第160話 閑話(とある公爵)

 アマジオ・サーモン、いや、アマジオ・シルバーヘッド公爵は精力的に活動していた。


 自らの地盤である、レプイタリ王国の将来を憂えて。


 現在、レプイタリ王国は飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を続けている。これは、拡大した海軍の力によるものが大きい。


 周辺国家と比較し、レプイタリ王国の海軍力は非常に高い。頭2つ、3つは飛び抜けている。技術格差的には、100年以上と見積もられる。

 見積もったのは例の超勢力だが、だからこそ、その分析は正しいだろう。


 故に、周辺国家からの一方的な富の収奪により、王国は成長を続けている。


 だが、その勢いはやがて頭打ちになるだろう。奪うだけでは、持続はしない。

 あと10年は問題ないだろう。

 20年は、これまでの蓄えで何とかなる。

 だが、30年以上後は、どうなっているだろうか。


 周辺国家から富を吸い尽くし、肥大した国家は、補給を絶たれれば後は餓死するだけだ。


 故に、アマジオ・シルバーヘッド公爵は動くことにした。

 海軍だけなら、彼の権力でどうとでもなる。だが、国は海軍のみで動いているわけではない。国防の要となる陸軍、国内統制を担う各政庁、治安維持を行う警察機構。これらが有機的に連携することで、国家は健全に運営される。

 そして何より、秩序に守られた自由な商取引が最も重要だ。経済を回さなければ、持続的な成長はありえない。


 まず必要なのは、改革を強引に進められるだけの権力である。

 そこで、シルバーヘッド公爵は海軍の有力者と結託し、国内の貴族家の統制を行った。分散した権力を取り戻し、王家を中心とした、中央集権を復活させたのだ。


 元々、近代化の道を走り始めていたレプイタリ王国内での、貴族の権勢は衰え気味だった。そんな現状を理解していた貴族当主達は素直に軍門に降り、王の血筋を頂点とした組織に組み込まれる。


 抵抗する貴族は、海軍の力で叩き潰した。

 海軍の力というか、正確にはアマジオ・サーモンが単独で潰した。海軍を動かすとどうしても目立つ上、陸軍や衛兵、あるいは貴族の私兵などが出張ってくる可能性があったため、海軍そのものは匂わす程度。実際には、アマジオ・サーモンがほぼ単独で乗り込み、当主を物理的に脅して忠誠を誓わせた。


 いわゆる、カチコミである。


 違うか。


 まあ、そんな感じで主だった貴族家を従わせ、それに伴い、王家は分散していた権力をその手に取り戻すことが出来たのだ。レプイタリ王国内で、貴族そのものの権勢が衰えていたというのも、この一連の騒動がうまく決着した理由の一つである。


