第188話 観察する

 冒険者たちの活動が再開し、更に過去のどの時よりも活発化した事により、魔の森由来の素材の流通量が急激に増加した。


 いわゆる「魔道具」を作っていた職人たちは連日持ち込まれる作成依頼に嬉しい悲鳴を上げ、冒険者ギルドは無秩序な依頼合戦に歯止めを掛けるべく対策に乗り出した。


 当然、その騒ぎは<パライゾ>の知るところとなり、統治AIである<コスモス>はついでとばかりに行政システムに手を出した。


「んなこと言ったって、直接会いに行った方が早いだろうがよぉ」


「口頭は簡単だが、人間の記憶は曖昧で不完全だ。まずは紙に記録することから始める。これの使い方さえ覚えれば、そもそもあなたが動く必要はない。その辺の子供を遣いに出せるようになる」


 一事が万事この調子で、<コスモス>はベータサル・サルファレアスファベータなどの人形機械コミュニケーターを使用し、管理職クラスの人員に指示を出していた。


 とはいえ、とにかく上の人間を使えるようにしなければ、いつまでたっても<ザ・ツリー>の手から離れない。頭脳装置ブレイン・ユニットゆえに「面倒だ」という感情は発生するものの、数年もすれば使い物になるだろうと予想もしていた。

 数年付き合う程度であればなんともないと判断する辺は、人間とは思考形態が異なる。そもそも、雑事が多すぎて手が回らない、という事態が基本的に発生しないのだ。

 手が足りなければ人形機械コミュニケーターを増産するし、思考能力が不足するならば頭脳装置ブレイン・ユニットを増設すればいい。


 まあ、そんな雑事を挟みつつも、<コスモス>は重要な装備を手に入れることができた。


 新たに生産された、魔素計2台である。


 <コスモス>は早速、魔素計が正常に動作することを確認し、1台を分解することにした。


 外装は木工接着剤、おそらくにかわで接着されたもの。

 小型の丸鋸で慎重に接着面を切り離し、外装を取り外す。


 中から出てきたのは、以前超音波探査で調べた通りの構造だった。

 特異な仕組みや素材は、利用されていないように見える。


 完全にむき出しの状態で、魔石を傍に置き、動作に問題がないかを観察する。


 結果、分解前と後で特に違いはないことが確認された。

 アナログな構造ゆえ多少の振れは発生しているが、誤差範囲だろう。


 この魔素計に必要な要素は、2つ。


 森虎フォレスト・タイガーの魔石と髭だ。


 魔石に髭を接触させておけば、周囲環境の魔素濃淡に反応して、髭が僅かに伸縮する。

 その伸縮を、金属針によって増幅させれば、魔素計の完成だ。


 <コスモス>は、まずは魔石と髭を、破壊しないよう慎重に分離させた。


 検証の開始だ。


 分離した髭を、その伸縮状態がよく分かるよう検出器をセットした透明パイプに通す。

 再び魔石に接触させることで、狙い通り、伸縮の状態を正確に検出できるようになった。


 今度は、フラタラ都市近辺で狩ったハイエナの魔石と取り替えてみる。


 結果は、検出できず。

 ハイエナの魔石では、髭は動かない。

 いくつか用意したハイエナの魔石で試してみるも、全て使えなかった。


 よって、この髭式魔素計は、フォレスト・タイガーのものでしか動作しないと判明した。


 そこまで分かれば、ひとまず検証を切り上げる。

 残りは、更に材料が手に入ってから考えればよい。


 今度は、魔素計のデジタル化に挑戦する。


 もともと、金属製の針に髭を付けることで、その伸縮動作を増幅して表示するという仕組みだった。作るのは単純だが、校正も難しく、そもそも針の持つ慣性力により、出力が安定しない。


