第143話 西門都市

 その日、<麦の国ヴァイツェンラント>大使館は混乱の極みにあった。


「完全に包囲されています!」


「何だあの巨大な化け物は…!」


 突如として出現した、巨大な蜘蛛の化け物の群れ。それらは街の周囲を完全に包囲し、そして慌てて閉じられた門をいとも容易く破壊、街中に侵入してきたのだ。


「大使、奥の部屋へ!」

「我々が食い止めます!」


「頼んだぞ!」


 持つものも持たず、とにかく逃げる。執務室で状況を見ていたが、急速に悪化しているのは間違いない。


「パパ!」

「ああ、あなた…!」


 1階に降りると、大使の妻と娘が護衛と共に立ち尽くしていた。

 大使は駆け寄ってきた娘を抱き上げ、妻を促す。


「裏から逃げるぞ。正直、どうなっているか全く分からん。おい、先導は任せるぞ」

「はっ。すぐに出発しましょう、あの化け物はこちらに近付いてきているようです!」

「ああ!」


 大使一家とその護衛は、大使館の裏口から外に脱出した。馬車が通れるほどの道幅もなく、街は大混乱中だ。

 そのため、徒歩での移動となる。


「きゃっ!」


 何かの破砕音が響き、妻が大使にしがみつく。


「こちらには来ていません! さあ、向こうへ!」

「頼むぞ…!」


 左手で娘を抱え、右手で妻の肩を支えつつ、大使は護衛についていく。


「街から脱出しても、逃げ切れるとは思えません! ひとまず、セーフハウスを目指しましょう!」

「そうだな! 装備も整えん事には、どうしようも…!」


 そして、路地から一行が飛び出した瞬間。


 激しい爆音と共に、地面が弾け飛んだ。

 大使は咄嗟に、妻と娘を庇う形で背を向け、建物の壁に体を押し付ける。


「大使、無事ですか!!」

「ああ! クソ、何だ一体!」


 護衛達も大使一家を守る体勢で、周りを固めている。


「なん…だ、何だこいつはッ…!」


 そして、その一団の手前、僅かに上空。


 風が鳴くような音を立て、空中に浮かぶ何かが、そこに居た。


◇◇◇◇


「<麦の国>の大使一行を発見」


「現地戦略AIは捕縛を試行中」


人形機械コミュニケーター部隊が現場に急行中です」


「対人ドローンが上空より追跡中」


 ほとんど片付いたグレートホースタウンに変わり、今度は西門West gate都市cityである。

 こちらは地上移動させた多脚戦車および多脚地上母機による包囲から、各門扉の破壊からの侵入制圧である。

 グレートホースタウンと異なり、人口の集中している地方都市であるため、グレートホースタウンのようにすんなりと武装解除完了、とはいかない。


「こっちは時間がかかりそうね」

はいイエス司令マム。公権力の武装解除は予定通り完了しますが、全ての住人の確保は難しいと考えています」


 そのため、ひとまずは常設軍、警備兵などの統率の取れた武装集団を標的に無力化を行い、政府機能を麻痺させるのを目標としている。

 その際、今後の旗印になりかねない、各国の大使館および大使、その家族、職員、護衛達の捕縛も同時に行われる。


人形機械コミュニケーターが接敵。目標を視認しました」


 逃げる<麦の国>大使一行の前に、電磁警棒を構えた人形機械コミュニケーター6体が立ち塞がる。後ろは2機の対人ドローン、更にその後ろからは多脚戦車が迫っている。


 彼らにとっては、絶体絶命である。

 活路があるとすれば、後方よりは与し易く見える、前方の人形機械コミュニケーターだろうか。


「目標が人形機械コミュニケーターに接触。護衛兵の無力化に成功」

「続いて大使、妻、娘の確保に成功」


 護衛達を一瞬で打ち倒した人形機械コミュニケーターが、そのまま流れるように大使一行を拘束、捕縛する。

 何やら喚いているようだが、残念ながら司令官イブは<麦の国>の言語は聞き取れない。


「他国の大使館は、立て籠もりを行っているようですね」

「へえ。…そのまま軟禁するのかしら?」


はいイエス司令マム。投降を呼び掛け、応じるのであればそのまま。抵抗するようであれば、突入させます」

「ふーん。まあ、とりあえず順調ってことね」


 表示されたグレートホースタウンの地図は、全てが制圧済みのイエロー表示になっている。これから念入りに索敵が行われ、索敵完了のグリーン、情報精査完了のブルーへ変わっていく予定だ。

