第184話 魔素計の活用方法

 <コスモス>は、研究施設に持ち込んだ魔素計を眺めつつ、頭を悩ませていた。

 流石に、2台しかないものをいきなり分解するのは恐ろしい。


 1台は、魔の森に派遣している人形機械コミュニケーターに持たせて実地確認中だ。


 残りの1台は、非破壊調査を行うしか無いだろう。


 マニュピレーターを使い、プラスチック製のハンマーで軽く叩いてみる。

 その音の反響から、内部構造を推定する。


 何度か叩いて、複数の反響音を記録する。その解析結果から、外装は木材、内部は空洞が多いと推測された。

 完全な空洞ではなく、針を動かす仕組みは入っているようだ。


 魔素計はおおよそ手のひらサイズの箱で、表面が蝶番で開くようになっている。中には左右に振れる針があり、この針が動くことで、魔素の濃淡が分かるようになっている。

 ただし、目盛りがついているわけでもなく、ゼロ点がどこかも不明だ。


 少なくとも、この研究施設の中では針は一番右側にある。

 魔素計を軽く揺らすと針も振れるため、どうやら固定されているものではないらしい。


 フラタラ都市郊外拠点から移送した魔物ハイエナの魔石を近付けると反応があるため、魔素は魔石と密接な関係があると推定される。


 最悪、壊れてしまった場合は分解する。

 コスモスはそう判断し、X線での撮影を行った。


 放射線がどんな影響を及ぼすか不明であったのだが、幸い、魔素計の機能には影響がなかった。


 撮影された画像を解析し、構造がおおよそ判明する。


 何らかの物質に巻きつけられた、紐状のもの。金属製の針の根本にその紐が結び付けられており、針は軸に固定されているようだ。


 紐状のものが伸縮することで、針が左右に動く仕組み。


 素材が森虎フォレスト・タイガーの魔石と髭、ということを考慮すると、髭を魔石に巻きつけてコイル状にし、その伸縮を利用して針を動かしているということだろうか。

 フォレスト・タイガーの髭は、魔素の濃淡に反応して伸縮する素材、と考えられる。


 想定していたよりもずっと単純で、また物理的な仕組みだった。

 ショックアブソーバーが無いため、髭の伸縮の振動が吸収できていない。これが、針が振動してしまう原因だろう。


 これなら、同じ素材さえ手に入れば、<ザ・ツリー>側で試作もできそうである。


 とはいえ、この魔素計が、分解しても正常に動作するかは分からない。

 何らかの魔法的ファンタジーな要素により、この形状でなければ機能を発しないとか、X線撮影で写らない何かが使用されている可能性もある。


 機能は損なわれなかったため、この魔素計は、そのまま現場に投入することとした。


 1m程度の大きさのドローンに魔素計を持たせ、針の動きをカメラで撮影することで、機動力のある探査機をでっち上げる。

 人形機械コミュニケーターは冒険者に同道しているため、自由に動けないのだ。


 このドローン魔素測定機を使い、周辺の魔素濃度マップを作成する。

 あまり速く動くと正確に計測できないため、移動速度は人が歩く程度である。正直、効率は非常に悪い。


 活動を再開した冒険者達によって、魔素計の素材が納品されることを期待するしかない。


◇◇◇◇


司令マム。魔の森のフェアリーサークル内に異常が発見されたため、調査隊を派遣します。確認されますか?」


「お?」


 フィットネスルームでランニングをしている司令官マムに、傍に控える<リンゴ>がそう尋ねた。


「せっかくだし見に行こうかしら……」


「それでは、司令室に」


 ランニングマシンから降りて歩き始めたイブの汗をサッサッと拭いつつ、<リンゴ>が付き従う。

 彼女イブの動きを阻害せず、歩きながらお世話する。熟練者の動きである。


 横から近付いてきた筒型の補助機械からスポーツドリンクを受け取ってから差し出すと、イブはお礼を言ってストローに口をつけた。


 完璧である。


 司令マムの一挙手一投足を全て予測し、完全パーフェクトなお世話を実行する。

 <ザ・コア>のリソースをふんだんに利用し、人形機械コミュニケーターの人工筋繊維1本1本までをトレースし、今日も<リンゴ>は絶好調だった。


