第159話 回収部隊派遣

『回収部隊を向かわせてもいいですか、お姉さま!?』


「早いわよ。落ち着きなさい」


「落下地点は、ノースエンドシティから1時方向、およそ21km。森林境界からは7kmほど北側です。魔の森と呼ばれる地域ですので、魔物が脅威となる可能性がありますね」


 ノースエンドシティについては、情報収集がさほど進んでいない。

 <ザ・ツリー>から見て、直線距離で2,300km以上離れた最も遠い街であり、スパイボット網の構築も不完全である。ただ、街の規模、総人口などから脅威度を判定し、問題なしとして侵攻している。


 もう数日あれば、かなり情報収集が進むのだろうが、今の時点では魔の森についての情報が殆ど無かった。


人形機械コミュニケーターを使って、住人に聞き込みをしてもいいでしょうか!?』


「それは現地戦略AIに任せましょうね?」


「アサヒによる直接操作は認めません。確認事項は現地戦略AIとやりとりしなさい」


『ええぇぇー! なんでですか!!』


 テレク港街で暴れまわっているアサヒに、任せられるわけがなかった。

 しかも、どうやら3つある頭脳装置ブレイン・ユニットをうまく使って、睡眠なしで24時間動き回っているらしい。<リンゴ>はそんな機能は付けていないと言っていたため、自分でどうにかしたらしい。

 恐るべき執念である。


 というわけで、魔の森に墜落したワイバーンの回収にあたり、まずは脅威の確認が必要だ。

 ノースエンドシティは制圧したばかりではあるが、威勢の良かった住人をピックアップし聞き込みを行うことにする。


 これと並行し、<リンゴ>はワイバーンの襲撃前後の衛星画像の解析を開始した。

 襲撃前、この地域を撮影したのはおよそ4時間前。

 その後、戦闘開始直後に1号機、および3号機が上空を通過。


 最初の画像は広域撮影のものであり、解像度はそれほど高くない。1号機の画像は比較的状態がよく、飛行するワイバーンの姿がくっきりと写り込んでいた。

 3号機の画像は、軌道・高度変更を行ったことで最も精細に撮影できている。

 ただし、撮影できたのは戦闘開始後しばらく経ってからのものだけだ。ワイバーンの戦闘機動の情報解析には役立つだろうが、ワイバーンがどこから来たのかを調べるには不足している。


司令マム。ワイバーンの移動経路を解析しました」


 ギガンティア部隊のレーダー情報、および衛星画像から、<リンゴ>がおおよその予想経路を地図に映し出した。


「こちらの、およそ4時間前の衛星画像ですが、ワイバーンと思しき飛行体を見つけました。

 北限連峰のふもとに日光を反射する物体と、それが作り出した影があります。

 影の位置から推定し、飛行高度は600mから800m。

 ノースエンドシティからは、おおよそ500kmほど離れた場所です」


「……500km先から、こっちを見つけて飛んできたっていうの?」


「この画像で捉えた飛行物体が、交戦した個体と同じであれば、そう考えられます」


 いかに<ザ・ツリー>とはいえ、予想していない状況で、500kmも離れた場所に居たドラゴンを探知することは不可能だろう。

 まあ、ドラゴンというファンタジー生物の存在を警告されていながら、その警戒を怠ったと言われれば、そうなのかもしれないが。


「まあ、無理よね」


 せめて目撃情報だけでもあれば違っただろうが、少なくとも、アフラーシア連合王国内、そしてレプイタリ王国、なんならあのアマジオ・サーモンですらドラゴンの存在は知らなかったのだ。

