第94話 砂漠の夜の襲撃

「振動センサーに感あり。赤外線センサーに異常なし。<リンゴ>、援助を要請する」


「受諾しました。アカネ、緊急事態と想定します」


「提案を受諾。掘削プラント、オイルポートは第1種戦闘配備。第2要塞に支援を指示する」


 夜、すっかりと日が落ち、気温が急激に下る時間帯。そこで、設置していた複合センサーが異常を捉えた。

 司令室に詰めていたアカネは、即座に<リンゴ>に救援を求める。姿を捉えたわけではないが、これが何らかの魔物の接近であると考えたからだ。

 もし戦闘になった場合、<リンゴ>からの援助の有無は大きく影響する。


 そして、<リンゴ>もその救援に即座に応えた。

 <リンゴ>はアカネの判断を大きく評価した。

 センサー情報だけでは状況は把握できないが、事前情報から魔物の接近の可能性を導き出した。更に、自らの手に負えないと判断し、上位AIへ躊躇なく救援を出す判断を行った。


 イレギュラー処理を上位AIへ移譲した場合、当然上位AIの本来の処理業務を妨害する事になるため、可能な限り自身の判断で行おうとするバイアスが掛かるようになっている。

 そのため、学習進度が低い場合、重要なイベントであっても上位AIへの連絡が遅れることがよくあるのだ。

 即ち、経験不足による判断ミスとなる。

 実務上、AIネットワーク内に経験の浅いノードが配置される場合、そういった経験不足から来るミスの予防、ないし手当のために上位AIがリソースを割り振る。

 そして、ノード内にそういったAIが増えればそれだけ監視にリソースが食われるため、ネットワーク全体のパフォーマンスが落ちていく。

 逆に、適切に判断できる経験豊富なAIが多ければ、監視が不要となるためパフォーマンスは高まるのだ。


 アカネは、イレギュラーな問題に対して適切に対応した。

 <リンゴ>は、アカネがAIとして完全に独立可能かどうかの最終判断を行っている。アカネが<リンゴ>から完全に独立する日も近いということだ。


「<リンゴ>より、ウツギ、エリカ、オリーブへ覚醒信号を伝達。イチゴは過負荷を避けるため、覚醒は1時間後を想定します。アカネ、指定ポイントへ戦力を移動させること。現地指揮はウツギ、エリカを指名しますが、間に合わない場合はあなたが対応しなさい」


