第196話 船上の宴

「首都までは水路で繋がっていてね」


 それなりの大きさの輸送船。

 客船を運用できるほどの人の移動はないが、ある程度の地位の人々が満足できる程度の気品を保った、貴賓輸送船である。


 今回の積み荷は、森の国レブレスタとアフラーシア連合王国の貿易品。

 小麦、糸、布、塩や酒。小魚の煮干しなども最近品目に加えられた。


「途中で休息日は挟むが、おおよそ10日程度で我らが首都、麗しのリンダに到着する予定だ」


「このサイズの船が、問題なく運用できる水路なのか?」


「ああ。元は7つの湖と、それをつなぐ川だけがあった。古くはこれを活用し、我が国は成長を続けたのだ。そして長年を掛け、この川を拡幅し、護岸し、川底を削り取った。全てが完了したのは、もう何十年も前の話ではあるがね」


 ティアリアーダ・エレメスと妻エレーカ。そしてその随行員。

 そして、<パライゾ>代表、アルボレア=ヒース、アリスタータ=ヒース。随行員として更に2名。


 この面子が、貴賓輸送船に乗船している。


 <パライゾ>の残りの随行員は、後ろに続く多脚戦車および核融合炉搭載電源車リトルホエールに分乗していた。


「さて、そろそろ出港かな。後ろは大丈夫かね?」


「問題ない。出港していただいて構わない」


 ティアリアーダは、アルボレア=ヒースが頷くのを確認し、船橋ブリッジの船長に合図を送る。


「出港だ!!」


 錨が巻き上げられる。同時に、船に設置された魔道具が稼働を開始した。


 魔法送風機ブロワーとだけ呼ばれるそれは、仕組みは非常に単純だ。

 風を発生させる魔石を箱に入れ、1方向のみ穴を空けているだけ。


 正確には、空気の取入口も必要だが、要は後ろに風を送り出す、というただそれだけの機能の魔道具だ。


 この魔道具が、この貴賓輸送船には数十という単位で設置されているのである。


「動いた」


「この魔道具が無ければ、我が国はこれほどまでに発展できなかっただろう」


 貴賓輸送船は、ゆったりと動き出した。

 魔道具という性質ゆえ、作動音はない。

 ただ、発生した風が水面をたたき、水しぶきを散らす音のみ聞こえてきていた。


 長大な河川を利用した、大量の物資輸送。

 上りは苦労するだろうが、下りとなれば何の動力もなく物を動かすことが可能だ。

 これは、経済力を高める上で重要な輸送手段である。


「まあ、それと、もうあなた方に言っても詮無いことではあるが。アフラーシア連合王国から輸出される馬、これも大きな原動力となった」


 河川を船で遡上するには、何らかの動力が必要だ。

 順風、即ち川下から川上へ風が吹く状態であれば、帆を張って遡上も可能だが。通常、風はきまぐれであり、そもそも川自体が曲がっているものである。


 そうすると、櫂で漕ぐか、あるいは綱を渡して岸から引っ張るか、である。

 そして、その岸から引っ張る役を、馬に行わせていたのだ。


「川の流れが早いとき。あるいは、積み荷が多いとき。はたまた、そもそもこのブロワーを積んでいない船。馬による船の曳航は、今も現役だ」


 ここ最近は馬の輸入頭数が減っていてね、結局我が国の中での繁殖に力が入り始めたのだよ、とティアリアーダは説明する。


 自前で育てるより、アフラーシア連合王国から成馬を輸入したほうが安く済んでいた。そういう理由で貿易が成り立っていたのだが、頭数が減るなら自前で用意するしか無いということだ。


