第7章 神の国

第213話 神の国

「時は来た!」


 荘厳な神殿のテラスで、拡声の魔法を用いた、厳かな声が響き渡った。


「我らがプラーヴァボークの威光は、これよりあまねく大地を照らすだろう!」


 黒を基調とし、豪奢な刺繍が施された法衣を纏った老人が、声を張り上げる。


「我らは耐えた。――何度も、何度も。――幾年も、幾年も!」


 神殿の聳え立つ聖域の周辺には、多くの人民が集まっていた。

 数万は居るだろう、黒山の人だかり。


「我らは耐え忍び、言葉で語りかけた。語りかけ続けた! だが――だが! 最後まで、彼らは我らの救済スパスィエーニイを受け入れなかった! 我らがボークの言葉を無視し続けたのだ!」


 集まった信徒たちは、静かに口をつぐみ、だが異様な熱気を持ってその言葉に聞き入っていた。


「いかに寛大な我らがプラーヴァボークも、遂に決断なされたのだ! 私はここに、――スヴャーターヤヴァイナーを宣言する!」


 どう、と空気が震えた。

 信徒たちが、一斉に祈りマリートヴァを唱えたのだ。

 数万の声が、大きなうねりとなってスヴャーターヤスタリーツァに響き渡る。


聖職者スヴィシシエーニニク達よ、進め!」


 その祈りマリートヴァの中においても、変わらぬ響きで、教皇は声を上げる。


「我らの神敵を討ち滅ぼし、民を解放し、プラーヴァボークの御名を知らしめるのだ!」


「「「然りアミン!!」」」


 応答は、爆音となって吹き荒れた。

 神の兵たる聖職者スヴィシシエーニニクは、全員が魔法使いだ。全員の拡声魔法が、教皇への返答と成った。


殲滅せよジスタロイ!!」


「「「殲滅せよジスタロイ!!」」」


救済をスパスィーメニャ!!」


「「「然りアミン!!」」」


 神殿の大扉がゆっくりと開き、整列した聖職者スヴィシシエーニニク、完全武装のスヴャーターヤ騎士・ルィツァリ達が行進を始めた。


 こうして、プラーヴァ神国の聖戦、周辺諸国全てを相手とする外征の幕が切って落とされた。


◇◇◇◇


「それほど酷い状況か」


「はい。降伏にも応じず。王族、貴族は皆殺し、投降した兵、国民は全て奴隷落ち。財産もすべて没収され、殆どが農奴として連れ去られると」


「奴らの言う神とやらに仕えぬ者は皆等しく神敵であり、神の名のもとに一生を奴隷として過ごすことで救済されると。確かそんな話だったか?」


「はい。10年ほど前よりそのような通達が周辺各国へ行われたようです。我が国にも使者が来ました。まあ、普通の国であればそれを受け入れることはないでしょう。毎年のように来ておりましたが、今回は最後通告だったと、そういうわけでして」


「度し難いな」


 外交部の報告に、永代公爵、アマジオ・シルバーヘッドはため息を吐いた。


「だが、看過できない。そうだな?」


「はっ。このまま彼らの外征が続けは、いずれは我が国にまで。大量の農奴を手に入れた彼の国は、大きく国力を増すことになるでしょう。また、帝政と異なり聖職者が治める国です。肥大化による弱体化、内部腐敗はあまり期待できません。50年後、100年後は分かりませんが、少なくとも10年程度では揺るがないでしょう」


「そうだな」


 かくも、宗教は厄介だ。

 それも、排他的な一神教で、正義を盲信している。


「あと5年もあれば、こちらも準備は整ったのだがな」


 レプイタリ王国の陸軍は、現在大鉈が振るわれており、全体的に弱体化している。

 海軍は精強だが、相手は大陸国家。海に面している都市はあれど、主要機能は全て遥か山の向こうだ。艦砲では射程が足りず、役に立たない。


「陸軍の近代化が間に合わない。支援しても、1年持つか」


「北方の国家群では無理でしょう。そもそも兵数が桁違いです」


「食糧を食い荒らしながら東征を続ける聖職者か。まるでイナゴだな」


「は。全くもって……」


 だが、それでも何もせず座しているというわけにもいかない。

 早急に手を打ち、進軍速度を鈍らせる必要がある。

 少しでも押し留めることができれば、物資不足により一瞬で干上がるはずだ。


 とはいえ。


「しかし、遠すぎるうえに兵数も不足している。後方を狙おうにも、そもそも相手に兵站がないから効果が薄い。前後で挟み撃ちにして磨り潰すしか無いか……」


 アマジオ・シルバーヘッドは顎を撫でつつ、地図に指を走らせる。


「どちらにせよ、こちらの兵力が足りない。何とか時間を稼ぐしか無いが」


 こうして、北大陸の西部は、泥沼の戦乱に巻き込まれて行くことになる。


◇◇◇◇


「結局、これってどういう状況なの?」


「大陸西方のプラーヴァ神国による、大規模な侵略戦争です。周辺の小国家群は軒並み飲み込まれていますね。レプイタリ王国も、距離は近いですが、幸い海で分断されています。海軍力は皆無に等しいようですので、しばらくは影響ないでしょう」


