第144話 大使達

「私は、<パライゾ>所属、アフラーシア連合王国方面軍団長、アハト=リンゴである」


 全員が席に座ったのを確認し、アハトは口を開いた。


「既に聞き及んでいるだろうが、西門West gate都市cityは我々<パライゾ>が完全に占領している。

 本日はあなた方に、ある通達を行うために呼び出させていただいた」


「……」


 ここは、西門都市の領主館に併設された迎賓館、そこに用意された会議室である。


 領主、および大使を含む主要人物は、家族も含めてどこかしらに軟禁状態となっていた。

 西門都市の電撃占拠成功の日から3日。


 <パライゾ>の常駐戦力に対する補給が完了し、索敵装置の設置も終わり、全ての準備が整った。

 そして、満を持しての領主、および各国大使の呼び出しが行われたのだ。


「あなた方が、様々な疑問を抱いていることは承知している。

 そして、いま時点で、我々がそれに回答することはない。

 ここは、我々から、あなた方に対する要求を伝える場である」


 占拠完了後に派遣された戦略AIは、人形機械アハトを直接操作しながら、話し始めた。


「まずは、西門West gate都市city領主、カリバリ・ウェスタン・アクアニアに告げる。

 現時点をもって、あなたの持つ西門West gate都市cityにおける全ての命令権を剥奪、同時に全ての権利を停止する」


「……!」


 カリバリ・ウェスタン・アクアニア――いや、カリバリ・アクアニアは、アハトの言葉にわずかに顔を顰めた。

 しかし、それに対する文句を言うことはない。


 そもそも、この場に呼び出され、椅子にも座らされているとはいえ、その場所は最下位の席であった。

 通常、自分が座っていた最上位の席には、<パライゾ>代表のアハトが陣取っているのだ。

 予想もできるというものだ。


「当然理解しているかとは思うが、これは決定事項であり、あなたに拒否権はない。我々に抵抗した時点で、反逆者として処分することになる。心得るように」


「……」


 最高責任者アハトの言葉に、カリバリ・アクアニアは黙して応えず。

 ごく自然に、彼の後ろに待機していた人形機械コミュニケーターが儀礼剣を抜き放ち、顔の横に突き出した。


「時と場合を弁えていただきたい。こういった場所でその態度は、感心しない。翻意有りと見做さなければならなくなる」


「…分かった。私は、そちらからの要求に従う」


「結構」


 人形機械コミュニケーターが、儀礼剣を引き戻す。


 そう。

 この場は、支配者と被支配者が参加している会議だ。

 被支配者には、当然、発言権はない。

 人形機械コミュニケーター達の見た目が可憐なため、いささか緊張感に欠けていたのだが。


「改めて言っておこう。我々は侵略者であり、あなた方は我々に降伏している状態だ。言動には十分注意していただきたい」


 会場には、警備兵、護衛兵となる人形機械コミュニケーターが、24体も配置されている。集められた人員の数より多く、例え何かを仕掛けたとしても、2体以上の人形機械コミュニケーターに取り押さえられるだろう。


