけど」


「調査の結果、レブレスタの国民は、種族的に長寿のようです。長寿ということは、それだけ個人の経験が蓄積されるということです」


「手強い相手ってことね。スムーズに行ってるみたいだけど」


 ビッグモスの駆除のため、<パライゾ>から駆除部隊の派遣の提案を行った。

 外交官筆頭のティアリアーダは、その提案を前向きに検討するとして、実際に最高権力機関である長老会に奏上したようだ。

 そして、あれよあれよという間に傭兵派遣は承認され、実際に要請が行われたのである。


 対価は、当面は何らかの魔道具の提供。

 経済活動の視察を続け、両国間の健全な物流を行うため協議を行っていく。

 傭兵業のため、弾薬の輸送が必要だが、それは定期的にキャラバンを走らせることで合意した。物流が活性化することで、輸出入も増大させることができる。


「長きにわたってトップに君臨する12人、という前評判から、腐敗、硬直化した組織を予想していましたが、想定を裏切る柔軟性があるようです」


「交渉が進みやすいなら歓迎だけど。合議制に見えるけど、案外、独裁的なのかしら?」


「そうかもしれません。長老会の中での利害対立が少ないような体制が出来上がっているのでしょう。長寿による組織運営が、最も良い形で発揮されているのかもしれません」


 であれば。

 あの高慢な態度は、実際に国力的にも、アフラーシア連合王国そのものを下位と位置づけていた故だったのかもしれない。

 実際、<パライゾ>に対する態度は、日に日に改善しているようだった。


「実力を兼ね備えた、老獪な12人の長老たち、ねえ。相手が<リンゴ>じゃなければ、なかなか強敵だったかもね」


「恐縮です」

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