 衛星写真の解析で判明した、北大陸で発生した大規模な軍事侵攻。

 プラーヴァ神国はかなりの勢いで周辺国家を平定しており、その電撃的進行速度に各国は全く対応できていないようだ。


「お姉様、情報収集用の海底基地を進出させるべきでは?」


「んー、そうねぇ」


 レプイタリ王国向けの海底基地は運用中であり、ノウハウは十分に溜まっている。

 レプイタリ王国上空であれば、気兼ねなくドローンを滞空させることもできるため、通信範囲も問題ないだろう。


 ただ、相手は陸上の国家だ。

 海からのアプローチは、些か効率が悪い。


「<リンゴ>、何かプランはある?」


はいイエス司令マム。山頂などに、地下基地を持たせるのがよいでしょう。人里離れた山であれば、露見する可能性もほぼありません」


 地下基地と言わず、普通に基地を建設してもほぼ露見しないのだろうが。

 できれば鉱脈が見つかれば言うことなしだが、そう都合良くは行かないだろう。


「んー、そうねえ。当面はそれでいきましょうか」


 地下基地を秘密裏に建設し、そこを中心に諜報ネットワークを構築する。

 情報が収集できれば、さらに地下基地を増設することもできるだろう。


「候補地点はいくつかありますが、まずは海底基地を。拠点化できれば、そこからまずは沿岸部に進出させます」


「ねえねえ、お姉ちゃん。レプイタリ王国に基地を作ったらいいんじゃないの?」


「同盟国だし、ぜんぜんありだと思うけど~」


 ウツギ、エリカの提案に、司令官イブは考え込んだ。


 まあ、正直、その案は検討しないでもなかったが。


「時期尚早……って気もするのよねぇ。主権国家相手にそこまで要求するのもちょっとね」


 レプイタリ王国は、あのアマジオ・サーモンという元プレイヤーが治める国だ。

 いや、貴族の1人というだけで、統治しているわけではないのだが。


 そんな国に、その主権を脅かすような軍事基地建設というのも憚られる、というのが正直な感想なのだ。


「国力からすると、前線基地を1つ作れば、全土征服とかできちゃうのよねぇ……」


 理不尽ファンタジー要素の少ないレプイタリ王国であれば、<リンゴ>のシミュレーションで精度良く予測できるのだ。

 かの国に<ザ・ツリー>標準の前線基地を建設すれば、容易に国土掌握できる、との予測結果が出ていた。


「それに、そもそもこの戦争、私たちは首を突っ込む必要があるのかしらね」


「レプイタリ王国のみならず、周辺国家の勢力不均衡は、全体の経済悪化を招く。可能ならば、圧力均等に牽制しあう程度の緊張感のある情勢を続けたい」


 アカネの意見に、イブはなるほどと頷いた。

 レプイタリ王国とは、今も貿易を続けている。

 少なくとも、その輸入品目の確保に支障が出るような情勢になってほしくない。


「んー。直接介入っていうのもなあ。もうちょっとこう、平和的に介入できないかしらね」


「レプイタリ王国に援助を行う、というのが一番波風の立たない参加方法ですね」


 たとえば、弾道ミサイルで広域殲滅兵器を撃ち込めば、それだけでこの外征は頓挫するだろう。

 だが、<ザ・ツリー>的にはそこまでする理由が特にない。単なる虐殺である。

 国家間のやりとりなのだ。外様が、賢しらに介入すべきではないだろう。世界征服を狙っているわけでもないのだ。


「歴史に介入するかどうか苦悩するタイムトラベラーの気持ちが、ちょっと分かったわ」


「……お姉さま、たぶん、ぜんぜん違うと思う」


「そう?」


 とはいえ。

 縁のあるレプイタリ王国には、援助してもいいだろう。


 おそらくは、相当な国難となる。

 それに、かの国はどう対応するのか。

 もし、素直に助けを求められれば、彼女イブは、<ザ・ツリー>は手を差し伸べるだろう。


 だがそれは、超AIによる支配を受け入れるのと同義。


 あのアマジオ・サーモンは、それを許容できるのか。


――――――――――――――――――――――――


第7章 神の国 の開始しました。

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