第51話 高度20kmの矢文
「……矢が刺さってた?」
「
「……」
テレク港街が存在するアフラーシア連合王国、その東側に広がる森林地帯上空を飛行していたスイフトが、攻撃された。中々衝撃的な報告だった。
「……<リンゴ>。確認するけど、スイフトの飛行高度は?」
「高度はおよそ20,000mです、
「20km上空のスイフトの翼に、矢が命中していたの?」
「
彼女はドン引きした。なにせ、高度20kmである。しかも、スイフトの翼長は40mほど。地上から見れば小さな点だ。
勿論、<リンゴ>の演算能力を持ってすれば20km離れた目標に砲弾を命中させることは造作も無いのだが、それは当然<リンゴ>の莫大な計算資源あってのものだ。しかも、水平方向の射撃ではなく、上空である。
当然重力の影響があるため、単に20km離れた的を狙うのともまた異なる。
そもそも、スイフトは航空機としては低速とはいえ、時速200kmから300kmほどで飛行しているのだ。
例えば、矢の速度が平均時速200kmと仮定すると、上空20kmに到達するのに6分掛かる。6分あれば、それこそスイフトが時速200kmとすると、狙い撃った場所から既に20kmほど移動していることになるわけだ。
しかも、直線移動をするとは限らない。6分後にスイフトがどこに移動しているかを正確に予測しないと、そもそも矢を当てることもできないのである。
「ちなみに、流石に大量の矢を射掛けられれば探知可能ですので、恐らく多くても5射程度。もしかすると、1射しかされていない可能性もあります」
「……映像解析は?」
「距離が離れていたことと、スイフト間でのリレー通信でしたので、解像度はともかくフレームレートはあまり高くありません。まだカメラが矢の方向を向いていれば撮影はできていたかもしれませんが、残念ながら映っていませんでした」
流石に。
流石にどうすればいいのか分からず、彼女は椅子に沈み込み、眉を顰めた。
「それと、もう一つ。矢のシャフトに手紙が巻かれていました」
「……ええ……」
それはつまり、攻撃としてではなく、連絡手段として矢文を使ったということ。こちらが読解できる知性を持っていると予想された、ということだ。何かしら上空にあるものに撃ち込んだのではなく、人工物であると看破されたのだ。
「手紙の内容は解析中ですが、アフラーシア連合王国で使用されている言語でも書かれているようですので、そちらは報告可能です。その他、いくつかの言語でも書かれていますが、恐らく同じ内容かと」
「相手は文明社会ってことね。問答無用の攻撃でなくて、複数言語で書かれているということは、交渉相手として見られているのかしら?」
「
彼女に見えるように、<リンゴ>は手紙の画像を表示する。当然、
「警告。そちらは我々の領域を侵犯している。速やかに立ち去ることを要請する。交渉の意志があるのであれば、
「……ううん、内容は至極真っ当ねぇ」
「
<リンゴ>の問いに、彼女は唸る。交渉の窓口があるというのは悪いことではないが、どうやって派遣するかが問題だ。
東門都市は、アフラーシア連合王国内の都市の一つ。聞いた所によると、それこそ
ちなみに、東門都市は、テレク港街から500km以上内陸に位置していると思われる。
「つまり、
「
そうなると。
この問題は放置するか、あるいは<ザ・ツリー>のユニット以外を使用するか、だ。
「テレク商会長に依頼し、メッセンジャーを派遣すること自体は可能でしょう。無事に辿り着けるかどうかは不明ですが」
「……。そうね。治安が悪いものね」
さてはて、と彼女は悩む。このまま無視するのも、当然有りだ。ただ、東の森林地帯、手紙を信じるのであれば
現在、有効な調査方法はスイフトか、
しかし、上空20kmの機体にピンポイントで矢を当ててくる相手に対して、どちらの機体もあまりに無防備すぎる。エンジンを狙われればスイフトは簡単に撃墜されるし、アルバトロスであっても所詮はただの偵察機。金属の鏃を持つ矢を防ぐほどの装甲を施すことは困難だ。エンジンや燃料タンクを撃ち抜かれれば、それ以上の飛行はできなくなる。
また、搭載コンピューターに矢が当たれば、そのまま操縦不能になって墜落することになるだろう。
かといって、コンタクトをとるのも難しい情勢である。そもそも、交渉できたところで上空からの調査が許可されるとも思えない。
「
「まあ……ちょっと迂遠だけど、他人の領域を荒らすのも気が引けるわね」
「
「最終手段よねぇ。覇権には興味ないわね」
「
ちなみにこれが、超科学による世界侵略が防がれた瞬間である。
「うーん、でもそうすると、何か使節団を出さないといけないのよね。いくら
消耗前提で
また、<リンゴ>と通信を継続するには上空にスイフトを待機させる必要がある。かの東門都市は、テレク港街で手に入れた地図から推測すると、<ザ・ツリー>との距離は1,500km以上。通信のため数機のスイフトを経由させる必要があり、通信のタイムラグは馬鹿にできない。相手国の上空にも侵入できないとなると、何らかの通信手段を準備しないと、
「当面は情勢を見極めつつ、テレク商会長に人員を送り込むよう伝えるのがよいでしょう」
「そうね。……とりあえず、あの東側の大森林については調査は取りやめね。貴重なスイフトを落とさせるわけにも行かないし……」
「
確かに、スイフトが何れかの勢力に発見される可能性は考慮していた。ただ、さすがに攻撃可能というのは想定外だ。
「こないだの
「今回は個人用の矢でしたが、バリスタのような大型の弩砲も同様の射程だった場合、たとえ戦闘機であっても一撃で撃墜されかねません。もう少し、積極的に情報収集を行うべきですね」
「そうね。そのあたりは任せるわ。……となると、当面、調査対象はアフラーシアね。少なくとも、この国の技術レベルは予想できるから」
「
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