第161話 アサヒ・オン・ステージ(1)

「魔法とはなにか!」


 ばーん、とオノマトペが見えそうな勢いで、朝日アサヒが叫んだ。


「アサヒ、ボリューム下げて」

「アサヒ、うるさい」


 壇上で、アサヒはうんうんと頷き、手を振ってスライドを表示する。


「まずは、これまで観測した魔法現象を紹介しましょう!」


 聴衆からの野次を完全に無視し、もちろん音量も落とさず、アサヒは続けた。


「アサヒは元気ねぇ」


「はい元気ですお姉さま!!」


 スライドに表示されたのは、最初の脅威生物、<レイン・クロイン>。


「さて! 皆さまも御存知の通り、私は直接見ていませんが、あの巨大な脅威生物との戦いにより、私達はこの世界の洗礼を受けました!」


 スライド上で、当時の戦闘映像が再生される。

 謎の光を纏い、砲弾を弾く<レイン・クロイン>。


「くう、私もこの場に居合わせたかった!! 生で見てみたかった!」


「アサヒ、あまり脱線しないように続けなさい」


 <リンゴ>の諫言に、アサヒは悔しそうに次のスライドを表示する。


「<レイン・クロイン>は、強大な敵でした! 全ての攻撃を無条件で防ぐこの防御膜!」


 直撃した徹甲弾が防御膜に防がれ、液状に流動しつつ粉々に砕けていく映像が流れる。


「そして、巨体でありながらのこの運動性能! 当然、私達が縛られている物理法則を無視しています! どんな物性であっても、この重量物をこの速度で振り回せば、関節部が破断します!」


 海水を跳ね上げ、暴れる<レイン・クロイン>。その速度と予想される重量から想定された関節部の負荷は、<ザ・ツリー>謹製の構造体を使ったとしても容易に破壊されるほどだ。

 しかし、<レイン・クロイン>は元気に動き回っている。


「そもそも、生体筋肉の断面積から計算される筋力よりも、遥かに出力が大きいことも分かりました! つまり、<レイン・クロイン>は何らかの手段で、自身の生体構造を強化し、筋力を向上させていると予想されます!」


 そして、次のスライドで表示されたのは、あの長大な地虫ワームである。


「こちらは、名もなき巨大地虫ワームです! これも、妙な硬さを発揮していました! そもそも、消化器官を調べてもろくな情報も得られず、なぜあんな不毛の大地で肥え太ることが出来たのかが不明です!」


 地虫ワームが地面から飛び出し、空中にアーチを描いて地面に入り込む映像が流れる。


「そもそも、このように綺麗に地面に入り込む方法が分かりません! 確かに頭部は硬質でしたが、この程度の速度でこの地面にぶつかっても、掘り進めることは不可能です! 普通に自重で押し潰れるだけのはずです!」


 それはまあ、その通りだった。現場は荒野のど真ん中であり、乾燥して硬くなった地盤が地下何mも続いている。そもそも構成の殆どが溶岩石であり、いくら強く叩きつけても、生体に負ける要素は無い。普通は生身の方が負ける。


「更に、襲い掛かってきた魔物ハイエナです! これらも、想定筋力と実際の運動性能が乖離していました!」


 東門East gate都市city周辺に生息している魔物ハイエナも、<ザ・ツリー>では脅威生物と分別している。理由は、アサヒの説明の通り。

 明らかに運動性能が高く、通常の生物の枠内には収められない。


「<セルケト>は、まともにぶつかっていないので詳細は不明ですが、少なくとも燃料気化爆弾では傷一つ負わせることは出来ませんでした! それに、甲殻類であの大きさを地上で成り立たせるには、さすがに脚が細すぎます!」


 甲殻類は、筋肉を甲殻内に収める必要があるため、大型化に向かない生物種である。筋力が筋肉の断面積に比例するため、大型化するには手足を太くする必要があるのだが、同時に重量も増えるため燃費が非常に悪くなるのだ。しかも、その太くなった筋肉を覆うため、より重い甲殻を纏う必要がある。

 故に、<セルケト>も非常識ファンタジーな現象をその身で体現していると想定される。


「最後に、この銀竜ワイバーンです! こいつは既知の防御膜と肉体強化に加え、謎の力で加速飛行し、あまつさえ衝撃を加速度に変換するという離れ業までやってのけました! 私達の勢力だと、向こう20年は実現できない技術ですね!」


 ベクトル変換、ないし慣性中和と呼ばれる技術は、情報だけであればライブラリに保管されていた。しかし、それを実現するには大型の装置と地上では入手できない希少な化合物を必要とするため、今の<ザ・ツリー>では製造することが出来ない。