「こちらが、撮影されたフェアリーサークルです」


「おおー……? 何か、ずいぶんとぼやけたというか……?」


 司令室のモニターに表示されたのは、直近で撮影されたフェアリーサークル。

 衛星画像のため直上からの画像だが、以前確認したときは綺麗な円を描いていたフェアリーサークルが緑に埋め尽くされ、その輪郭もなんとなくぼやけている。


「解析したところ、急激に植物が繁殖しているようです。既に樹高5mを超えているものも見受けられます。1週間以内に、周辺と同程度まで木々が伸びると予測されました」


「ほ、ほう……。そんな、急激に成長するのね」


 当然ながら、木、というのはそんな急激に背が伸びるものではない。

 竹のような成長力の非常に高い植物種もあるにはあるが、画像解析の結果、そういった特殊な植物ではなく、魔の森内で一般的に生えている木であると想定されている。


「何らかの魔法ファンタジー的な作用があると考えられます。ノースエンドシティで聞き込みを行いましたが、そういった事例は記録がないとのことです」


「まあ……。毎日観察でもしない限り、こういうのは分からないわよね」


 しかも、この現象が発生しているのは、ノースエンドシティから見るとかなり奥地の方だ。

 そもそも、もともとこのフェアリーサークルが発生しにくい地域であり、しかも森の中からでは、たまたまその場所にたどり着かない限りは観察できないだろう。


「調査のため、ティルトローター機の編隊を向かわせました。異常事態と想定されますので、最悪、全滅も想定していますが」


「んー、まあ、しゃーなしか。墜落したらどうするの?」


「回収の目処が立たない場合は、機密保持のためテルミットで制御装置を焼却。然る後、遠距離砲撃で吹き飛ばします」


 <ザ・ツリー>以外の文明社会に、制御マスクしていない技術的情報を渡す訳にはいかない。

 そのため、勢力下に無い場所で回収不能になった装備類は、基本的に完全破壊を行うと決めている。


「それで……あら、魔素計を持っていくのね」


はいイエス司令マム。明らかに異常がある地点ですので、調査のために。貴重なものですが、絶対に入手できないものでもありませんので」


 飛行中の機体に設置された魔素計は、多少変動しているもののほぼ反応なしといったところだ。今のところ、空中で顕著な反応は確認されていない。


「まー、突っ込みどころかしらね。アサヒに預けるよりは情報が出てきそうだし」


 ちなみに、アサヒに渡すとバラバラに分解される可能性が、280%と予想されたのだ。


 1度分解し、その後組み立て直し、そこからさらに分解し、また組み立て、そして修復不可能になるという予測である。修復不可能になった後に再度分解する可能性が、80%だ。


 アサヒがノースエンドシティに居れば、渡して調査させるというのも手ではあった。

 魔の森に近い環境であれば、色々と試すのにちょうどよい。

 しかし、後方に居るため調査が進まないだろう、という判断が、彼女に預けられなかった理由の半分を占めている。

 また当然、心配性のお姉さまイブや<リンゴ>がアサヒを最前線に出す筈がない。


「フェアリーサークル内で発生した蝶の魔物は、既に北壁山脈方面へ移動済みです。少なくとも、上空から探知可能な脅威生物は居ません」


「ゆーて、何が出てくるかわからないのが怖いのよねぇ……。例のワイバーンだって、群れで襲ってきたら撤退しかできないだろうし……」


 <ザ・ツリー>により撃墜されたワイバーンも、複数機でタコ殴りにすることでようやく対抗できたのである。


 あれクラスの脅威生物が群れになって襲ってきた場合、いかな<ザ・ツリー>とて苦戦を免れないだろう。


 これまで遭遇した脅威生物も、基本は単体だ。

 各個に対抗する方法は用意しているが、群れへの対策は後手に回っていると言わざるをえない。


「ま、何にせよ情報ねぇ。何か出てきたら面白いんだけど……」


 映像の中、調査隊はフェアリーサークルに近付いていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る