「了解した」


 単なる通信で済ませてもよいが、ちょうど司令官イブも緊急事態で慌てて司令室に駆け込んできたタイミングだったため、口頭で指示を行った。


「<リンゴ>、状況は!」

「採掘プラント外縁部センサーが不審な振動を探知しました。哨戒機を向かわせていますが、恐らく脅威生物が接近してきているものと思われます」

「早速かー!」


 時刻は夜の20時。まだ司令官イブの就寝時刻前だ。できれば就寝時刻までには収めたいと、<リンゴ>は改めて気合を入れる。

 眠そうにしている司令マムもそれはそれでと思わなくもないが、健康には良くないのだ。



 上空から、暗視装置によりその姿が確認された。やはり、数日前に発見されたサソリと同種である。


 周囲の地温と体温がほぼ同じで、赤外線センサーでは捉えることが出来なかったようだ。

 若干の揺らぎは確認されるため、今後はそれを基準に判定できるようになるだろう。


 今回は、移動時に発生する僅かな振動を検知して発見することが出来た。下手をすると、ノイズとして切り捨てられていたかもしれないほど、微弱な移動振動。

 地虫ワームの探知用に鋭敏に設定されていたセンサー感度が、いい仕事をしたようだ。


「多脚戦車を1機、回します。その他機体も移動中。即応体制へ移行します」

「割と躊躇なく近付いてくるわね。何か目的があるのかしら…?」


 サソリは一直線に、掘削プラントに近付いてくる。餌になるようなものも特に無いはずなのだが、行動に迷いがないのは注意すべき点だろう。


「進行方向へ多脚戦車を移動させます。威嚇行動を開始します」


 いきなり攻撃してもいいのだが、相手の反応を確認するという意味で、多脚戦車に威嚇行動をとらせる。

 前部を高く持ち上げるように脚を伸ばし、前腕を振り上げた。

 真正面からは、壁が立ちはだかったように見えるだろう。


 しかし、走るサソリは全く意に介さず、そのままの速度で突っ込んできた。


「速度変わらず。接敵まで、残り8秒」

「げっ」

「支援砲撃を行います」


 そこに、別地点から駆けつけていた多脚戦車が主砲を撃ち込んだ。

 牽制の意味も込め、初速1,000m/sの徹甲弾が上部砲塔から放たれる。

 0.3秒後、徹甲弾がサソリの胴体に突き刺さった。


命中ヒット


 周囲に光の無い、夜の闇の中である。

 そのため、その光ははっきりと確認できた。

 弾頭が接触した箇所を中心に、光の波紋が広がったのだ。


「こいつも防御膜持ちか!!」


 そして、正面の多脚戦車に搭載された戦術AIは、その現象をリアルタイムで確認していた。

 元々、その可能性は想定していたのだ。防御膜の発生を確認した直後、即座にコマンドを叩き込んだ。

 既に照準を終えていた下部砲塔のガトリングガンが、指令信号の通りに大量の弾丸を吐き出した。


 防御膜は、1秒も持たなかった。横合いからの徹甲弾により地面に押し付けられるような状態になったその胴体に、斜め上から大量の弾丸が降り注ぐ。

 防御膜が最初の数発を弾き返すが、そのまま消失。サソリの甲殻にフルメタル・ジャケット弾が着弾した。

 表面を削りながらも貫通はせず、丸みを帯びた甲殻を弾頭が滑っていく。


 しかし、それで目的は果たせた。


 もう1機の多脚戦車から投射された金属弾頭が、およそ2,000m/sの速度で着弾する。

 甲殻と衝突した弾頭は、塑性流動により液状に変質しながら衝撃を伝達、圧力に耐えかねた甲殻組織が次々に破砕し、弾頭が体内に潜り込む。


 サソリの胴部が爆散した。


 そしてその直後、砂の中から更に2匹のサソリが飛び出す。奇襲、しかも完全に連携した動きである。

 だが、戦術AIは冷静に対処した。振動センサーにより、接近する個体数は把握していたのだ。

 飛び出したサソリがその鋏を突き出してきたところに、カウンターで作業腕を打ち下ろす。

 多脚戦車の前部作業腕は、直接の殴打も想定し、かなり強靭な作りをしている。

 その打撃用突起を、重力の力を借りてサソリの頭部へ叩きつけた。


 防御膜が光を放つが、直後に消失。飛び出した勢いを殺され、追加のサソリ2匹はそのまま地面に押し付けられる。

 混乱したのか、脚を激しく動かしつつ、鋏で自らを押し付ける作業腕を挟み込み。

 そして上から、高く振り上げられていた尻尾の毒針が突き込まれた。


 多脚戦車の複合装甲を、その毒針は容易く貫通した。

 そして、針の先端から毒液が射出される。

 本来、その毒は獲物を仕留める必殺の攻撃だったのだろう。だが、相手は戦車砲の直撃まで想定された、前線用の兵器である。

 装甲の一部が穿孔し、少量の液体が流し込まれた程度で支障をきたすような構造にはなっていない。

 上部砲塔を右手のサソリの胴部に照準、即座に投射。砲塔内で2,000m/sに加速された砲弾が、直上からサソリの胴体を貫いた。

 もう1匹も同様に、レールガンの一撃がその胴体を破壊する。


 残心。


 異変がないかを確認するため、多脚戦車はそのままの姿勢で沈黙する。


 きっかり1分後。何も動きがないことを確認し、多脚戦車はゆっくりと姿勢を元に戻した。


「地点多脚戦車、戦闘行動を終了。哨戒モードへ移行しました。損傷は軽微。一部センサーから応答が無くなっています。毒液による侵食が発生していると思われます」


 <リンゴ>の報告を聞き、彼女は大きく息を吐いた。そのまま、椅子に沈み込む。


「とりあえず、何とかなったわね。あの防御膜があるとは思わなかったけど、対応は可能かしら」

はいイエス司令マム。情報は収集できましたので、問題ありません。貴重なサンプルも手に入れることができそうですので」


 そうして、砂漠の夜の襲撃は、無事に乗り切ることが出来たのだった。

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