第16話 リンゴ、受肉。即落ち3秒

司令マム、いかがでしょうか」

「……うーん。まあ、そこまで違和感は……無いかしらね……」


 彼女の前に、ずらりと並んだ人形機械コミュニケーター、その数10体。機能的には人間とほとんど変わりないため、10人としたほうがよいかもしれない。

 この生体アンドロイド達は彼女の遺伝子をベースに培養製造されているため、見た目が非常に似ている。とはいえ、可能な限り骨格などを調整しているため、10人全員が同じ姿形をしているというわけでもないが。


「……見た目が似ている種族ってことでゴリ押すか……」

はいイエス司令マム。そのように」


 ひとまず、この10人で第一次接触を行うことにした。乗り付ける帆船は、全長25mの、どちらかというと小型船に分類されるもの。本格的な交易のために、50m程度の大型船も設計中である。基本構造をブロック化したパーツを竜骨に固定する形で作成し、外側を流線形に整える作りになっている。強度は木造船と同程度かそれより強いと想定しており、パーツ毎に水密化しているため非常に沈みにくい作りになっている。また、木造よりも密度が低く、喫水を確保するためのバラストタンクを装備しており、安定性は非常に高い。ただ、見た目を重視したため、造波抵抗を抑えるような機構もなく、最高速度は40km/h程度と想定されている。

 本来、この大きさの船を動かすのであれば30人以上は必要と思われるが、10人で行くことになる。機構的な話をすると、ディーゼル発電機による完全自動制御の電気駆動であり、<リンゴ>が遠隔操縦するため船員は不要なのだが。上陸人数を数人に絞れば、船員の少なさはごまかせるだろうという判断である。


「で、頭脳装置ブレイン・ユニットはいつ頃使えそうなの?」

「はい、おおよそ1ヶ月ほどです。ただ、完全自立に至るには数年は時間が必要かと」

「……まあ、それは仕方ないわね。<リンゴ>のサポートがあれば問題ないのよね?」

はいイエス司令マム


 ふむ、と彼女は頷き、先程から<リンゴ>が会話に使っている人形機械コミュニケーターに歩み寄った。


「五感は接続しているのよね?」

はいイエス司令マム


 その返答を確認し、彼女はおもむろに、コミュニケーターを抱き締めた。


「いつもありがとうね、<リンゴ>」

「……はい」


 少し<リンゴ>の反応が遅れたことに気が付き、そのままよしよしと頭を撫でる。


「どう? スキンシップって馬鹿にできないらしいわよ。特に、神経回路ニューラルネットワークを持った頭脳装置ブレイン・ユニットには効果的らしいけど」

「はい。……効果的、です」

「そう。よかったわ」


(これで、<リンゴ>の精神安定度が増すといいけれど)


 この反応からすると、少し刺激が強すぎたかもしれない。たとえどんな問いであろうと淀みなく返答できる思考速度スペックを持つはずの<リンゴ>が、一瞬でも返答に詰まったというのを、彼女は嬉しく感じた。

 この行動が<リンゴ>にどんな影響を与えるかは未知数だが、悪いようにはならないだろう。


「はい。……そうね。少し、表情を動かす練習をしたほうが良いわね」


 そう言いつつにこりと笑いかけると、目の前のコミュニケーターも、ぎこちない笑顔を作った。


「……。<リンゴ>、さすがに全員全く同じ顔をさせると怖いわ……。これは、しばらくダメかしらね」

はいイエス司令マム。パターンを増やします」


 会話そのものの練習もしたほうがいいかもしれない。

 パターン化した表情を作るのは<リンゴ>であれば直ぐにできるだろうが、会話に即した表情をさせるのは、要練習だ。とはいえ、練習相手が彼女しか居ないため、限界はある。あとは、現地で学んでもらうしか無いだろう。



