第7話 リンゴ、悩む

 高高度飛行機プレーンの機首カメラが、水平線の彼方に僅かな黒ずみを映し出したのを見つけ、<リンゴ>は映像解析を開始する。既に最大望遠であるため、解像度を上げるのは難しい。移動情報と画素情報をベクトル解析し、情報処理で輪郭を表示させる。


「……水平線。遠いわね……」

はいイエス司令マム。恐らく、500km程度は離れているものと想定されます。大気の状態が非常に良好なため確認できましたが、幸運でしたね』


 この程度の情報だと、少しでも視界が悪ければノイズとして捨てられてしまっただろう。かろうじて山頂と分かっただけでも奇跡的だった。


「陸地らしき影……とりあえず、探索方向はあっちかしらね」

はいイエス司令マム。全周の確認が完了しましたが、そちらの陸地以外は発見できませんでした。もう少し細かく探査すれば、岩礁などは発見できるかもしれませんが』

「いえ、細かいものを見ても仕方がないし、確実な方にしましょ。偵察機を、さっきの方向に向かわせられる?」


 司令官の問いに、<リンゴ>は高度17kmを滑空する偵察機の機体情報を精査する。進みたい方向への転舵は可能、風向きは北寄りで、向かい風のため高度維持は容易だが速度が出にくい。揚力は想定範囲内、ある程度進んだ後でも要塞<ザ・ツリー>への帰還は可能と判断。最悪着水すれば、ドローンで回収可能だろう。機体温度も想定範囲内、ソーラーパネルによる発電は順調で、観測機器はフルスペックで動作可能。


はいイエス司令マム。方角は、北北東。現状の天候から、低空での電動駆動にも支障はありませんので、可能な限り観測した陸地へ接近します』

「お願いね。時間はどれくらい掛かりそう?」

『現状の天候が維持されるのであれば、2時間程度で接近できるかと』

 <リンゴ>の回答に司令官は頷き、手を翳して表示されたモニタ類を隅に追いやった。

「偵察機は<リンゴ>に任せるとして、あとは回収サンプルの状況かしら?」

はいイエス司令マム。報告します』


 作業用ドローンで採取した海藻類と、何種類かの魚類、貝類を画像に出す。海藻は、岩礁周辺の海底5m程度の砂場から生えていた昆布に似たもの。魚類は、周辺で生息数が比較的多く、かつなるべく大型の個体の多い、ややカラフルなもの。貝類は、岩礁にくっついていたものを数種類。あまりに鮮やかなものなどは毒の可能性があるため、除いている。海藻はある程度周辺の生き物の食料になっているようだったため、期待している。魚も、遊泳速度がそれなりに速く、個体数が多いということで毒を持たない種と推定される。とはいえ、食性によっては毒素が生物濃縮されていることもあるので、油断ならないのだが。


『ライブラリに登録されている魚類に特徴が一致する該当種はいませんでしたので、新種です。ひとまず身の毒の有無を調べ、見つからなければ食用に回します。貝類も同様で、該当種はありません。こちらは雑菌が繁殖しやすいですので、より慎重に判断します。海藻は食用もですが、セルロース等の資源抽出についても同時に調査しています』

「分かったわ。そうね、調査に必要な機器類の製造は許可するわ。大型機を解体すればそれなりに資源は余裕が出るでしょうし」

はいイエス司令マム。セルロースの生産が可能になれば、建造の自在度も上ります』


 司令マムから許可を貰えたことに安堵し、<リンゴ>は早速、追加の試験機製造に取り掛かった。資源の確保は急務だ。偵察機や哨戒機の追加製造が必要だが、何分資材が足りていない。強度を必要としない機体用にセルロースを使えるようになれば、自由度が一気に上がる。周辺に大規模な藻場があることは確認できているので、それらを資源化することが当面の目標だろう。