 噂であれば、いくらでもあったのだが。


「恐らく、これまで人類種が、ドラゴンの縄張りに侵入したことがなかったのでしょう。

 あるいは、侵入できたとしても、全滅していたか」


「ありそうね。このノースエンドシティの冒険者とやらも、未開の森の中を数百kmも踏破して戻ってくるほどアグレッシブではないみたいだし」


 早速人形機械コミュニケーターが聞いてきた情報を整理しつつ、司令官イブと<リンゴ>は話し合いを進める。


「未開の地を求めて突き進んだ噂とかはあるけど、帰ってきた者は誰も居ないとか」


「森の中に拠点を作っても、すぐに魔物に襲撃される、といった話もあるようです。どうやら、魔物同士でテリトリーの奪い合いも頻発しているようですね。

 冒険者が魔物を狩ると、空白地帯目指して周囲から魔物が殺到すると」


 少し情報を集めただけでも、割と血で血を洗う抗争が繰り返されている魔境のようだった。

 いや、真実、魔境ではあるが。


「じゃあ、あのワイバーンの回収は難しい?」


「一気に戦力を投入し、周辺の魔物を殲滅すれば、幾ばくか時間は稼げそうです。魔の森の浅層、おおよそ10km程度の範囲をそう呼んでいるようですね。

 冒険者たちが普通に活動している範囲ですので、我々の装備であれば何とかなるでしょう」


 少々楽観的な意見ではあるが、間違ってはいないだろう。司令官イブは頷き、回収部隊の派遣を決定する。

 そもそも、あんな巨大な生物が空から降ってきたのだ。

 まともな感性を持った生物であれば、警戒して近付かないだろう。


 魔物がまともな感性を持っているかどうかは、分からないのだが。


「ギガンティアからの空挺で、戦力を投下。輸送機から重機を投入して、周辺の地均し。安全が確保できたら、回転翼機を回しましょう。あのサイズ、運べるかしら?」


はいイエス司令マム。開発した大型の輸送機を複数運用すれば、吊り下げは可能でしょう。目算ですが、重量は2,000トン前後と想定されます」


「2,000トンかぁ…」


 結構な重量である。ただ、輸送用の超大型回転翼機は開発済みであり、その耐荷重は100トンを優に超える。2~30機は必要になるだろうが、そのあたりの制御はAIがうまくやるのだろう。


「アサヒ。基地から輸送機を回しなさい。多脚重機を投入します。ギガンティア部隊はレーダー出力は落として、現場に移動させなさい」


『はい、<リンゴ>。そのように指示します。多脚戦車、森林内運用は初めてになりますが、大丈夫でしょうか?』


「現地で学習させるしかありません。航空機によるエアカバーを密に。スパイボット群も同時投入しなさい」


『はぁい』


 多脚戦車の実戦経験は、これまではすべて、荒野、および市街地である。

 森林のような、入り組んだ不整地での運用経験はない。


 とはいえ、元々、荒野や市街地と言うより、入り組んだ不整地での運用を想定した戦闘機械である。むしろ、森林地帯での行動の方が、その能力を発揮できるかもしれない。


『多脚戦車で拠点確保。多脚攻撃機で周囲の脅威を排除。各種ドローンで各作業を支援。現地戦略AIより、作戦概要の提案を受領。作戦案を承認しました!』


「オーケー、追認するわ」


 退避していたギガンティアと、タイタン級3番艦、コイオスが進路を変更。再び魔の森を目指して航行を開始する。

 2番艦、オケアノスはそのまま、上空で制空権の確保を続けている。


 戦闘データのフィードバックは反映済みのため、次に同じ脅威生物が襲い掛かってきたとしても、更に有利に撃退できるだろう。


「やれやれ、やっと一段落ねぇ……」


 そこまで確認し、彼女は体の力を抜いた。

 さすがに疲れた。


「お疲れさまです、司令マム


「いやー。今日一日でいきなりファンタジー度が増したわねぇ。多脚戦車を剣1本で斬り倒す騎士に、こっちの機械部隊に対抗できる冒険者。止めは、ブレス一発でタイタン級を戦闘不能に追い込むドラゴンと来たわね……」


「心中お察しします」


『お姉さま、やっぱり外の世界は楽しいですねぇ!!』


「アサヒは元気ねぇ……」


 さて、と彼女は気合を入れ、司令席から立ち上がる。


 今回は作戦目標が多岐に渡るため、直接演算能力が劣るアカネからオリーブの5姉妹は待機させていたのだ。

 彼女らと、息抜きに戯れるのもいいだろう。


 アサヒは<ザ・ツリー>内に居ないし、そもそも本人が楽しそうに仕事を続けているので、放置だ。後から文句を言ってくるだろうが、ここに居ないのが悪いのである。

 触れ合いたいなら、帰ってくれば良いのだ。


「……ん? こ、これが実家から出ていった子供の帰郷を心待ちにする親の気分……?」


 適当なことをほざきつつ、彼女イブは5姉妹が待つ食堂へ向かって歩き始めた。

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