第185話 偽緑樹

 バタバタと空気を叩く音を立てながら、ティルトローター機がホバリングしている。


 眼下のフェアリーサークル内に、目立った動きはない。


「FC調査隊、空挺降下を開始」


 高度100mほどの高さで滞空するティルトローター機から、4台の4脚2腕機ジャンパーが飛び降りた。

 ジャンパーは、その6本の手足を伸ばして落下姿勢を安定させつつ、短くガス噴射を行い落下速度を軽減させる。

 余計な機能を削ぎ落として軽量化しているため、ガス噴射程度でも十分な加速度を得られるのだ。


「ジャンパー4台、問題なく地表に着地しました」


 胴体に比べて長めの手足を巧みに使用し、着地時の衝撃を吸収。

 ジャンパー部隊は緑の生い茂る草原へ降り立った。


「動体反応なし。熱源探知、異常ありません」


「とりあえず一回りする感じ?」


はいイエス司令マム。安全確保した後、魔素計を組み込んだドローンを放出します。非科学的に顕著な変化のある現場ですので、何らかの差異を発見したいですね」


 これまで記録した魔素計の反応から、魔素と呼ばれる何らかの粒子ないしエネルギー現象が、濃淡を示していることが確認できている。


 おおよそ、地表に近いほど濃度が高く、同じ高度でも場所によって濃淡が存在する。


 同じ場所でも、時間経過で濃淡が変わることがある。


 精度は良くないものの、魔素計という未知の計測器である。

 観測結果の再現性もしっかりと確認済みだ。


「異常なし。FC調査隊、巡回を開始します」


 着地後、周辺の情報収集を行っていたジャンパー4台が、移動を開始する。


 フェアリーサークルのほぼ真ん中から、渦を巻くように走査範囲を広げていく。


「植物種別にも、特段の異変はないようです。全て、魔の森で確認済みの植物です。パッシブソナーに異変はありません。赤外線探知器にも特筆すべき反応はありません」


 直径5m程度の範囲を歩かせ、調査を行う。

 植物の成長速度が早い、という問題以外、異常らしい異常は発見できなかった。


「設置型複合センサーを投下」


 上空のティルトローター機から、センサーを投下する。自由落下したセンサーは底部のアンカーを自重で地面に打ち込み、安定脚を伸ばして自身を固定した。


「センサー、固定完了しました。情報収集を開始」


 とりあえずの安全を確保した領域に、設置型センサーを投下。より詳細な情報収集を開始する。


「周囲50m圏内に怪しい動きは無し……と。ジャンパーを動かしましょうか」


はいイエス司令マム。FC調査隊、単独移動を開始します」


 センサー情報で周囲に脅威が無いことが確認できたため、ジャンパー4台をそれぞれ別方向に移動させる。


「特に確認したいのは、フェアリーサークル内で急成長しているこちらの木です。外周部にも、いくつか同じような種の木が確認できました」


「急成長したからかしら? 幹が緑色ね」


はいイエス司令マム。樹形の特徴から、ブナ科に似た高木と思われます。魔の森で一般的に確認できる種です」


 幹、正確には樹皮は、時間が経つことで茶色く固くなる。若枝はまだ時間が経っていないため、その表皮も緑色になるものだ。


 今観察しているこの急成長した木は、1週間程度しか経過していない。

 そのため、かなりの太さの幹になっているが、全体が緑色を残している。

 かなり違和感のある外観だ。


「うーん……。話だけ聞くとピンとこなかったけど……」


「映像として見ると、言われていた通りの特徴ですね」


「そうね。緑色の木、って言われて当たり前じゃん、って思ってたけど、こういうことなのね」


 彼女イブが言っているのは、ノースエンドシティで情報収集していた際に出てきた、魔の森内でそれなりに有名で、そして厄介な魔物の話についてだ。


「ひと当てしてみる?」


はいイエス司令マム


 その魔物の名前は、偽緑樹トレント

 樹木が魔物化し、捕食活動を行うようになったという、かなり特殊な魔物である。


「FC調査隊、FC-1を目標ターゲットへ接近させます」