「うーん。そういえば、艦船関係はどんな感じかしら」

『建造ドックが必要ですが、周辺の調査が不十分なため建設は行っていません』

「そう。じゃあ、マップ作成も必要ね。対応は?」

はいイエス司令マム。ドローンによる空撮は実施中。レーザースキャンも行っていますが、水中は音響探知機ソナーが必要なため、未実施です」


 海洋系技術ツリーは全く進めていなかったため、機材は揃っていない。これらも、資材残量と相談しながら、ある程度開発が必要だ。


「作らないといけないものがたくさんねぇ……<リンゴ>、開発ツリーと同じようなインターフェースで、現状のタスクを整理できる?」


 司令官の要望に、<リンゴ>は現在抱えているタスクの前後関係をリスト化し、表示した。


はいイエス司令マム。可能です。実行中のタスクは進捗率プログレスバーを表示。前後関係があるタスクは、ツリー状に配置しました。必要な資源量も記載します』

「オッケー。これでちょっとは分かりやすくなったわね……」


 司令官が、<リンゴ>が表示したツリーを確認している。その状況に、<リンゴ>は酷い動揺を覚えた。追加し忘れたタスクがあったのではないかと、反射的にタスクリストを再確認してしまったほどだ。当然といえば当然だが、リストに漏れはなかった。


「……うん、当面はこれでいきましょう」

はいイエス司令マム


 司令官の言葉に、ストレスゲージが一気に安定したのが確認できた。これを、<リンゴ>は正解のない行動を取った場合の評価待ち心理として、正しく理解する。とはいえ、理解したところで今後同じ心理状態にならないというわけではないのだが。

 緊張する時は緊張する、ということだ。


「さて……。じゃ、私はこのツリーと、ライブラリの目次を見ながら次の手を考えるわ。偵察機の確認はお願いね」

はいイエス司令マム

「何かあったら、呼んでいいわ。このままここで作業するから」

はいイエス司令マム


 思索に入った司令官を確認し、<リンゴ>も各装置の制御に入った。リソースが有り余っているため、局地AIに介入しながら制御を行うことにしたのだ。少しでも効率を上げたほうがよいだろう。資材の保管場所から見直し、最適な運搬管理を行う。稼働ドローンとメンテナンススケジュールを調整、稼働率を向上させる。エネルギー不足により設備の全力稼働ができないことに、もどかしさを覚えた。しかし、さすがに原子炉建設は遅々として進んでいない。試運転を行うまでであっても数週間は必要だろう、それまでは現行の炉しかエネルギー源がない。


(周辺環境を利用したエネルギー回収システム。太陽光、風力、潮汐、波力。地熱はさすがに難しい。潮汐はどの程度発生しているか不明。波力も、一応候補に追加する。太陽光は安定しているが、変換効率が良くない。風はあまり吹いていないが、この凪は一時的な可能性が高い。持続的なエネルギー源としては検討の余地がある。とはいえ……)


 そもそも、どの自然エネルギーを使うにしても設備が、何より資材が必要だ。今の要塞内には、全くと言っていいほど余裕がなかった。


(セルロースの抽出に成功すれば、候補とする)


 セルロースを安定的に生産できれば、強度が不要な外装などに利用できるようになる。基礎骨格のみ鉄材を使用すれば、かなりの節約が可能になるだろう。地上での建材は、何はともあれ鉄だ。鉄さえあれば、大抵はなんとかなる。


(鉄といえば露天掘りだが、この大海原では期待できない。海水から抽出は可能かもしれないが、量は期待できないだろう。とすると、海底か。海底鉱山の開発はかなり難易度が高そうだが……)


 <リンゴ>は何か情報がないかとライブラリを検索し、海底での資源採掘に関する資料を発見した。


(鉄であれば、海底に堆積している可能性はある。その他の有用資源も……熱水噴出孔が発見できれば、効率的に採掘できる。海底探査も必要だ)


 海底探査に必要なのは、高性能なソナーとそれを運用できる艦船、できれば潜水艦だ。


(鉄が必要)


 そしてやはり、必要なのは鉄だ。航空機用のジュラルミンの在庫は、いくつか機体を解体することである程度確保できそうだが。


(小型の深海潜水ドローンを製造して、周辺調査を行う)


 こうして<リンゴ>は新たにタスクリストに追加すると、早速工作機の稼働を行うことにした。

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