「貴国が望むのであれば、馬の輸出は再開できる。各街の活気も戻ってきている。馬を再び繁殖させる余裕はある」


「そうかね。まあ、それも長老会に掛けてみよう。現在の馬牧場にしわ寄せがいかないよう、調整は必要だがね」


 既得権益、という慣習がある。

 そのまま何も無ければ自分の収入になるはずが、外乱によってそうでなくなるとき、人はその原因に対して恨みを抱く、という反応のことである。

 いや正確には違うのだが、まあ、そんなようなものだ。


 これまで減っていた馬の輸入頭数が増えたとき、現在、森の国レブレスタ国内で馬の供給を行っている業者は、出荷頭数減少という不利益を被ることになる。

 この調整を行わないと、軋轢が生じ、余計な争いが発生するということだ。

 当然、<パライゾ>にとってはどうでもいい問題である。

 馬の輸出は、アフラーシア連合王国にとっては必須でもなんでも無い。要求されれば卸すだけである。


「輸出数については調整可能だ。具体的な話になりそうであれば、検討しよう」


 <ヒース>はこの話題をあっさり流し、自身の収まる多脚地上母機プランターを動かした。

 プランターは、全地形対応型のモデルである。よって、川の中でも行動に支障はない。

 バラストタンクが空であれば水に浮くよう設計されており、簡易的な水中推進機も装備している。もちろん川底を歩くことも可能だが、そうするとマイクロ波給電が阻害されるため、通常移動では水面に顔を出している必要があった。


 プランターがゆっくりと水中にその身を沈めていく。多脚戦車は既に、前を行く貴賓輸送船の後ろに付いていた。

 喫水は深く、上面が僅かに水上に出ているだけだ。時折、波が上面を洗っている。

 これは後に続く多脚地上母機、そして核融合炉搭載電源車リトルホエールも同様だ。

 ただ、リトルホエールはその広大な上面に自走式多輪輸送車を載せているため、その重さで喫水が下がっているのだが。


 ともあれ、一行は無事に移動を開始した。


◇◇◇◇


 船尾に移動し、<パライゾ>の一行を観察していたティアリアーダ・エレメスは、冷や汗を掻いていた。


 今回同行しているこの巨大なゴーレム達は、当然のように移動特化の馬車に同道し、更には水中まで付いてきている。

 移動速度は、レブレスタの標準的なそれと同じ。

 いや、無理をしている様子もないことから、更に早く移動することが可能と考えた方がよい。


 外交官としては、どうしても想像してしまう。

 もし、このゴーレム集団が、レブレスタに侵攻してきたとしたら。


 既に、街道は整備している。整備してしまっているのだ。

 街道を進撃するこの巨大なゴーレムを、我が国の軍は押し留めることは可能なのか。


 この巨体を撃破するという光景を、筆頭外交官はどうしても思い浮かべることが出来なかった。


 そうして防衛線を突破され、ランタ川に到達されれば。


 川を使って、整備された、広く、そして深い水路を使って、ゴーレム集団は一気に国内になだれ込むことになるだろう。ランタ川のつながる先は、麗しの首都リンダだ。


 何をおいても、アフラーシア連合王国、いや、<パライゾ>とは敵対関係になってはならない。そして、この脅威を、長老衆に必ず理解させなければならない。


 ティアリアーダ・エレメスは心にそう誓い、拳を握り締める。


 その様子を、多脚地上母機プランターの高感度センサーが詳細に観察していた。


◇◇◇◇


 船上で饗されたのは、移動中に釣り上げられた大きな川魚の蒸し焼きだった。

 宿泊のため停泊した小さな村から入手した新鮮なハーブを擦り込み、巨大な葉っぱで包んで窯に突っ込み、まるごと加熱した豪快な一品である。


 その他にも、ソテーや煮込み料理など、川魚をふんだんに使った料理が準備されている。


「このランタ川周辺の名物料理だ。楽しんでいただきたい」


 魚の姿蒸し。

 なるほど、こういう趣の料理もあるのか、と、アルボレア=ヒース、アリスタータ=ヒースは頷いた。<ヒース>は即座に、料理の情報を戦略ネットワークにアップロードする。最優先で処理されるはずだ。

 パーティー料理に最適ということは、司令官イブが好む形式ということだ。


「お心遣いに感謝する」


 貴賓輸送船は魔法送風機ブロワーを積んでいるため、移動速度がかなり速い。

 そのため、発展した宿港街は通り過ぎ、先の小さな漁村に停泊している。当然、村内に宿泊施設はない。

 そんなわけで、今日はそのまま船上で一夜を明かすことになる。


 村人達は、整備のために地上に上がってきた巨大ゴーレム集団に度肝を抜かれていたが。

 続いて降り立った獣耳の少女達に様々な心付けを贈られ(主に食糧だが)、警戒心を緩め、歓迎の宴を開いているようだ。


 ふんだんに準備された明かりの魔道具のお陰で、甲板上は明るく保たれている。

 貴賓室に併設されたテラスから見下ろす甲板の上では、これも<パライゾ>から提供された食糧や酒が饗され、船員たちが宴を開いていた。

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