 後は、王家の説得である。

 元々、現在の王はかつての王国動乱時にアマジオ・サーモンとその仲間たち、主に現在の海軍将校達によって擁立されたという歴史がある。

 当時少年だった王子は正しい見識を持つ立派な王になっており、何よりアマジオ・サーモンに対し感謝の気持ちを持っていた。


 アマジオ・サーモンに対する褒美としてシルバーヘッドという公爵を立ち上げ。

 権力闘争に嫌気が差した彼の希望を聞き入れ、辺境へ封じることの許可も出してくれた。


 今回も、アマジオ・シルバーヘッド公爵の行動を十分に理解した上で後押ししてくれている。まあ、自身の権力が拡大するのだから、表立って反対する必要もないのだが。

 唯一、王国をシルバーヘッド公爵に操られるという懸念はあったものの、建国の父と言っていいほどの活躍をした偉大な人間を邪険にするほうが問題視された程である。


 こうして、中央集権の土台は用意された。

 実務については、国内の鉄道敷設事業を進めることで手当を行う。鉄道が開通すれば、地方と中央の間の情報連携の速度が格段に向上する。

 また、物資の集積と再配分を行うことができるようになるため、国内の流通機能も飛躍的に向上するだろう。


 アマジオはここに、超科学の力を投入した。

 正確には、パライゾに意見を求め、彼女らの指導の元、大型重機や工作機械の開発に成功したのだ。


 100人が1日掛けて進める仕事を1時間で終わらせる、画期的な土木重機の量産。

 耐久性の高いレールや各種のネジ、釘などの金属部品の製造を行う工場の建設。

 通常ならば様々な試行錯誤の上に成り立つ筈の技術力を、外部からの知識により、無理矢理に向上させたのである。


 こうして国内の産業基盤の改革も行い、いよいよレプイタリ王国は近代化の道を突き進む。


 この産業成長を主導したのは、アマジオ・シルバーヘッド公爵率いる海軍および貴族達の傘下にある商会連合だ。

 当然、その影響力、資金力は加速度的に膨らんでいく。

 割りを食ったのは、彼らから遠ざかり、陸軍などと蜜月の時代を過ごしていた商会連合である。

 割りを食ったと言うか、王国は彼らを切り捨てるために動いていたので当然といえば当然だったのだが。


 ちょっかいを掛ける兵隊は都度潰され、乾坤一擲と実行に移されたアマジオ・シルバーヘッド暗殺計画は見事に完封され、少なくない実行犯とその関係者は断罪された。

 この大捕物には、あの<パライゾ>が大いに関わっている、と噂されている。

 手足をもがれた老害集団、伝統レジェンダリー・元老院セネトは随分と粘ったのだが、結局1人、また1人と構成メンバーは消えていき、自然解体のように消滅した。


 王の意思に干渉できるほどの権力を持っていたとはいえ、そもそも王の意思すら捻じ曲げられる力を持った公爵には敵わなかった。そういうことだ。


 ちなみに、アマジオ・シルバーヘッド公爵のアキレス腱を押さえるためと、彼が過ごしていた村に自身の私兵を向かわせた商会が居たらしいのだが、特に何もなく、私兵だけが消えたらしい。

 アマジオはその話を潰した商会から聞き出したのだが、当然そんな報告は受けていなかった。

 自身の弱点というか、周辺を攻めるという常套手段は十分警戒していたため、海軍から護衛隊も派遣されていたのだが、そちらも特に何の騒動も起きていないのである。


 心当たりは一つしか無かったのだが、彼女ら曰く、その話は知らないが、活動に邪魔な武装勢力を潰したことはあるとだけ言われたため、彼は賢明にも沈黙を守った。

 どうやら、彼女らは国内に既に浸透しているらしい。

 それも、何の痕跡も残さぬまま、何十人の人間を消すほどの力を持った何かが。


 これについては何の手当も出来ないため、諦めるしか無かった。そもそも、どうやら船だけでなく航空機の運用も行っている節がある。直接確認は出来ていないが、高空に光る移動物体や、謎の遠鳴りの噂は聞いていた。

 彼女らの出現と同時に始まったこの現象を、知識を持ったアマジオが結びつけるのは容易だった。


◇◇◇◇


「こんばんは、アマジオさん」


「ああ、こんばんは。今日は何か、面白い話はあるか?」


「んー、そうねぇ。魔法の解析は続けてるけど、正直まだまだ掛かりそうなのよね。そっちは?」


「そうだな。そっちから買ってる、あの燃石をまるごと使った大型蒸気機関の先行量産型が、ようやく稼働を始めたってことくらいかね」


「ああ。そういえば、前回もそんなこと言ってたわね。順調?」


「まあ、そうだな。燃石の純度も十分だし、あとはウチの工作精度の問題だ。それも、そっちから供給されている鋼材と部品で十分に確保できる見通しだぜ。まったく、<パライゾ>様々だよ」


「そう、それなら良かったわ。何か困ったことがあれば相談してね。同じ転移者の誼だし、安くしとくわよ?」


「何だ、金は取るのか?」


「それはそうよ。無償の援助ほど怖いものはないでしょう? 十分割引はしてあげてるんだから、いいでしょ」


「……ふん、まあ、それはそうだがな。俺からすると、貰ってばかりって感じだがね。あんたがそう言うなら、そういうことにしておくさ」


「え、何よもう。少なくとも、ウチは別に損してるわけじゃないし、そんな風に気にしなくてもいいのに」


「そうかい。いや、すまない。そうだな、いつもありがとう、と言っておくよ。俺の方こそ、何か協力できることがあれば言ってくれ。できる限り便宜を図ろう」


「そう? あ、それなら、今度そっちにウチの娘を送ることにしたのよ。相手をしてあげてくれる?」


「……娘?」


「ええ。いえ、正確には人工知能搭載のアンドロイドだけどね。経験蓄積のためにちょうどいいから。<リンゴ>もそっちの治安は問題ないって太鼓判出してくれたし」


「治安……? いや、王都はまだまだ騒々しいが、本当に大丈夫なのか?」


「大丈夫大丈夫。護衛も連れて行くし、そろそろ外に出してやりたいのよ。私はまだ動けないけど、せめてあの子達くらいはね」


「……そうか。いや、そう言うなら、任せてくれ。世話係も付けられるし、何だったら屋敷も用意できるぞ」


「本当? じゃあ、それもお願いしようかしら。まあ、詳しくは次に伝えるわ。いえ、ちゃんと外交ルートで申し出ようかしらね」


「分かった。俺から言い出すのもおかしいから、外交官を通してくれ。あとはこっちで準備するさ」

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