「さて。それでは、各国の方々にも通達事項がある。

 我々<パライゾ>は、アフラーシア連合王国への侵略を行っている。

 そして、最終的には我々が、アフラーシア連合王国の支配を行う」


 アハトがはっきりと告げたことで、何人かの大使が、顔色を悪くした。

 そもそも、なぜ、直接の街道も繋がっていない国まで、わざわざ西門都市に大使を置いているのか。


 それは、燃石採掘のための大義名分づくりだ。

 西門都市に大使館を置き、実態はどうあれ、燃石の採掘は許可を得ているという建前である。


 そこに、アハトはわざわざ言及したのだ。

 どう考えても、愉快な話にはならないだろう。


「故に、各国に要請する。

 直ちに、アフラーシア連合王国内に侵入している人員を引き上げさせること。

 今後、国境の管理は我々<パライゾ>が実施する。

 我々からの許可なく採掘を続けた場合、侵入者として対処することになる」


 その宣言に、大使たちはそれぞれ、顔を見合わせた。

 文句は付けたい。

 だが、その最初の一言を告げると、粛清されかねない。

 それゆえの、それぞれに対する牽制だった。


「…よろしいか」


 そんな探り合いの中、最初に手を上げたのは、参加者の中で最も発言力のある大使。

 即ち、西の大国<麦の国ヴァイツェンラント>であった。


「発言を許可しよう」


 アハトが頷いた事を確認し、大使は口を開いた。


「まず、今回の貴国の侵略行為に対し、我が国は正式に抗議をさせていただく。

 宣戦布告もなく、近隣国家への通達もなく、このような暴挙に及ぶのでは、野蛮人の誹りは免れないだろう。

 <パライゾ>という国家に聞き覚えはないが、麦の国ヴァイツェンラントは、貴国の軍事侵略を肯定しない」


 その発言に、アハトは僅かに微笑んだ。

 麦の国ヴァイツェンラントという大国の言葉に、微塵も動揺していない証である。


「そうか。その抗議は受け取っておこう」


 余裕の態度に、大使はやや鼻白んだようだが、そのまま発言を続けた。


「貴女が先程言われた侵入している人員とは、燃石の採掘についての作業員達のことで間違いないかね?」

「その通りである」


 間髪入れずに頷くアハト。


「…燃石の採掘は、我が国とアフラーシア連合王国間で正式に契約された国家間事業だ。貴女が要求するのは勝手だが、無条件に撤退せよなどという妄言を受け入れるわけにはいかない」


「そうだ! いきなり奇襲して撤退せよなどという暴言がっ…!?」


 麦の国ヴァイツェンラントの大使に追随し、他国の大使が抗議の声を上げ。


 アハトの目配せにより、人形機械コミュニケーターが即座に動いた。後ろから襟首を掴み、片手で大の大人を釣り上げ、そして儀礼剣を首元に押し付ける。


 小柄な少女がいとも簡単に行ったこの所業に、空気が変わった。


「発言は許可していない。謹んでもらおうか」


 人形機械コミュニケーターが、剣を引き、手を離す。解放された男は、どすん、と椅子に尻餅をついた。


「文明国が、聞いて呆れますわ。他人の会話に割り込んで、大声で遮るなんて。お猿の山の大将でも混じっているのかしら?」


 クスクス、と笑い声がする。

 アハトの周囲に立っている護衛兵達が、口元を押さえ、上品に笑い声を上げていた。


「フィルツィヒ。はしたない」

「あら、ごめんなさい。だって、お姉さま、ねえ。皆さん、あんまりにも頭が悪くて。おかしくなっちゃって」


 護衛兵、という体で佇んでいたその少女。

 どうやら、アハトとは姉妹の関係――という設定――であるらしい。


「あなた達、本当に理解できていないのね。ねえ、見ていないの? 聞いていないの? 私達が、どうやってここに来たのか。グレートホースタウンの領主一行も、折角こちらに移送したのに。彼らから、お話を聞いていないのかしら?」


 会議室を見回しながら、40番フィルツィヒは、鈴の鳴るような声で言い放つ。


「ここで対応を誤れば、あなた方が皆殺しにされるかもしれないのに。あなた方の国に、私達が侵攻するかもしれないのに。全然、理解できてないんだなって」


 そんなことが、起こるはずがない。

 そう言い切れる楽天家は、さすがにこの場には居ないようだった。


「我々はそこまで野蛮ではない」


 ぱしり、と裏拳気味にアハトはフィルツィヒを叩き、フィルツィヒは軽く謝りながら一歩下がった。


「だが、最初に言った通り、この場は我々が要求を伝える場であり、あなた方の疑問に答える場所ではない。

 あなた方がどう考えようと、何を言おうと、この決定は覆らない」


 2体の人形機械コミュニケーターが行った茶番ではあったが、それでも、この場の全員が理解した。

 確かに彼らは捕虜であり、その待遇は、彼女らの言葉一つで如何様にもなるのだと。

 そして、この街を蹂躙したあの戦力が、故国に差し向けられる可能性があるのだと。


「必要であれば、あなた方の本国に対する伝令を許可する。何かしたければ、我々の人員に声を掛けて欲しい。許可できる内容であれば、こちらで手配する」


 それでは、本日の内容は以上。

 そう締め括り、アハトは席を立った。


「フィルツィヒ。彼らも慣れないことで疲れている。食事に付き合ってあげなさい」

「はぁい、仰せのままに、お姉さま」


 そうして、この場の最高権力者は退室したのだが。


「さあ、皆さん。我らが<パライゾ>が精魂込めて用意した料理ですわ。遠慮せずどうぞ、毒なんて気にされないで。だって、わざわざ毒を盛るなんて面倒なこと、しませんもの。ねえ。殺したいなら、この場で斬り捨てればいいんですもの」


 にこりと笑って、彼女は言う。


「ああ、食材についても安心されてくださいな。全部、アフラーシア連合王国でとれるものばかり! 料理に罪はないのですから、存分に召し上がって下さいな」


 そして、いちいち感想を聞いてきたり、わざわざ水を注ぎに来たりするフィルツィヒに怯え、確かに美味しい料理のはずなのに、味の分からない昼食会が始まった。

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