第110話 無慈悲な情報戦
テレク港街は、事前予測の通り何の障害もなく<パライゾ>傘下に入った。
「一応、安心したわ。問題ないとは分かっていたけど」
ほとんど脅しのような文句をクーラヴィア・テレク商会長へ放ったものの、実質的には何も変わらないことを確認し、彼は同意した。
むしろ、これまで曖昧であった<パライゾ>の立場が明示されたことを喜んでいる節すらあった。
まあ、その反応まで<リンゴ>は予想済みだったのだが。
「
差し当たって、大規模軍港を建設しましょう。物資は基本的に第2要塞から海上輸送とします。第2要塞の存在はできる限り秘匿したほうが良いでしょう」
「さすがにその辺りの采配は私もよく分からないから、一任するわ。でも、基本は軍事力で脅しに掛かるとして、テレク港街みたいに素直に降伏してくれるのかしら?」
暴力を振るわず、しかし暴力には屈せず、そして多くの物資を融通してくれる。仕事を与え、見返りも受け取り、常に公正に取引を行う。何より、見目麗しいその姿は市民に非常に人気があった。
そんな彼女ら<パライゾ>という勢力の庇護下に入りたい、という世論は当然のように醸成され、実際にクーラヴィア・テレクに対し陳情された回数も1度や2度ではない。
クーラヴィア・テレクとしてもできれば早々に態度を決めてしまいたかったのだが、何度か確認したものの梨の礫といった対応だったため、半ば諦めていたのである。
急に大艦隊で入港し、問答無用で旗艦に連れ込まれ、とても怖い内容を宣告されたため、かなりビビっていたものの要求自体はすぐに受け入れられたのだ。
「鉄の街、およびフラタラ都市については問題ないでしょう。他の街、都市は現状が掴めていませんので、時間がかかるかも知れません。
ただ、把握している兵力を考慮すると、自滅以外で相手に死傷者を出す可能性はほぼありません。
一方的に、圧倒的に無力化可能です」
とはいえ、相手は人間である。感情的になれば何をするかは正確に予想できないし、自暴自棄で特攻してくるかも知れない。いや、<リンゴ>はそれも含めて対応可能と言っているのかも知れないが。
「経験の蓄積はこれから行えるでしょう。
まずは、レプイタリ王国です。
現在、燃石の積み込みを行っていますので、出航は2日後。
そこから、察知されないよう迂回しつつ西側に回り、首都モーアを目指します」
「テレク港街からそのまま目指すんじゃないのね」
「
首都モーアの港を押さえ、テレク港街への征伐艦隊の足を止めることができればよいので。
とはいえ、燃石の情報を出せば自ずとテレク港街との繋がりに気付かれることになりますが、それまでは牽制として使えます」
武力で脅し、身動きを取れないようにしてから燃石という餌で釣る。
希望を持たせてから潰したほうが効果的、とは<リンゴ>の弁だ。
レプイタリ王国としては、当然アフラーシア連合王国から直接燃石を買い付けたいだろうし、何だったら独自に採掘したいはずだ。だが、それを<ザ・ツリー>は黙って見ている訳には行かない。
首根っこを押さえ付け、海外拡張路線にブレーキを掛けさせる。そうやって時間を稼ぎ、<ザ・ツリー>の地盤を固めるのである。
アフラーシア連合王国を平定するのに、余計なちょっかいを掛けられたくないのだ。
「燃石自体は、継続して取引するのは構いませんので。あのエネルギー源を使用し続ける限り、我々<ザ・ツリー>の障害となることは有り得ません」
テレク港街周辺で採掘した燃石については、<パライゾ>として研究も行っている。
ある程度の衝撃を与えると、自発的に発熱する。
発熱量や発熱時間は衝撃の強さで制御可能で、また、燃石自体の大きさとも相関がある。
そして、火に焚べると発火する。
発火状態で更に衝撃を与えると、爆発的に燃焼する。
粉末状態で火を付けると、瞬時に全体が発火する。
但し、粉末にするには何やら
発熱または発火すると体積が減っていき、最終的に消滅する。
また、空気中に放置していても、徐々に体積が減っていく。
衝撃を加えると発熱するという特性上、採掘時は余計な力を入れないよう慎重な取り扱いが必要。
採掘道具はアフラーシア連合王国で製造する技術がなく、
自前で用意するには、優秀な魔道具技師が必要。
ところどころ、<リンゴ>にも理解不能な事象は観測されたものの、大まかに性質は掴むことができた。
幸い、テレク港街周辺で採掘可能な燃石はせいぜい拳大の大きさであり、溶岩層に点在するそれらをひたすら掘り出すというのが採掘方法だった。
露天掘りでも良いらしく、道具さえあれば比較的容易に採掘可能である。
「発生する熱量には限界があります。鉄を溶かすほどの火力も可能ですが、いくつか技法を組み合わせる必要がありますので、そう考えると石油や石炭とそこまで性質に乖離はありません。もちろん、人体に有害な物質が一切発生しないという点は非常に優れていますが」
レプイタリ王国の蒸気機関は、この燃石をボイラーに突っ込み、発熱させて蒸気を得る構造になっている。
燃焼ガスが発生しないため、爆発的燃焼を用いたいわゆるレシプロエンジンは発展しない、というのが<リンゴ>の予想である。
そのため、蒸気機関の性能は上がっても小型化は限界があるとの見解だ。
「技術的なブレイクスルーがない限りは、そろそろ頭打ちでしょう。
ですので、値崩れしない程度に燃石を供給し、国家のガス抜きをさせます。
時間稼ぎにはうってつけです。
また、技術レベルの測定もリアルタイムに把握できますので、先程言ったブレイクスルーの発生も探知できるでしょう。
すぐに対応すれば、それほど脅威にはなりません」
つくづく、ひどい話だ。彼女は<リンゴ>の説明を聞きながらそう思った。
井戸端の噂話から国家の最重要機密まで、レプイタリ王国の情報は1から10まで全て<ザ・ツリー>に筒抜けになっている。
そして、レプイタリ王国の情報を全て扱っていながら、
やろうと思えば、周辺国家全ての情報収集・解析も可能なのだろう。
スパイボットの生産が追いついていないだけで、今この瞬間にも<リンゴ>の魔の手は着々と北大陸を塗り替えていっているのだ。
「そういう意味だと、必要なのは情報通信のハブよね。電磁波通信だと、地平線の壁を越えられないし」
「
「量子通信機…」
即ち、越えなければならない基礎技術開発という壁が多くあるということだ。
一方、通信衛星の打ち上げはすぐにでも取り掛かれるだろう。
問題は、衛星周回高度まで電波を届かせるための高出力アンテナが必要になるということであり、敵地にそれを持ち込むというハードルがあることだが。
「そうね。衛星周回軌道って、結局どのくらいになるのかしら?」
「
以前の観測結果から推定すると、恐らく高度500km程度になるかと。
寿命が短くなりますが、高度300km程度を周回させることも可能です。
ただ、あまり高度を低く取ると上空に留まれる時間が短くなりますので、今度は数が必要になってきます。
静止軌道が最も便利なのですが、例の重力異常、というか本惑星の重力加速度から考えると、静止軌道はかなり遠くになります。
地球では36,000kmでしたが」
「そっか、重力が強かったわね。うーん…。まあ、その辺はやってみるしかないか」
量子通信はぼちぼち考えるとして、宇宙空間開発にも手を出したほうが良いだろう。彼女は頷き、宇宙開発技術ツリーの優先度を引き上げた。
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