第15話 スパイボットをばら撒くリンゴ

『言語解析が必要です』

「そうね」


 当面の資源を確保するため、何とか交易を始めたい。しかし、交易を行うためには、意思疎通が必要だ。とりあえず交易品を積んで行ってみるというのもありだが、それで目的とする資源、主に鉄を貰えるかが不明だ。むしろ、重くて嵩張る鉄を対価として認識してもらえるか、可能性はかなり低いだろう。

 そうすると、明確に対価を指定できるようある程度言語を習得する努力をしたほうが早いだろう、というのが<リンゴ>の見解だった。


「何か方法はある?」

はいイエス司令マム。遠距離から指向性マイクでの音声収集と、虫型ボットによる潜入を提案します』

「ふうん?」


 彼女は、<リンゴ>が表示する指向性マイク運用機と、虫型ボットの概要を覗き込む。


「こんなものもあるのね」


 母機となる比較的大型の自走装置と、子機の虫型ボット。無線給電も可能だが、通常想定では無線給電を行うと即座に発見されてしまうため無用の長物だった。しかし、この世界では電磁波が利用されていないため、気にせず使える。


『潜水艇で辺境に送り込み、情報収集させます。ある程度言語解析ができれば、生体アンドロイドを送り込み、直接交渉できます』

「そうね。じゃ、まずはこの指向性マイクと虫型ボットの製造かしら?」

はいイエス司令マム。早速生産に入ります』


◇◇◇◇


「主語……が来て、おそらく動詞。あとは形容詞とか……いろいろ。ふーん、いわゆる英語タイプ?」

はいイエス司令マム。可能性は高いかと。ただ、まだサンプルが少なすぎて断言はできません。主語と思われる単語が最初に来ることもありますし、真ん中や最後に来ることもあるようです。動詞によく似た別の発音も観測されていますので、意味によって変化している可能性も』

「私は言語学は取ってないから分からないけど……まあ、そこまで解析できるなら、期待して良いのかしら?」

はいイエス司令マム。このままでも、数週間観察を続ければ。現在移動中の母機3系統の展開が完了すれば、数日中には』

「さすが、早いのね」

『サンプル数が揃えば、問題なく』


 こころなしか自慢げな<リンゴ>の様子に、彼女は微笑み、進行中のタスクを確認する。


「いろいろと、順調で何よりだわ。食事も安定してきたし、……とはいえ、そろそろ陸のものも食べたいのだけれど」

はいイエス司令マム。言語解析と並行して、観察対象集落の食事事情も観測しています。入手難易度が確認できれば、採取も行います』

「お願いね」


 ちなみに、最近の彼女の楽しみはもっぱら食事である。というかそれしか無い。暇つぶしにライブラリを閲覧して勉強などもしているが、娯楽ではないため、やはり食事というのが最もウェイトが高くなっている。


『それと、生体アンドロイドもおおよそ培養が終わりましたので、数日中には稼働可能になります。機能に問題がなければ、そのまま、適当な海辺の集落に向かわせます』

「そう。ちなみに候補は?」


 彼女の問いに、メインディスプレイに表示された北大陸の地図へ、いくつか候補地が表示された。例の北諸島を占領した国から見て東側、数百km離れた場所に位置する場所から、いくつかの集落、街などが対象になっている。


『言語解析が順調ですので、方言が想定範囲内であれば、ここのような比較的大きな港町を対象にしようとしています。言語断絶が大きいようであれば、今回の観察対象とした集落またはその周辺に接触します』

「……いきなり大きな街に行くのね?」

はいイエス司令マム。ひとまず、商船という体で入港します。商売であれば、他国の港へ事前通告なしで入るというのも不自然ではないかと。文明レベルから想定すると、まだ決まった入港手続きなど無いはずですので』


 彼女の知っている歴史から考えても、確かにそうなのだろう。大航海時代かどうかは知らないが、巨大な帆船で他国に乗り付け商いを行うということであれば、文化的不理解があっても許されそうだ。