 どうでもいいが、それから一日に数回、<リンゴ>が非常にぎこちなく、かつ遠回しに抱き締める事を要求するようになった。やはり刺激が強かったようである。

 もちろん、彼女は喜んで<リンゴ>の操作する人形機械コミュニケーターを抱き締めるのだった。


◇◇◇◇


「さて」


 転移後55日。

 ようやく完成した船舶ドックで、彼女は海に浮かぶ偽装帆船一号機を眺めていた。


「いよいよ、出航ね」

はいイエス司令マム


 竜骨とその他主要部品を強化鉄鋼で製造し、その他のパーツはほとんどをセルロース由来の素材で構成した、第一次接触用の偽装帆船。ディーゼル発電機を搭載し、外輪による動力航行を想定しているが、一応帆走もできる。処女航海でいきなり北大陸を目指すことになるが、シミュレーションの結果問題なしと<リンゴ>が判定したため、そのまま出港させることにした。


「結局、9人で向かうのね?」

はいイエス司令マム。1人は残しますので」


 そして、交易用に用意した10人のコミュニケーターだが、1人は彼女の側付き、というか<リンゴ>専用の端末として要塞<ザ・ツリー>へ残すことになった。珍しく<リンゴ>が主張したため、彼女も特に悩むことなく承諾している。おそらく、スキンシップを取りたいのだろう。


「いいわ。……船の名前も決めたほうが良いのかしら?」

はいイエス司令マム。我々内での呼称は番号でも構いませんが、対外的にはあったほうがよいかと」

「名前……名前ねえ」


 正直な所、この程度の船にわざわざ名前を、と思わないでもないが、確かに対外的には必要だろう。現地人に、試作一号と紹介するわけにも行かない。


「うーん……」


 どうせなら、要塞<ザ・ツリー>にゆかりのある名前のほうがいい。何だったら、交易船全体で使いまわしてもいいだろう。


「<パライゾ>にしましょう。交易船<パライゾ>。船団旗艦の名前として使うことにするわ」

はいイエス司令マム。そのように登録します」


 すぐに作業機械が飛んできて、船首に船名を刻み始める。[PARAISO]の船名を確認し、彼女は頷いた。


「じゃあ、<パライゾ>、出航!」

了解ラジャー。交易船<パライゾ>、出航」


 <パライゾ>はしばらく外輪で移動した後、帆を張り始める。9人の生体アンドロイドとウィンチの力により、3本のマストにするすると帆が張られる。風は穏やかだが、船が進むのに支障がない程度には吹いていた。帆が風をはらみ、やがて船体がゆっくりと動き出す。


「……この時代に、帆船ねぇ」

はいイエス司令マム。今後、更に大型のものも建造します」


 確かに、燃料を使わず風の力だけで航行できる帆船は、腹ペコ要塞にとっては悪い選択肢ではない。今後建造予定の船には、緊急用のウォータージェット推進機も据え付ける予定ではあるものの、石油ないしそれに変わるエネルギー源を確保できなければ、当面は帆船を主流にするしかないだろう。


「しゃーなしかあ。そういえば保留にしてたけど、北大陸で運用してる外輪船の動力って、何なのかしらねぇ」

「外部からの観察では不明のため、それも調査する必要があります」


 北大陸で観測できた外輪船は、少なくとも見た目からはその動力が推測できなかった。化石燃料を燃やすためには必ず煙突が必要だが、煙突は確認できない。そのため、その他の未知の技術を使用しているというのが、<リンゴ>による推測である。いつぞやの島嶼占領行動時、謎の力を使った火炎放射が観測できたため、それに類する技術が使用されている、との予想だ。

 とはいえ、今の所それらについての情報収集は進んでいない。特に観察が容易そうな戦場があればいいのだが、観測できたそれらはいずれも超遠方で、いまだに撮影には成功していない。


「目指す街で、そのあたりの情報収集ができれば良いんだけどねぇ」


 今回上陸予定の街は、そこそこ賑わっていると想定される港町だ。帆船の出入りは確認されており、それらの船は<パライゾ>よりも少し大きい程度のため、外輪船である<パライゾ>であれば十分威嚇になると予測している。回転砲塔を装備している船は周辺では確認されていないため、脅威有りと認識してもらうことは可能だろう。


「全力を尽くします」

「お願いね」



 こうして、交易船<パライゾ>は、要塞<ザ・ツリー>から5日間の航海を終え、対象の港町へ入港することになった。

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