 そこで、まずは髭の長さを直接計測する方法で標本化サンプリングを行うことにする。


 パイプに通した髭の先端の位置を計測できるよう、イメージセンサーを固定した。

 これで、髭に物理的に干渉せず、その長さを精密に測定できる。撮影用に環境光は必要だが、髭に余計なダメージを負わせないよう出力は最低限とする。


 あとは、魔石と魔素計の距離を変えつつ、その情報を蓄積していけばよい。


 この作業はスムーズに完了した。

 髭の伸縮と魔石との距離は、良好な相関関係を示したのだ。


 そうと分かれば、あとは量産するだけである。いや、量産するほど材料は無いのだが。


 もう一つの魔素計を分解し、同じ装置を製作する。


 これで、<ザ・ツリー>製の魔素計が、2台準備できた。


 魔石との距離による相関は、どちらも同じような特性を示した。当然、髭の反応量は差異があったが、補正すれば同じ数値として利用できる程度の精度を確保できたのである。


 これは朗報だった。


 ひとつひとつが個性的な反応を示すのではなく、係数演算で同じ数値を表現できるのだ。

 なんだかよく分からない「魔素濃度」なる謎の現象を、おおよそ正確に数値化できるということである。


 ちなみに、冒険者達の実用レベルでは、魔素計は今のままでよい。

 彼らに必要なのは魔素濃度が高い場所が分かるという事実だけで、その濃度がどんな数値かは、今のところ必要なかった。


◇◇◇◇


 いずれ、<ザ・ツリー>製の魔素計を冒険者に貸し出すことにはなるだろう。

 だが、それ自体は<コスモス>が目指すところではない。


 <コスモス>は、ノースエンドシティが発展し、魔の森の探索が活性化することを目指している。そして、その過程で必要となる魔道具を、多数開発するのだ。


 <ザ・ツリー>として、限られた資源を使用して少数のものを生産するというのは性格に合わなかった。魔素計にしても、可能であれば量産したいし、冒険者全員の必需品にしたいし、最終的には輸出したいのである。


 科学技術を利用した、量産品による暴力を振るいたいのである。


 よって、「魔素に反応して伸縮する」という特性を持った素材が存在することが判明したのであれば、同じような反応を示す別の素材も存在する、と考えた。


 前例はあった。


 フェアリーサークル、調査の結果ホットスポットになっていたと判ったあの場所に、迷い無く突っ込んできた森林猪フォレストボアである。

 当然別の理由についても考える必要はあるが、単純に魔素に反応していた、という可能性が一番高い。


 研究設備に運び込まれたフォレストボアの死体は、死後1時間以内。神経系の細胞以外は、まだ生きている可能性が高い。

 <コスモス>は早速、フォレストボアを慎重に解体していく。


 感覚器は、体毛、皮膚、眼球、鼻腔、口腔のものに絞る。それ以外は未知過ぎて予想できない。

 それぞれを、可能な限りの科学的、化学的手法で観察する環境を整え、魔物ハイエナの魔石を近付ける。


 頭部の体毛、皮膚、そして鼻腔、口腔内の一部細胞に何らかの変化があった。


 魔石を離す。


 各所に微量な変化。顕著なのは鼻腔。


 しかし、研究設備内の大型センサーでようやく観測できる程度のものだ。

 例えば、人間が持ち運べるサイズのセンサーでは、検出限界を下回る。


 他のアプローチが必要だ。


 もう一度、フォレストボアを観察する。

 一部の部位の劣化が始まっている。魔法的作用に必要なのは、体内の魔石だ。これは、これまでの実験で、繰り返して確認されている。


 フォレストボアの場合、各部位の細胞の観察の結果、頸から上の組織、全身の体毛、全身の皮膚については劣化していない、あるいは劣化が抑制されていると考えられる。


 胴体、脚部の筋肉は、一部で死後硬直が始まっているようで、例えば<レイン・クロイン>では観察されなかった事象だ。これは、フォレストボアの筋組織は魔石から何らかの作用は行われておらず、通常の化学法則に沿った現象が発生しているということを意味する。


 フォレストボアは、頭部と体毛、皮膚が魔法ファンタジー的に強化された魔物であるということだ。


 それはさておき、魔石である。

 現在、フォレストボアは各部位が解体されているが、魔石と接続するため、すべての部位が繋がった状態である。

 肉体を通じてファンタジー的な作用が伝達されると考えると、なるほど、頭部と魔石の位置は離れていた。解体し、平面に仕分けているせいだ。


 <コスモス>は、胸部から魔石を摘出し、頭部へ移動させた。


 改めて、魔素濃度による反応を観察する。


 その結果、やはり鼻腔内の一部細胞の反応が顕著であった。魔石が近いとき、すなわち魔素濃度が高い時に、受容器内の電位が上昇している。

 即ち、魔素の濃淡を匂いの濃淡として感じている、ということだ。


 そして、この嗅細胞ないしそれに類似した細胞群は、魔石による状態維持が作用しているらしい。観察している間も、細胞そのものの劣化が確認されなかったのだ。


 この細胞群は、利用できる。


 <コスモス>はそう判断し、嗅細胞の抽出を開始した。

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