第79話 ウツギとエリカ
ウツギ・ザ・ツリーは忙しい。エリカ・ザ・ツリーも忙しい。
「さあ、開拓の時間だあ!」
「しゅっぱつしんこーよーそろー!」
<リンゴ>が用意した遠隔操縦装置で、大型多脚偵察機を操作する。
目指すは五連湖。
フラタラ都市の南に、五連湖最大の湖、フラタラ海が存在するのだ。
大きさはおおよそ10k㎡あり、そこそこ大きな湖である。
もちろん、淡水湖だ。
大型多脚偵察機は、その名の通り偵察特化の多脚車両である。最大時速は80km。6脚を器用に動かし、瞬く間に加速する。
多脚戦車と異なり砲塔が存在しないため、全高はかなり低い。まさに地を這うような姿勢で、岩石地帯を走っていく。
「目的地までは~」
「あと800m!」
この五連湖、連湖と言いつつ、各湖が水路で繋がっているわけではない。湧き水が水源と思われ、独立した各湖でその生態系が全く異なっている。
フラタラ海は大きさこそ最大だが、小魚しか生息しておらず、漁には向いていないとフラタラ市民は話していた。大型の淡水魚の養殖でも行えばいい蛋白源になるのだろうが、養殖の経験もなく試せていないとのこと。
「でもでも、小魚がたくさん取れるなら、肥料にできるかもね」
「いーっぱいとれるなら、干して保存食にもできるかも?」
あるいは、この湖の周辺に森でもあれば漁が盛んになっていたかも知れない。または、フラタラ都市の食糧事情が初期から良くなければ、漁を行うという選択肢もあったのだろう。
しかし、実際には木材は不足しており、船を作ることが難しい状況だった。
また、交易によって十分な食料を得ることができていたというのも、フラタラ海が開発されなかった理由である。
しかし、現在はそうも言っていられない状況であった。
食糧は最悪、<ザ・ツリー>から輸入すればなんとかなるだろう。
しかし問題は、対価となるものが既に残っていないということ。
「無償の支援は、将来的に良くない、のねー!」
「自立心が育たない、だったはずー!」
<リンゴ>は、フラタラ都市で占領統治の実験を行うつもりだった。
その一環で、現在、ウツギとエリカは手ずから偵察機を操り、湖の調査を行おうとしている。<リンゴ>がやってもいいのだが、そこは教育のためだ。
こういったフィールドワークは、2人の
「とう!ちゃく!」
「着いた~」
遠隔操縦装置は、全周モニターに囲まれた球体操縦席となっている。そこにウツギとエリカが並んで座り、無線接続で操作を行っていた。
ウツギが主に動作制御、エリカがセンサー類の制御を行っている。
処理能力自体は<ザ・コア>に接続して嵩増ししており、<リンゴ>には及ばないものの
あとは、演算起点となる本人の
「湖~」
「これ全部真水かー。すごいなー」
「海なのに真水って意味分かんないなー」
「でもこれは海だなー!」
フラタラ海と聞いて、2人は当初、なぜ内陸に海があるのかと不思議がっていた。
もしかして近くに岩塩でもあるんじゃないかと盛り上がったところで、アカネが「巨大な湖を海と呼称することがある」という知識を披露し、フラタラ海が淡水湖であると理解したのである。
とはいえ、理解と実感はまた異なる。このあたりが通常のAIとは異なる、
ちなみに、<リンゴ>は電磁波解析により最初から淡水湖だと知っていたが、口は出さなかった。そういう意味だと、<ザ・ツリー>のデータベースでフラタラ海について調べればすぐに分かる情報ではあったので、これが経験不足の所以である。
「見渡す限りー」
「水と、岩!」
全周モニターに表示されているのは、大型多脚偵察機の中心から見えるであろう光景を合成したものだ。偵察機本体は、ワイヤーフレームで表現されている。
本来、映像データは無線で直接接続すれば十分なのだが、視神経まわりの成長のため、併用している状態だ。