「ただ……うーん、全員同じ顔になる気がするのだけど、そこは大丈夫なのかしらね……?」


 そして、懸念点は、乗船させる生体アンドロイドだった。彼女の遺伝子をベースに培養された素体のため、基本的に同じ顔なのである。

 更に、忘れてはいけないのは。


「……狐獣人、コスプレ集団とか思われないかしらね……」


 今の所、観察できている集団の中に、彼女と同じような獣人というカテゴリの人種は確認できていなかった。この状態で乗り入れて、大騒ぎにならないだろうか。


『それは、残念ながら試してみないと分かりません。正直な所、ゴリ押しで行けば何とかなるのではないかと』


 <リンゴ>の想定では、文明レベルが低いため、案外そういう種族であるとあっさり認識されるのでは、ということだった。一応、港に乗り付けるのであれば船団を組み、動力船であることを誇示するために帆を張らずに航行するつもりだ。自分たちより進んだ技術を持った船団に対し、下手な行動は取らないだろうという予想である。


「結局、砲艦外交は難しいのよね」

『イエス、マム。想定より遥かに、この北大陸は荒れています。港一つ脅したところで、周りが大人しくしていません。必ず何かしら問題が発生します。もしやるとすれば、周辺を一気に制圧できるほどの大艦隊を出す必要があります』


 調査の結果、北大陸の南側については、かなり戦乱が激しいことが分かってきた。あの北諸島占領国家(いまだに名前もつけていない)はある程度安定を見せているが、周辺はどうも街ごとというレベルで分裂しているようだった。そのくせ、外敵に対しては団結するような姿勢も観測できているため、厄介この上ないというのが<リンゴ>の見立ててである。

 たとえばある港町と国交を結んだとしても、それがすぐ隣の集落には適用されない、という事態が考えられる。国としてまとまっておらず、したがって窓口も無数に存在すると思われる。

 それが、北大陸南部の状況だった。


「ままならないわねぇ……。すぐに鉄は手に入りそうにないし、地道にやっていくしかなさそうね。この北大陸以外の大陸も見つけたいんだけど、見つからないしね」

『イエス、すみません、マム。偵察範囲は広げていますが、見つかりません』

「まあ、そっちは仕方ないわね。継続して探してもらうとして」


 ディスプレイの表示を変更し、全体マップに切り替える。


「うーん……。やっぱり、広いのね」


 要塞<ザ・ツリー>を中心とした半径2000kmほどが、現在探査済みの表示になっている。北大陸側は3000kmまで偵察範囲を広げているものの、南側は遅々として進んでいない。しかも、ほとんどの場所が上空20kmから映像で確認しただけで、詳細な情報は全く得られていなかった。せいぜい、海岸線や標高がなんとなく分かる程度、また大きな都市があれば視認できているといったところ。詳細に調査できているのは、南海岸線のいくつかの都市だけだ。


『やはり、この惑星の半径は1万km程度と想定されます。そうすると、表面積は地球の2.4倍。衛星軌道上から観測を行わなければ、全体の把握は困難です』

「想像できないわねぇ……。1周したら何kmになるんだっけ?」

『推定値ですが、6万3千km程度。現在探査できている領域は、1%です』

「おおう」


 この惑星は、とてつもなく広大だった。1ヶ月掛けて探査した領域が1%である。この調子では、全体把握に何年かかるか想像もつかない。


「資源確保の目処が立ったら、次は衛星かしらねぇ」

『情報収集という観点から見れば、はい。軍事的優位性を確保するためにも、多数の衛星を投入する必要があると考えます』

「うーん。軌道運搬ロケットの製造……。今の<ザ・ツリー>の設備じゃ不可能なのね。製造設備と、打ち上げ基地が必須と。海上建設にも手を出さないといけないか……。うん、やっぱりやることが多すぎるわ」


 技術ツリーの未達成ノードをたどりながら、彼女はため息をつく。明確な敵性存在が確認されていないのが、救いか。そうでなければ、リソースを軍事一択にしないと守りきれない。


「仕方ない、目の前の仕事をコツコツと……ね」

はいイエス司令マム

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る