第26話 閑話(とある商会長3)

「会長!きやしたぜ、<パライゾ>の連中でさあ!」

「……来たか」


 その報告に、商会長、クーラヴィア・テレクは思わず、安堵のため息を吐いた。


 前回の取引から後、王都の御用商人から矢の如くの催促が飛んできていたのだ。当然、向こうも交易品だということは知ってのこと。手紙の剣幕からすると、相当の地位を持つ相手だろうと想像は付くが。恐らく後ろは大貴族、はたまた王族か。


「それにしても、早かったな。あの口ぶりだと、結構離れていたと思うんだが」


 前回、どのくらいの期間で往復が可能か確認したが、片道で数ヶ月はかかるのではないかと言っていた。そもそもこのテレク港街に辿り着いたのが、出航して半年らしいのだ。今度はルートが分かっているからもっと早いとも言っていたが……。


 それがまさか、2ヶ月少々で往復してくるとは、嬉しい誤算である。


「会長、しかもですぜ!どうやら奴さん達、3隻は来てるとかでさぁ!」

「なんだと!」


 船が増える。そうすると当然、積み荷も増える。取引できる量が増えれば、こちらのカードも増える。


 商会長は、あの冷たい目をした女達を女神のように崇めたい衝動に駆られた。彼女らの来航以来、確実に風が吹いていた。先細りだったテレク港街にとって、幸運の風、命の風だ。


「鉄は用意してるんだろうな!?」

「会長ぉ、昨日も確認したでしょう!集められるだけ集めてまさぁ!」


 なぜだか知らないが、彼女らは異様に鉄に興味を示していた。鉄インゴットを要求されたが、あの雰囲気からすると鉄なら何でもいいといったところだろう。幸いにして、ここから少し内陸に鉄鉱山の町があるため、鉄は融通が利く。少々品質は悪いが、王都に送る分を振り分けてもらい、こちらに回していた。持ち帰れないくらい、大量に倉庫に積み上げたが、3隻で来たとなると足りるかどうか。しかし、向こうの想定よりはずっとたくさん集めているはずだ。


「よし、迎えに行くぞ。それから、他の商会にも触れを出して鉄を出させろ!どうせ溜め込んでるだろうからな。レートは1000:1だ、柱の釘だって抜いて持ってくるだろうよ!」


「……海賊旗」

「そう。来る途中に、仕留めた。特徴があると考えたから、海賊旗は回収した」


 獣の耳を生やした、同じ顔をした少女達。流石に今回は人数も増えたようで、10人ほどが上陸してきた。自己紹介を済ませた後、少し雑談でも、と思ったら飛び出したのが、今の台詞だ。


「知っているか、聞きたい。旗は持ってきている」


 船長、この場合は船団長になるのだろうが、彼女、ツヴァイの言葉に別の少女が動き、手に持っていた黒い布をテーブルに置いた。


 海賊旗。

 海賊達が、己の所属をアピールするために掲げる旗だ。


 当然、それには安くない懸賞金が掛けられている。有名な海賊のマークなら周辺に周知され、懸賞金も掛けられているはずだ。まあ、今の情勢だと懸賞金を払う筈の国に連絡が取れないなんてザラだから、当てにはならないが。


「こいつぁ……」


 海賊旗を広げ、その髑髏マークを確認する。


「……赤帽子レッドキャップ

「極悪非道で有名な、大海賊じゃねぇですかい! 嬢ちゃんたち、こいつらを討伐したっていうんですかい!」

「名前は知らない。襲われたから、反撃しただけ」


 黒地に白抜き髑髏、そこに被るのは赤い帽子。100門近くの大砲を積んだ、最大最強の戦列艦を操る大海賊、赤帽子レッドキャップ。その海賊旗が、ぞんざいにテーブルに広げられている。正直な所、全く信じられないのだが……。


赤帽子レッドキャップといえば、あの巨大な戦列艦だろう。勝てたのか……?」

「大砲に当たらなければ。どうということはない」


 その回答に、商会長は身震いした。前回、試射もなしに1発であのクソ野郎の邸宅を吹き飛ばした砲撃を思い出したのだ。皆、吹き飛ばされた邸宅ばかり見ていたようで、気にした者はほとんど居なかったのだが。


 あの<パライゾ>の回転砲塔。正面を向いた状態から、10秒も掛からず砲塔が回転、砲身の仰角を上げ、精密観測もせずに砲弾を発射したのだ。しかも、水平射撃では被害が大きくなるからか、放物軌道で砲弾は飛翔し、正確に屋敷の中心に落下した。間違いなく、狙い通りの場所に砲弾を落としている。