「それと、音波攻撃と、荷電粒子によるブレス攻撃! ええ、やはりドラゴンといえばブレス! こいつは間違いないですね!!」


「アサヒ、うるさい」


「このブレス、恐らく口腔内で超加圧されてプラズマ化した空気に、加速度を追加して撃ち出していると思われます! 粒子加速器に相当する器官は無いので、実に非科学的ファンタジーですね!」


 アサヒは弾むように体を揺らしつつ、スライドを進めていく。

 姉妹達からのクレームは馬耳東風だ。全く意に介していない。


「さあ、次はこの地に住む人々です! サンプルのアフラーシア連合王国、あとはレプイタリ王国ですが、魔法はあまり得意ではないようですが!」


 スライドに表示されたのは、突き出した右手の先から飛び出す、燃え盛る炎の塊。

 アフラーシア連合王国、テレク港街に複数人存在する、魔法戦士と呼ばれる兵種の訓練映像だ。


「このように、個人が個人の意志で、空気しか観測されていない場所に炎を出現させ、あまつさえ前方に投射するという技能! さらに、空気以外の物質、恐らく一定以上の質量を持った物質に接触した場合、この炎の塊はある一定の威力で爆発し、炎を撒き散らします!」


 ほぼ一直線に飛んでいく炎の塊は、その先に設置されている的にぶつかり、爆発音とともに炎を散らす。

 木製の的は火に炙られ表面が炭化し、散らばった炎は周囲の地面に落ちるとパッと弾け、地面を焦がした。


 的が燃え上がるほどの熱量はないようだが、人に直撃すれば、広範囲が重度の火傷を起こす程度の火力はあるらしい。


「さらに、レプイタリ王国で運用されているこの伝書鳥です! 鳥の種類は問わず、まるで古の伝書鳩のように、帰る場所にひとっ飛び! 疲れ知らずで、ほとんど休憩もせず飛び続けます! どうも、一種の強化魔法と分類されるようで、数日は飛び続けるようです!」


 伝書鳥をドローンで追い掛けさせた記録が、スライドに表示される。

 実際に<ザ・ツリー>が実験を行ったわけではないが、聞き取り調査とその運用状況の観察から、そこそこデータは集まっているようだ。


「鳥ならば何でもいいのですが、その鳥の飛行能力は生来のものが優先されるので、早く飛べる種類ほどこの伝書鳥には合っているらしいですね! 理屈はさっぱりです! 実に非常識ファンタジーで良いですねぇ!!」


 次に表示されたのは、こちらに向かって斬りかかる鎧の男。


「これは、ウチの多脚戦車を切り裂いた騎士様ですね! この彼が持っている剣は、よくできてはいますが所詮青銅製! 切れ味はともかく、強度はさっぱり足りません! 多脚戦車の複合装甲に叩きつければ、いくら刃筋が通っていても表面に傷がつくだけ! このように、両断されることはありえません!」


 剣の刃渡りよりも遥かに長い多脚戦車が、ばっさりと切り裂かれる。明らかに、何らかの補助により剣としての機能が向上している。

 刃渡りを自在に調整できるエネルギーブレード、というのがアサヒの見解だった。


「ただ、熱で溶かし斬っているわけではなく、物理的に、綺麗に切り裂かれているみたいです! まるで、正しく加圧された単分子カッターを押し付けたが如く! でも、単分子カッターだと強度が足りずに負けちゃうはずなので、やっぱりファンタジーだと思います!!」


 ニコニコと嬉しそうに断面拡大図を表示し、解説するアサヒ。

 生き生きとしている。

 お姉さまイブもニコニコしていた。


「あとは、現地住人が使用している道具ですね! 確保したのは、火炎放射器と焜炉コンロですが、魔石と呼ばれる謎の物質をセットすると、先から炎が出たりします!」


「そういえばそんなものもあったわねぇ」


「はい、お姉さま!! それと、燃石も謎の物質です! 加圧すると発熱しますが、燃焼しているわけでもなく、燃えカスも残らず綺麗に消えちゃいます! 質量保存してください!!」


 燃石の大きさと、そこから取り出すことができる熱量。

 厳密に計測した結果、取り出すことができる熱量はその重量の2乗に比例するらしい。


「この熱量取り出しも意味不明です! 大きな塊を半分にすると、熱量も減るとか! どこいったんですかエネルギー! むしろどこから湧いてるんですかエネルギー!! 実に、実に興味深いですね!」


 ヒートアップしたアサヒは、鼻息を荒くしながら、スライドを更に進めた。

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