視覚情報を主として使用しつつ、死角部分は飛ばされる映像データを参照している。
「えーっと、植物が少ないからー」
「魚も少ないのかなー」
そんな話し合いをしつつ、2人は多脚偵察機を湖の中に進める。底は砂が堆積しているようだが、泥というほど細かくはない。
水自体は非常に澄んでおり、これであれば水中の視界確保も容易だろう。
<ザ・ツリー>の多脚機は全て全地形対応型であり、水中でも問題なく行動できる。
水中にはほとんどマイクロ波が届かないが、定期的に浮上してバッテリー充電を行えば、探索に十分な時間が確保できるだろう。
「エリカ、知ってる? こういう湖の底には、でっかい
「おー! じゃあ、たおしたらお宝が隠されてる洞窟が出てくるね!」
「水中は抵抗が大きいから、投射兵器はダメだからね! ちゃんと魚雷も持ってきたし、ヌシが出てきても大丈夫だからね!」
「予習もちゃんとしてきたよ!魚雷マスターももらったからね!」
昨日、ずっとやっていたシミュレーターはこれか、と<リンゴ>は合点がいった。
なぜかエリカが潜水艦の操作シミュレーターに張り付いていたため何事かと思っていたのだが、魚雷の発射トレーニングだったとは。
いくら<リンゴ>の演算能力が優れているとはいえ、湖の探査でヌシに魚雷を叩き込む訓練をしていたとは想像もつかなかったのである。
この予想を裏切られたような気分は、悪くない。<リンゴ>はそう思った。
ただ、残念ながら、湖の底から
そもそも、全体的に遠浅の湖底である。巨大なモンスターが隠れて暮らしていけるような深さがない。
その代わりに見つかったのは、大量の小魚である。稚魚というわけではなく、成体の大きさが最大で4cm程度の魚だ。これが、至るところで群れになって繁殖しているようだった。
全体的に生態系が単調なのは、川の流入がない孤立した湖だからだろう。数種類の水草が繁茂しており、プランクトン、小型のエビ、貝類、そして小魚。
魚は全て同一種か、あるいは近縁種。詳細な調査は、サンプルを持ち帰って遺伝子調査を行う必要がある。
「ここが一番深いのかあ…」
「湖底まで、水面から42m。泥と砂が堆積している。底部から湧き水が噴出しているのが確認できる。水温は8℃。湖全体の平均水温は21℃。…外はとっても冷たいねぇ」
湧き水はかなり低温のようで、湖全体の水温は外気より低くなっている。日差しが照りつけても水温が高くならないため、生物が繁殖するにはいい環境かも知れない。
「小魚ばっかりだねー」
「食べごたえがないねー」
ちなみに、<ザ・ツリー>の面々が普段目にする魚は、食卓に上る比較的大きめの種類ばかりだ。そのため、小さな魚が群れをなしているという光景は新鮮に映るようである。
「さかなーさかなー」
「さかなといえばー」
「おさしみー」
「ソテー」
「…戦争だ!」
「…戦争だ!」
それはさておき。
この湖、かなりの量の小魚を確保できそうである。
ただし、フラタラ都市の技術力では漁のための道具を用意できない。網目が細かく、かつ丈夫な糸でできた網が必要だが、糸の当てもない。
また、そもそも船を作るための木材を確保するのも一苦労だ。あと50年もすれば湖周辺も森ができる可能性はあるのだが、さすがにそれでは遅すぎるだろう。
「船と網があればとれるかな?」
「んー、網は作らせればいいかなあ。木材と、糸を提供すればいいかな?」
小魚であっても、まとまった量を安定的に確保できれば、フラタラ都市の食糧事情は一気に改善するだろう。
あとは、
安定させるには時間がかかるだろうが、しばらくは<ザ・ツリー>と直接取り引きを行い、徐々に現地住民へ仕事を渡していく方向で都市運営を行う予定だ。
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