第113話 慎重に相手を振り切る操艦
「クソッ! 追いつけねえ、なんて速さだ!!」
「何隻来てる!? 見えてるだけで6隻は居るぞ!」
「帆を張れ! おい、ロープを緩めるなクソ野郎ども!! オラ!」
「6番7番気張れェッ!! 風を掴め!引け引けェッ!!」
警備艇の船員たちは大騒ぎである。快速軽快を売りにしたフリゲート帆船だが、それでも動力船に追いつくのは不可能だ。
たとえ追い風であっても難しいだろうに、今は特に風向きが悪い。
そして、そんな騒ぎをじっと見つめるのは、船べりに取り付いた羽虫だった。
「大騒ぎねぇ」
「
度々現れる警備艇の1隻に、
「帆船の速度には限界があります。
風向きが悪ければ当然速さは望めませんし、そもそも風が吹かなければ動くこともできません。
これを解消するための外輪船開発、そして現在スクリューへの移行が行われています。
しかし、現場末端ではいまだに帆船が主流ですね。
少々、技術発展の仕方が飛躍しているように思えます。
とはいえ、不自然なほど隔絶しているわけではありませんが」
「あー、そんなことも言ってたわね。結局、そのあたりの調査は進んでいないんだっけ?」
「
研究所の位置が判然としないため、情報収集が進んでいません。
おそらく辺境に隠されているものと。
何度か航空写真を取得すれば解析できるかも知れませんが、今時点では不明です」
「…違和感よねぇ。文明レベルとしては、そこまで防諜に力を割くのは不自然なんだけど」
そんな会話をしている間も、追いつくことを諦めた警備艇がどんどんと遠ざかっていく。
「
石炭の利用が停滞しているのは、燃石の影響でしょう。
不可解なのは、電気に関する技術開発がある程度進んでいることですね。
最初から電球を作ろうとしているようにも見えますので、飛躍があるように思えます。
基礎技術研究が別の場所で行われているという可能性のほうが高いのですが」
「そうねぇ…。私達みたいな異物が居る、にしては限定的すぎるし、要観察かしら」
「
沿岸警備艇から伝書鳥により連絡を受けた各軍港司令部は、大混乱に陥っていた。
明らかに動力船と分かる、帆を張らずに航行する船団。遠目に確認しただけでも、回転式の砲塔に大型の砲身、用途不明の複数の突起物。
甲板上には乗員の姿はなく、しかし驚くほど高速で、そして陣形を保って航行している。こちらの警備艇には目もくれず、レプイタリ王国沿岸をぐるりと回る航路を取っている。これまで接触したことのない、外国の艦隊だった。
当然、司令部は即座に連絡を回す。伝書鳥は高価だが、情報伝達速度は金に勝る価値がある。
沿岸の軍港、そして首都モーアの海軍司令部へ向けての放鳥だ。錬金処理された伝書鳥は、最高で一日あたり800kmは移動する。半日後には、司令部へ情報を届けられるだろう。
だが、問題は。
「船足が早すぎるぞ…。目算で、こちらの数倍だと」
「大佐。そうなると、我が国の外輪船よりも速いかも知れません」
現在のラフレト海は比較的凪いでおり、最高速が出るわけではない。しかしそれでも、この所属不明艦隊の船速は速すぎるというのが、警備艇の船長からの報告だった。
「それは実際に競ってみないと分からんがな…。続報が届き次第、直ちに伝書鳥を回せ。今の所攻撃の素振りは無いようだが、ここを素通りしたということは、首都の位置まで割れている可能性があるぞ」
「それは…はっ。承知しました」
軍港カルモラ。レプイタリ王国最西端の港であり、眼前のカルモラ海峡を監視する役目を持った軍事拠点だ。巨大な灯台も運用しており、軍艦も多数停泊している。
未知の艦隊が、わざわざこの港を無視するというのは考えにくい。港は視認できなくとも、灯台は確認できるはずだ。
そもそも、警備艇に目もくれないとなると、こちらの力が侮られているのは間違いないだろう。
「ただ、軍事侵攻なら逆に、ここを素通りすることもないだろう…。放置すれば、確実に挟撃されることになるんだぞ。攻めるなら、確実に外の港から潰していくはずだからな」
とはいえ、真っ先に首都を抑えにかかるというのも間違った戦術ではない。あの艦隊が先遣隊で、後ろから本隊が迫っている可能性も十分にある。
いずれにせよ、判断するのは中央司令部だろう。この軍港でできる準備は、すぐに出港できるよう船の準備を整えることだけだ。
「早ければ、明日にでも出撃命令が降りるだろう。準備しておけよ」
「了解しました」
当然のように各軍港の状況をモニタリングしながら、<リンゴ>は作戦の進行を見守っていた。
各都市に設けられた通信拠点を経由しつつ、伝書鳥が各地へ散っていく。アフラーシア連合王国と比べれば、その伝達速度は驚異的だ。
比べる対象が悪いという問題はさておき、この通信手段はレプイタリ王国を支える屋台骨である。首脳部、軍部は当然、民間でも大手商会も使用している。
手形を使用し、全国的な銀行業務も発展しつつある。レプイタリ王国は、ここから一気に近代化への道を邁進することになるだろう。
技術発展が科学に寄っているため、<リンゴ>にも予想しやすい。この発展速度であれば、今後200年以内には初歩の情報処理装置が出現するだろう。
まあ、200年あれば<ザ・ツリー>は星系を飛び出しているだろうが。
「
「了解。作戦行動を許可するわ。作戦に関わる優先権限をパナス搭載戦略AIに付与。オリーブ、命令を」
「許可を確認した。発、艦隊司令オリーブ。宛、パナス搭載戦略AI。作戦行動の開始を命令する。
「現地戦略AIより受領応答。権限移譲完了を確認」
「現地戦略AIより通知。作戦行動を開始。全
「戦術リンク稼働状態、良好。マイクロ波受電状況、グリーン。電力供給を戦闘出力まで増大」
「スパイ網管理AIとのリンクを申請中。リンク確立。高高度監視ドローンの権限移譲要求を申請中。要求を許可。013から019までドローン操作権限が正常に移譲された」
「脅威度演算支援要求。要求を許可。<リンゴ>へデータリンク要求を転送する」
「データリンク確立。基礎データのダウンロードを開始します」
現地戦略AIからの要求を受け、<リンゴ>がデータ解析を開始する。
基礎データは高高度監視ドローンから受け取ったデータだ。
港に停泊する船、周囲の軍艦、陸の火砲に歩兵戦力。更に収集中のスパイボット網からの情報を合成し、レプイタリ王国首都モーアの戦力算出、脅威度判定を実施する。
「1次演算終了。データアップロード。完了しました。2次演算は72秒後に完了します」
「現地戦略AIより受領応答。作戦進行に支障なし」
「2次演算完了後、脅威度演算支援を終了します。現時点で支援の必要はないと判断しました」
「了解。現地戦略AIへ通達。受諾返答。演算リソースの再配分を実行中」
やがて、<パライゾ>艦隊は首都モーアの警戒線を突破した。
やはり、まだ艦隊接近の情報は共有しきれていないようで、レプイタリ王国側の反応は鈍い。
輪形陣を保ったまま突入してくる艦隊に、商船などは慌てて進路を譲っていく。明らかに軍艦と分かる船に、わざわざ接近するような蛮勇の持ち主は居ない。
艦隊は他の船舶に接触しないよう細かく進路を修正しながら、港の正面を目指して航行を続けた。
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