 背筋が凍るような心地だった。狙いをつけて、射撃するまでの所要時間。回転砲塔ゆえ、死角は殆どない。あれでは、戦列艦ではそもそも戦いにすらならないはずだ。砲弾の威力も十分あった。2,3発撃ち込まれれば、どんな大型艦でも沈むだろう。


「懸賞金は掛かってるだろうが、支払いはここじゃ無理だ。本来なら、王都に連絡して、懸賞金が支払われることになるんだが……」

「このあたりの情勢は、ある程度理解している。これは使っていい。利用してほしい」

「おいおい、そいつはまた……」


 とんでもなく豪気なことを言い出した。当然、名のある海賊を討ち取ったというのは名誉あることだ。この事実をうまく使えば、あらゆる港で交渉を有利に進められるだろう。それを、いとも簡単に手放すなどと言ってきた。


「我々は、交易のみを望む。地位も、名誉も不要」


 それは。


 商会長、クーラヴィア・テレクは理解した。地位も不要、名誉も不要。普通はどちらも望むものだが、彼女らは必要と思っていない。それはまず間違いなく、強大な力を持っているからだ。今のこの世は、力が全て。武力さえあれば、何でも手に入るような情勢だ。金も権力も、全ては武力を生み出すための手段に過ぎない。


 彼女らが、その力を相手に向ければ。

 このテレク港街も、一夜にして廃墟になるだろう。


 前回は1隻、砲も2門でしか無かった。しかし、今回は3倍。あの威力の大砲で撃たれれば、こちらの戦力など容易く壊滅してしまう。

 それを正しく理解しているからこそ、彼女らはその手の海賊旗を手放すのだ。


 こちらに寄越し、うまく使えと。

 交易品をかき集め、彼女らの役に立てと。


「……承知した。これは、ありがたくいただこう。……おい」

「へい!」


 部下に海賊旗を仕舞わせ、商会長は軽く息を吐いた。雑談のつもりだったが、思いもよらぬ重い話になってしまった。


「さて、それでは改めて。さぞお疲れでしょうからな。交渉は明日に回して、今日はゆっくり休んでいただきたいのだが、いかがかな」

「そうさせてもらう。できれば、船員の半分は上陸させたい。部屋はあるか。対価は払う」

「ほう。今回は上陸していただけるのか」


 商会長の問いに、彼女、船団長のツヴァイは頷いた。


「しばらくは半舷上陸とすることを考えている。この港は栄えているし、治安もいい。前回寄港時と違い、船員に余裕があるし、通貨もある。問題ない」

「分かった。上陸はしていただいて構わないが、案内役を付けさせていただいてもいいかな? 失礼ながら、そちらはこちらの習慣にも疎いだろうし、我々もあなた方のやり方を知らない。無用なトラブルを避けるためにも、承知していただきたいのだが」

「構わない。船員は全員、ある程度こちらの言葉を理解できるようにしている。案内役が付くのは歓迎する」


 ツヴァイが躊躇なく頷いてくれたことに、商会長は内心、安堵のため息を吐いた。いくら治安が良いとはいえ、馬鹿はどこにでもいる。この容姿の彼女らがうっかり路地裏にでも入り込んでしまえば、何が起きるかは容易に想像がついた。いや、中央市でも危ないかもしれない。


「いや、助かりますな。それと、宿はこちらで準備しましょう。なに、遠慮はなさるな。我々にとって、あなた方は大事なお客様ですからな」


 ちなみに、この時点でこの<パライゾ>船団に所属する船員達の容姿については、商会長は確認していなかった。まさか全員が全員、獣の耳を持った少女の姿をしているとは、想像もしていなかったのだ。もしそれを知っていたならば、あるいはもう少し、慎重に事を進めたかもしれなかった。


 だが、実際にはそれほど気にせず、貴族を迎えるような形式をとった。すなわち、大々的に告知し、人を集めた上で上陸を進めてしまった。


 よって、その彼女らの容姿は、多くの民が知ることとなったのだ。

 男は1人も居らず、獣の耳と尻尾を持った見目麗しい少女たちがぞろぞろと行進する。


 それは、ある種の閉塞感が充満していたテレク港街に、衝撃をもたらした。連日のように彼女らの姿を拝もうと住民たちは詰めかけ、そしてその熱狂から守るため、警備員も増強され。大勢の人々を後ろに連れながら、彼女らが街を散策するのが、しばらくの光景となったのだった。

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