第145話 誘拐の計画
アフラーシア連合王国の西側には、複数の国家が存在する。
国境を接する国のうち、最も大きなものが<
<麦の国>は、その名の通り、周辺国家へ小麦などの主食となる穀物を輸出する巨大な農業国家である。
国内に肥沃な大地を持ち、多くの麦やその他の穀類、芋、豆などを生産している。
はるか北に聳え立つ北限連峰、そこから流れる豊富な雪解け水は<麦の国>を経由して海へ流れ込んでいるが、その途中で巨大な森林地帯を経由している。
毎年の降雨期には森林地帯から溢れた肥沃な土砂が流れ込み、それをうまく利用して<麦の国>は農業を行っていた。
その他、<麦の国>の南側には、小国家群が存在する。
中には都市1つだけという都市国家も複数存続しており、正確な国の数は不明である。
時勢により所属する都市の数も変わる上、戦争によって勢力が塗り替えられることもある。そのため、恐らく誰も、現状を把握できていない。
アフラーシア連合王国と国境を接するのは、ある程度の大きさと勢力を保った国家だ。
それでも、数年に1度はどこかの国の興亡が発生しているようである。
そのため、アフラーシア連合王国内に、その小国家の名前を記録した書類は存在していなかった。
「この小国家群は、交渉する価値もないって感じかしら?」
「
上空からの偵察結果に拠ると、このような開拓村、言ってしまえば燃石盗掘の拠点は、現時点で114を数えている。
目端の利く国や領主であれば、この開拓村へ投資を行い、移民を募り、採掘規模を拡大させている。
それ以外は、細々と燃石を手掘りし、日銭を稼いでいるような貧困ぶりだった。
「武力で国境線を引くのが一番楽だけど、彼らはどうなるのかしらね?」
「
開拓村は、ほぼ全てが燃石収入によって暮らしている。
基本的に、周囲は何もない荒野だ。
かろうじて、井戸を掘って水を確保できたが故、村として人が集まっているのである。
そんな場所には、当然植生もないし、野生動物も生息していない。
これに危機感を覚えて農業や牧畜を行おうとしている村もあるようだが、総じてうまくいっていないようだ。
環境が、あまりにも過酷なのである。
「どうせウチは国民も少ないし、全部まとめて面倒も見れるのかしら?」
「
見捨てるのも忍びない、程度の考えで、国民の誘致が決定したのであった。
相手国からするとたまったものではないだろうが。
「高温環境に適した農作物を見繕っておかないとね。この辺、掘ったら水が出るっていうのも面白い地層だけど…」
「
井戸を掘るにはもってこいですが、資源採掘するには良くない環境ですね。
特に、彼らは手掘りです。まかり間違って地下水脈を掘り出してしまうと、命に関わります」
アフラーシア連合王国は、その見た目は延々と続く荒野である。
ただし、水脈自体は、その地下に網目のように広がっていた。溶岩に覆われているため、ほとんど地上に露出していないだけだ。
ゆえに、ある程度の深さまで掘れば、自然と水が湧き出してくるのである。
自然にできた亀裂などから水が湧き出し、湖となっている場所も多数存在するのだ。
「しかし、ひたすら長い国境線よねぇ…。普通の国だったら、こんな国境を守るなんてほぼ無理よね」
アフラーシア連合王国は、その東西を別の国に挟まれている。
西側だけでも、2,000kmをゆうに超える長さなのだ。
延々と荒野が続くという過酷な環境であるからこそ、領土問題はあまり目立っていないが。
まともに国境線を管理しようとすると、それだけで国が傾きかねない。
「監視衛星による常時監視、監視塔の建設、警備機による定期的な巡回、これらで国境線の管理は可能です。国境線をめぐる争いは発生しにくい環境とは思われますが、あまり揉めるようであれば、緩衝領域を設けてもよいかもしれません」
例えば、仮の国境線の自国・相手国間に5km程度の幅を持たせるなどを取り決めれば、余計な争いを抑止することが可能だろう。
まあ、相手国と話し合いが可能であれば、という前提は付くが。
とはいえ、だ。
相手国との、途轍もない戦力格差がある状況で、何を心配するというのか。
「ロケットの発射実験場が、間もなく完成します。すぐにでも発射試験が可能でしょう。
打ち上げデータ取得用のロケット製造も並行して進めています」
「オーケーオーケー。それができたら、宇宙開発も秒読みねぇ。まあ…、正直な所、本当に空が安全なのか疑ってるけどね…」
宇宙開発に当たり、様々な仮説の検討を行ったのだ。
その中で、主に
「海のみならず、陸にもあれだけの巨大生物が生息しているのです! 空を飛ぶ大型の魔物が存在する可能性は、十分に考えられます! あの魔石を使った身体構造強化があれば、軽く、硬く、そしてしなやかな体を持った大型の魔物も容易に生命維持できるでしょう!」
と、息を巻いて主張していた。
他の
「空を飛ぶ魔物って結構いるわよね。気をつけないとねぇ」
そう言われると、<リンゴ>も空の警戒にリソースを割かざるを得ないのである。
とはいえ、現時点では、そのような魔物は確認されていない。
テレク港街などでも聞き込みはしているが、いわゆるドラゴンと思われる巨大な羽の生えたトカゲのような魔物がいるらしいという噂だけが拾えた。
少なくとも、アフラーシア連合王国内では確認されたことはないようである。
これは本当に存在しないのか、あるいは餌が少なすぎて出てきていないか、どちらかだろうというのが、アサヒの予想である。
「海の魔物と言うと
などとアサヒはのたまっていたため、<リンゴ>はアサヒの予想はあまり当てにしていなかった。
「空中プラットフォームの試作機も、順調に建造中です。数日中には初飛行可能でしょう」
「おお、さすがね。うん、ていうかあんなでっかいのが飛ぶとか、わりと意味分かんないわよね」
あとは、アフラーシア連合王国北部の制圧に利用する予定の、空中プラットフォームだ。
これは、言ってしまえば空飛ぶ巨大空母である。
航空機の母艦として、あるいは戦車類の空中投下機として利用できるし、砲台を設置すればそれ単体での攻撃能力も持たせられる。
運用時の問題は、その巨体故に小回りがきかず、また運動性能も低いためミサイルなどの誘導兵器に弱いということか。
これは、護衛機の数を増やすなどしての対応が必要になる。
「あとは、単純にエネルギーの問題ね」
そして、巨体を支えるためのエネルギー源。
ある程度はマイクロ波給電により賄えるだろう。しかし、全てをマイクロ波で送信できるかと言うと、実は厳しい。
そもそも行動半径が大きすぎるため、給電可能範囲を容易に逸脱してしまうのだ。
更に、大電力の送信に伴うエネルギーロス、そして受電設備の加熱問題も洒落にならない。
よって、内燃機関、ないし原子力を利用したエネルギー源が必要になる。
「試作機はひとまず、ガスタービンを主動力として設計しています。ただ、燃費が悪いですので、試作機止まりですね。空中給油を行ってもよいですが、今度は給油機そのものの行動半径に依存してしまいますので非効率的です。
最終的には、核融合炉を積むことになるでしょう」
核反応炉は危険なため、核融合炉である。放射性廃棄物の生産量も極めて少ない。
万が一墜落した場合も、影響は少ない。必要な燃料の質量も少ないため、エネルギー炉として非常に優秀なのだ。
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