 金属メイスを作業腕に持たせ、ジャンパーの1台をトレントに近付ける。

 何かあっても即座に対応できるよう、残りの3台は多段電磁投射砲コイルガンをやや距離をとって構えている。


 ジャンパーがある程度近付いたところで、ざわり、と葉擦れの音がした。


「風速1m未満。風はほとんど確認できません」


「なるほど?」


 風もないのに葉擦れが起こる。

 つまり、枝が、何らかの力で動いたということ。


 ジャンパーが、さらに接近する。

 その樹冠の下に、胴体部が入り込んだ瞬間。


 周囲の枝が、幹に向かって抱き込むように、ジャンパーに襲いかかった。


 その様子を、上空に待機する輸送機内の指揮AIがつぶさに観察していた。

 ジャンパーを操り、即時反応する。


 振り上げた金属メイスで、枝を打ち払った。

 同時に四脚を踏ん張り、攻撃範囲から後退する。


 しかし、その動きは地面から飛び出した木の根によって阻害された。


 ジャンパーは軽量構造のため、見た目よりも遥かに重量が小さい。

 地面につけた脚に木の根が絡まり、バランスを崩してしまう。


 それでも、ジャンパーの運動性能は高い。


 ガス噴射により、崩れた体勢のまま強引に後退する。

 同時に金属メイスを振り回し、バランスを取り戻した。


 機体を捻りつつ、その名の通りに飛び跳ねるように偽緑樹トレントから距離を取る。


「わお! 本当に木が動くのね!」


「なぜ動けるのか、不明です。見た目には樹木と変わりありませんし、筋組織のような発熱源も確認できません」


 トレントは、木の魔物だ。

 収集した情報によると、切り倒せば普通の木と同じように、木材として利用可能らしい。

 魔石も体内にあり、これを取り出す、ないし破壊することで活動が停止するとのこと。


 しかし、枝や木の根で攻撃を繰り出してくるトレントを倒すのは、容易ではない。

 強力な一撃で幹を貫通し、正確に魔石を砕く、というのが一番楽な倒し方なのだが、それができるのはごく一部の冒険者のみだ。


 普通は、襲われないよう迂回する。

 そのため、トレントの素材は非常に希少性が高いのである。


「トレントと思しき樹木は、その他に3本。特徴は一致するため、トレントと仮定します。安全行動範囲を設定。魔素計ドローンを投入します」


 安全を確保した後、魔素計を搭載したドローンを放出した。

 護衛用にドローンで球形陣を構成し、中心に魔素計搭載ドローンを配置する。

 これにより、何らかの攻撃が行われた場合でも、一番最初に被害が発生するのは外側のドローンとなる。


「計測反応、記録を開始します」


 魔素計の振動幅を解析することで、おおまかな魔素の濃度を空間濃度として記録できる。

 フェアリーサークル内で魔素の変化があるのか、とりあえずのアプローチだ。


「もともと魔の森の内部は魔素濃度が上下しますが、ここはその変化が顕著ですね」


「そうなの?」


 <リンゴ>は、司令マムへの説明用に、立体表示させた濃度分布マップを表示する。計測空間点に対し、魔素濃度の濃淡を色の透過度に変換したものだ。

 別の地点で計測したものと、フェアリーサークル内の計測結果を並べると、その違いは一目瞭然である。


「フェアリーサークル内では、地表近くの魔素濃度が高い傾向にあるようです。そうですね、まるで魔素が地面から染み出しているように見えます。そして、トレントの周辺は、周囲と比較して魔素濃度は低いように見えます」


「おお、本当ね。サンプル数が少ないからまだなんとも言えないけど……」


「魔物と魔素濃度には何らかの関係性がありそうだ、ということは推測できます」


 そんな話をしつつ、調査経過を観察していたのだが。


「スライムの発生を確認しました」


「え、マジ」


 設置型複合センサーの全周カメラが、地面からぬるりと湧き出した、スライムの姿を記録した。

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