 一方、未だ戦闘が散発している西門都市は、まだまだ未制圧のレッド表示が残っている。


「目標戦力の無力化が完了した後に、固定設置型の索敵装置を順次設置していきます。

 建物も多く、入り組んだ場所ですので、多脚戦車やドローンに搭載している程度のセンサーでは確認しきれません。

 専用装置は周囲100m程度の範囲を丸裸にできますので、これを治安維持に利用します」


 <パライゾ>軍として、占拠後は当然、治安維持を行う必要がある。

 単に住人を悪人から守るという意味もあるが、どちらかというとテロリストやレジスタンスを見つけるのが目的だ。


 本当の大都市でこれをやるのは難しいのだろうが、西門都市程度であれば、現地に派遣した戦略AIの能力でも十分に細部までの把握が可能である。


「ええと、テレク港街は直接統治、鉄の町は基本は自治。フラタラ都市は、元の領主に維持を丸投げして、問題点のみを指摘。グレートホースタウンと西門都市は、直接統治に当たるのかしら?」


はいイエス司令マム

 テレク港街と性格は違いますが、<ザ・ツリー>による完全統治とする予定です。

 グレートホースタウンについては、頃合いを見てフラタラ都市と同じ形態に移行させますが、西門West gate都市cityは他国との窓口という役割もありますので、100%我々がコントロールするのが望ましいと考えています」


 西門West gate都市cityは、西側国境に最も近い街として運営していくことになる。

 ここを自治にしてしまうと良からぬ事を考える為政者が出て来かねないため、<パライゾ>直轄とするのが望ましい。これが、<リンゴ>の出した結論である。


 そのため、統治機構は完全に制御下に置く必要があるのだ。


「領主は拘束を完了。警備隊も非番を除いた全員の拘束が完了しました」


「主要目標ターゲットの無力化を確認。これより索敵装置の設置作業に入る」


◇◇◇◇


 アフラーシア連合王国に対する、<ザ・ツリー>、対外的には<パライゾ>の侵攻が開始された。


 侵攻の開始後、3時間56分でグレートホースタウンは武装解除が完了。<パライゾ>の占領下に置かれた。

 7時間13分後、西門West gate都市cityの組織抵抗力を完全に解体したことを確認。領主配下の常備軍、警備兵は全て拘束。各国大使館は完全包囲され、実質的な軟禁下に置かれた。


 昼前に開始されたこの2都市に対する侵攻作戦は、暗くなる前に作戦目標を全て達成したのである。


 ここで、アフラーシア連合王国の南方都市であるフラタラ都市以下5つの街が、全て<パライゾ>の占領下となった。

 もともと無いに等しかった通商網についても、完全に<パライゾ>のコントロール下に置かれることになる。


 後は、北部の街を占領するための準備が整うまで、情報封鎖を続けるだけだ。

 幸い、小麦の丘Wheat hill都市cityとの交流は最低限であり、最も関係のあったフラタラ都市は<パライゾ>経由の食料輸入が可能となったため没交渉化している。


 今回、投入された戦力は次の通りである。


●共通戦力

 偵察機 2機 (超音速高高度偵察機)


●グレートホースタウン

 制空戦闘機 32機

 輸送機 39機:A群12機、B群12機、C群12機、D群3機

 護衛戦闘機 24機

 対地攻撃機 10機 (空中待機)

 多脚戦車 96台:A群48台 (輸送機A群)、B群48台 (輸送機C群)

 多脚地上母機 12機 (輸送機B群)

 対人ドローン 72機

 人形機械 72体


西門West gate都市city

 制空戦闘機 24機

 輸送機 10機

 護衛戦闘機 6機

 対地攻撃機 16機 (空中待機)

 多脚戦車 160台:包囲群68台、突入群92台

 多脚地上母機 18機

 対人ドローン 108機

 多脚輸送車 8台

 人形機械 192体


●予備戦力 (情報封鎖部隊)

 監視ドローン 320機

 多脚戦車 100台

 地上母機 16台

 対地攻撃ドローン 32機

 対人ドローン 80機

 対空攻撃ドローン 16機

 人形機械 32体


 合計で、多脚戦車356台、多脚地上母機46機、人形機械コミュニケーター296体という、現在の<ザ・ツリー>の3分の1程度の戦力が投入されている。


 電撃戦により目標を達成したため、ここからは戦力追加のターンだ。

 ドローンや航空機を隠す必要性が薄くなったため、既に資源探査機が方々に派遣されていた。



 ここから、北大陸南部国家間のパワーバランスが大きく変動していくことになる。

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